第6章 進化へ至るエピグラフ《Evolution Origin》
第128話 不審者
場の空気が凍り付く。
ただ一人、テンションの上がっている男以外は――。
「え、そんな……」
「いやぁ! 会えて嬉しいよ! 学園に問い合わせても個人情報がなんだのとうるさくてねぇ!」
端から見れば、完全に不審者。即刻変態扱いして良いレベルではあるが、風破が反応している以上、無関係というわけではないのだろう。
とはいえ、当の風破は説明どころじゃなさそうだし、誰もが反応に難儀している。
ただ風破本人の事情を少なからず知っている以上、父親――という言葉に相応以上の意味が含まれていることだけは理解出来た。
まあ黙って風破を連れていかせるわけにはいかない。
「夕食は済ませたのかい? 今日は私と一緒に……っ!?」
伸ばされた腕を遮るように、風破の前に立ちはだかる。
向けられたのは、見覚えのある感情の光を宿した眼差し。
「やれやれ、せっかくの再会を……君は何だ?」
「同級生……と答えるべきなんでしょうね」
雪那もそれとなく空気を察したのか、平静を失っている風破を男から遠ざけるように背に隠してくれている。
ただ男の眼差しは俺たちを観察するものであり、正直気分が悪い。
「ああ、アリアの友達だったのか。それにしても、ミツルギの生徒がどうしてこんなところに……?」
俺、雪那、朔乃、キサラギ先輩までをガン見。
ヴィクトリアさんに関しては鼻の下を伸ばしながら、別の意味でガン見。
そして私服姿の俺たちを見ての第一声がミツルギ学園の生徒。
コイツが
学園に問い合わせたらしい口ぶりからして、恐らく間違いない。
つまり、こうしての遭遇自体は偶然なのかもしれないが、コイツが何らかの理由で風破に接触しようとしていたことは事実。
どう考えても感動の再会とは程遠いな。
「あら、まだいらっしゃるのね。
「あ、揚羽所長!?」
一方、零華さんがヒールを鳴らしながら現れた瞬間、男の表情が凍り付いた。
怒り、怯え、屈辱――。
そんな感情が容易に読み取れる。
「そろそろ退勤する人たちも増えてきますし、提携についてはお断りしたはず。申し訳ないのだけど、用がないなら退いてもらえるかしら?」
二人が顔見知りな辺りからして、仕事関係なのは明白。
しかし零華さんの対応は、心なしか冷たい。不機嫌そうに朔乃を押し飛ばした辺りからして、飛び込みのセールスマンってところか。
それにしても、風破ではなく、東雲――ね。
まあ施設育ちの彼女の場合、苗字での考察は当てにならないのかもしれないが。
「で、ですが、これはプライベートな話でしてねぇ!?」
対する東雲とかいうオッサンは、俺と雪那越しの風破に、チラチラと期待した風な眼差しを向けている。
これだけ拒否られているのに、風破からの助け船が来ると思っているようだ。
「プライベート……らしいが?」
「そこのところ、実際はどうなのだ?」
歓迎したくない意図であろうことは確かとはいえ、まずは当人がどう思っているのか。それが分からなければ、部外者であるこちらとしては動けない。
俺と雪那は、少々わざとらしく風破に尋ねるが――。
「し、知らないヒトです!!」
直後、エントランス中に響き渡る風破の声。
それは新入社員の緊張した挨拶のように場違いなボリューム。
当の風破は困惑と周知で赤くなりながらプルプルしているが、それだけ余裕がないということだ。
でも
「あ、アリア!?
「ということですので、用がないのでしたらお引き取り下さいな。ウチの研究所も遊んでいるわけではないですし、このご時世……社員を拘束しすぎると色んな所から目を付けられちゃいますから」
「ぐ……っ!?」
歯噛みする男に対し、各所から冷たい眼差しが降り注ぐ。
でもそれは俺たちだけのものじゃない。
こうして零華さんを呼んでくれたであろう受付のお姉さんや、退勤準備をしている社員一同。果ては掃除のおっさんまでもが、スーツ姿の男を睨み付けている。
契約したテスターではないとはいえ、ここ数週間何度も通い詰めて必死に特訓していた風破の姿はほとんどの職員が知るところだ。
反面、このオッサンは所長から歓迎すらされていない。
第二研究所で働く者たちが、どちらを信じるのか。
そんなことは論ずるまでもない。
「お引き取り……願えるかしら?」
「……っ!!」
零華さんからの最後通告。
東雲と呼ばれていた男は、ズンズンと大きな足音を立てながら第二研究所から去って行く。
ひとまずは追い払えたか。
ちなみに奴の姿が見えなくなった直後、零華さんの指示を受けたキサラギ先輩と受付のお姉さんが厄払いに塩を撒いていた。
最先端科学とは真逆の光景ではあるが、もう誰もツッコミすらしない。現状持っている情報だけを見れば、風破の父親を名乗る変質者だったわけだし当然かもしれないが。
しかし奴に顔と居場所を知られてしまったことは事実。
このまま帰らせるわけにもいかなさそうだ。
とはいえ、研究所にこれ以上長居は出来ないし、零華さんも珍しく早帰りするつもりらしい。
なら向かう先は一つしかないだろう。
千客万来だな。色んな意味で―――。
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