第125話 ジャイアントキリング【side:月谷朔乃】

 刺突連撃。

 魔弾の嵐が炸裂する。


「くそっ!? 本気でやりやがった!」


 一方の涼斗は照り返す爆炎に身を晒され、突破した先に待ち受けているであろう悲劇に顔を青ざめるが――。


「これは……!?」


 目の前に広がっているのは、片腕を差し出して空中で逆立ちしているかのような陸夜の姿。

 いや正確には、細剣レイピアと魔弾を阻まれ、空中で制止している姿だと称するべき光景だった。

 そんな驚愕の中においてただ一つ確かなのは、とても防げないはずの魔導を朔乃が完全シャットアウトしたということ。


「ぼ、僕の魔弾が……」


 自信からの愕然。

 陸夜の前に立ちはだかるのは、分厚い魔力障壁。

 それはFクラスのひ弱な女子からは、どうあっても連想されない堅牢な防御壁だった。


「逃げないよ。私は、もう……!」

「まぐれで一発を防いだぐらいで得意げな顔をするな! このぉぉっ!!」


 ――“ディバインスラッシュ”。


 陸夜は剣先に魔力を纏わせ、何度も朔乃の障壁を突き刺していく。

 何度も、何度も、何度も――。


「おいおいおい……これじゃ加勢のしようがないんだが……」


 鬼気迫る陸夜が細剣レイピアを突き立てる様は、一周回って哀愁すら感じさせる。

 なぜなら、分厚い魔力障壁が微動だにしていないからだ。


「Fクラスが僕の魔弾を……!? 剣を防ぐなんて許されるものかァっ!!!!」

「それって、クラス関係ないでしょ!?」


 だが朔乃が見出された防御魔導の才能。

 その一点においては、学年二位の陸夜すらも遥かに凌ぐ。


 しかし逆に陸夜からすれば、Fクラスに劣っているところが一つでもあれば、死んだ方がマシというレベルでの屈辱。

 自分こそがナンバーワン。

 自分こそが主役であり、最強。

 故に学園の産廃物である朔乃を相手に攻め手を変えるなど、あってはならないのだ。何が何でも正面突破以外は許されない。


「うおおおおぉぉっっ!!!!!!」


 だからこそ、陸夜は連続刺突を繰り返して堅牢な障壁に挑み続ける。

 魔力と体力を無駄に消費するどころか、普通に戦えば半分素人の朔乃相手に負けるはずがないにもかかわらず――。


「なぜっ!? なぜっ!? どうしてっ!? なんでなんだよォォ!?!?」


 魔弾で目を逸らし、刺突を繰り出す。

 剣をちらつかせて、魔弾で不意を付く。


 それが陸夜の戦い。

 華やかな外見とは裏腹に、堅実で実直な戦闘スタイル。

 よって、陸夜が普段通り冷静に立ち回れば、魔導技能の練度が浮き彫りになってしまう。そうなれば、朔乃ではとても太刀打ち出来るはずもない。


 しかし接地状態で防御だけにリソースを回せる状態かつ、相手の動きが止まっている現状では話が別。

 いや、現状だからこそ別というべきだろう。

 唯一、超エリートの陸夜に牙を剥ける状況が自然と作り出されているのだから――。


「“プロテクション”――っ!!」

「な……っ!?」


 武緒への焼き直しのように、陸夜の全身が魔力障壁の牢獄に囚われる。

 広大なアリーナの中、陸夜は公衆電話ボックスほどの小部屋に閉じ込められたわけだ。


「スゲェ出力だ。こんなの普通の障壁じゃ……」


 その分厚さはやはり異常であり、脱出は容易ではない。

 現に曲がりなりにも学年最強格の一人である陸夜は、こうして完全封殺されてしまっているのだから。


「Fクラスに縛られる……この僕がッ!? そんなことあってたまるかァァ!!!!」

「ここで踏ん張れなかったら、私は……!」


 ないものねだりして、普通の魔導騎士の平均を目指しても周りには追い付けない。

 今はまだ短所ばかりなのだから、明確に飛び抜けた長所を伸ばしてしまえばいい――というのは、ヴィクトリアの言葉。

 故に適性があって習得難度も低い初級魔導――“プロテクション”の練度だけを愚直に伸ばし続けた。

 障壁硬度の一点においては、誰にも負けないようにと。

 そして超防御特化型という異質な適性を活かすために故に生み出されたのは、朔乃だけの戦闘スタイルだった。


 防御用の魔導だから、防御にだけ使うのは芸がない。

 別に攻撃魔法が使えないだけで、攻撃出来ないとは言っていない――というのは、烈火の言葉だ。

 現に先ほど朔乃が武緒に見舞ったシールドバッシュは、烈火がフリューゲルで行っている攻撃から着想を得たものだった。

 何にせよ、今の朔乃はただの防御役でもなければ、ただ無力なFクラス生徒でもないということ。


「つらぬけぇっっ!!!!!」


 一方、障壁の中は、居心地の悪い密閉空間。

 現状は檻に囚われ、見世物にされる動物に等しい扱いだ。

 怒りに震える陸夜が再びの最大火力で一点突破しようとするのは、至極当然のことではあるが――。


「――ァ、あっ!?」


 魔弾炸裂。

 牢獄の内部が黒煙で染まり、外界からの視線がシャットアウトされる。

 だが一瞬の出来事ではある反面、何が起こったのかは至極単純。


 何と言っても、身体の周囲を切り取るかのような密閉空間内で魔導を放ったのだ。

 障壁を貫けなければ、内部炸裂の反動は全て撃った側が被るのは自明の理。


「……ァっ、ひ、ぅっ……ッ……!?!?」


 黒煙が晴れれば、崩れ落ちるように障壁に頭を打ち付けながら項垂うなだれている陸夜の姿が露わになる。

 それは陸夜が自らの魔導で全身をかれたが故の現象であり、あれだけ見下していた朔乃の障壁から逃れられずに力尽きたことを意味していた。


「第五試合、そこまで! 救護班は対応を……!」


 そんな静寂が包む中、唯架の声が響き渡り、いよいよ試験終幕が告げられる。


 生き残りは、三〇人中二人。

 しかも内一人は貸出機使用のFクラス。

 あまりに意外過ぎるジャイアントキリングであり、大金星どころの話ではない。


 それこそ巻き起こった驚愕の嵐は、唯架が障壁牢獄を蹴り割り、半焦げ状態の陸夜を救い出す――という、トンデモ行動にツッコミが追い付かないほどの凄まじさだった。

 だがどれほどの驚きであろうとも、目の前で起こったことは事実。

 結果、学年末試験・第五試合は、後にも先にも今日一番の衝撃を周囲に与えながら幕を下ろすことになった。


 以後一週間、試験結果発表まで、誰もが自然と話題にしてしまうほどに――。



 ◆ ◇ ◆

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