第126話 大人への執行猶予

 一週間後の週末、クオン第二魔導兵装研究所にて――。



「では、全員の試験通過を祝って……! かんぱーい!!」

「乾杯ー!」


 風破の音頭おんどに合わせて、第二研究所に集った者たちがグラスを上げて応える。

 ついこの間まで人生の岐路きろに立っていたとは思えない呑気のんきっぷりではあるが、何を目的に集まったのかについては明白だろう。


 第二研究所に関わる全員が試験を通過したが故の祝勝会。春休みのお祭り騒ぎを開くためだ。

 ちなみに、なぜ第二研究所なのかと言えば、会場として訓練ルームが提供されているから。

 小難しい理屈を抜きにすれば、ただのパーティーだな。


「ホントに良かったよぉ……!」

「うんうん、頑張ったね」

「せんせー!」


 集まったのは、さっき音頭を取った風破に加えて、朔乃とヴィクトリアさん。


「えっと、私もここにいていいのかな?」

「いや、それはこの連中に対してでしょう。見習いとはいえ、先輩は研究員の一人なので……」

「というより、私としては奇跡的なすれ違いで、ここまで顔を合わせていなかったことの方が驚きだがな」


 俺と雪那とキサラギ先輩の計六人。

 零華さんに関しては来客対応中のため、後々合流する予定とのこと。

 何にせよ、ミツルギへの就職が決まっているヴィクトリアさんを含め、ここにいる全員が残留出来たことは事実だ。

 今日ばかりは何も考えずに騒ぐのも悪くないだろう。

 まあ結果発表と一緒に終業式も終わり、更に気楽な春休みまで重なった影響で少しばかりやかまし過ぎる気がしないでもないが。


 とはいえ、この祝勝会が開かれたもう一つの理由を考えれば、騒ぐな――という方が無理な話だった。


「そういえば、風破はいくつかの企業から打診が来ているのだったな」

「うん……! やっとというか、ありがたい話というか……!」


 その笑みの通り、風破の元には“魔導兵装アルミュール”関係の企業から連絡が来ているらしい。

 内容は当然、テスター契約の打診。

 年度末試験での闘いっぷりが企業に認められはじめているということだ。


 実際、貸出機で固有ワンオフ機持ちを撃破したとあって、大したものだ。確かな基礎技術が身についていることは、誰もが認めざるを得ない。

 ここからカリキュラムが本格的になっていく二年、三年が控えているのだから、それこそ伸びしろの塊というところか。


 しかし打診して来た中には、叩き売りのような契約をする悪徳企業がないとも限らないし、春休みを使って精査しながら話してみるとのことだ。

 その影響で春休み中も度々学園に顔を出さなければならないらしいが、当人としては夢への第一歩。

 忙しいながらも楽しそうだし、この祝勝会を最も楽しんでいるのは風破なのかもしれない。

 まあ安堵という意味合いであれば、別の人間かもしれないが――。


「それにしても朔乃ちゃんも凄かったらしいねー。お姉さんも鼻が高いよ!」

「い、いや、私は無我夢中だっただけで……」


 ヴィクトリアさんに褒められ、当の朔乃は頬を染めている。

 確かに結果だけを見ればとんでもないことだが、土守の動きには精彩がなかった。まるで目の前の朔乃とは違う別の誰かと闘っているかのように――。

 現に朔乃の特異性が最大の要因だったとはいえ、自爆に近い幕引きだったしな。

 とはいえ、元の弱さを考えれば、細い勝ち筋を手繰たぐり寄せた時点で大金星。十二分に褒められて然るべきであり、今回ばかりは茶化したりしない。


「それにしても、キサラギ先輩も結構やるんですね」

「あ、あはは……実は裏で所長から扱かれてね。一応、機械ハードの方が得意なだけで、私もAクラスだし……」


 当然、ここにいるということでキサラギ先輩も二年の部で活躍していた。

 朔乃や風破と同様、第二研究所の武装を使いながらの貸出機を駆り、見事合格を勝ち取っていたわけだ。

 まあ俺が来るまでは時折、試験稼働もやっていたらしいし、実はそこらの軍人より強い零華さん直伝とあって、強さの理由は明白。

 先輩がAクラスなのは、少々驚きではあったが――。


「しかし対抗戦以降、随分と騒がしかったが、とりあえず一息付けそうだな」

「ああ、ようやくって感じだ。どうせ春休み明けは忙しくなるだろうし、みんなもゆっくり休んでおいた方がいい。何せ、同級生の三分の一近くが知らない顔に変わるんだからな」


 駐屯地で一緒になった、花咲伊吹はなさきいぶき

 対抗戦で同じチームになった、祇園聖ぎおんひじり


 幸い顔見知りたちは、ここにいる連中を含めて全員通過となったが、強制転校になったミツルギ生も決して少なくはない。

 それ自体には何とも言えない感情が湧き上がることは事実。でも実際、映像で後から見せられた対抗戦での罵詈雑言は聞くに堪えないものだった。

 腐った果物を間引くように切り捨てられるのを見ても、こればかりは擁護するところがない。

 いくら大人数で気が大きくなったが故の若気の至りとはいえ、公衆の面前で人格否定レベルのヘイトスピーチなど許されるわけがないのだから――。


「初めてのことだもんね。生徒私たちも、学園にとっても……」

「外の人たちにも、色々いたしね」


 加えて、根本京子ら外部からの固有ワンオフ機持ちは、全員合格。

 流石に全員が根元たちと同じとは思わないが、まあトラブルは起こって然るべき。土守の一派も全員残留とあって尚更だ。

 まあ連中に関しては、親玉が学園に来なくなり、取り巻き二人は教室の角で小さくなって過ごしているらしい。随分と情けのないことだ。


「そっか、初年度から凄いことになっちゃったなぁ……」


 でも新年度の全てがマイナスというわけじゃない。

 現に教頭や二階堂が消えてヴィクトリアさんが赴任する――という、歓迎すべき変化もあるわけだしな。

 ともかく、今は新学期に向けて英気を養おう。学園で起こる大変なことなんてたかが知れているし、起きた時にでも対処すればいい。


 大人への執行猶予モラトリアム

 責任なく過ごすことを許されるのが学生であり、今の俺たちなのだから。


 そう、せめて今だけは――。

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