第115話 反魔導至上主義

 春の日が照らす公園に緊張が走る。


「テメエら! 愛を離しやがれ!」

「お前たちこそ、人に意見できる立場だと思っているのか?」


 妹の方に銃を突き付けている男は、利発そうな声で応える。

 最初から分かっていたとはいえ、やはり“首狩り悪魔グリムリーパー”ではない。


 とはいえ――。


「ひぅ!? だずげでぇぇぇ!!!!」

「なんと野蛮でみっともない! この化け物め……!」

「う……ぁ……ぁぁ!?!?」


 兄も妹も大号泣。

 それも後者は完璧なまでに人質状態だ。


「眼鏡ババアとオカッパ! それと変な顔の女は、こっちに来るといい。この小さな怪物の頭が吹っ飛ぶところを目の前で見たくないのなら……ね」

「な……ァ!? 下郎風情がワタクシに指図を……」

「黙れっ!」

「――ひィ、っ!?」


 誰もが身動きを取れない中、集団の一人が発砲した。

 結果、憤慨して突っかかろうとした母親の足元に着弾し、その足が止まる。

 だがそれは恐らく、二重の驚きからの硬直だった。


 一つは単純に撃たれかけたこと。

 二つは――。


「“実弾兵器”……か」

「ああ、味な真似をしてくれる」


 拳銃から射出されたのが、魔力弾ではなく、実弾だったこと。


 “実弾兵器”とは、魔導の力を介さない科学のみで生み出された産物。

 言ってしまえば、魔導技術の発展と共に廃れかけている旧式武装だ。

 今時、こんな骨董品アンティークを持ち出して来るなんて――と、別の驚愕だけでも皆の足が止まるには十分すぎる代物だった。


「お前たちに選択権はないのだよ!」

「ぐゥ、っ!?」

「こっちに来たら、頭の後ろで手を組んでひざまづけ。ゆっくりとな」

「まぢふざけんなし……」


 流石に家族が可愛いのか、根本親子も黙らざるを得ないらしい。

 ただ一つ幸いだったのは、仮面の連中が俺たちをただの一般人だと誤認してくれていること。

 状況は不利だが希望はある。


 どうにかこちらで突破口を見出すので、足手纏いには黙っていてもらいたいところだな。


「“魔導兵装アルミュール”を持っているなら、その場でてろ。そんな汚らわしい物は、人類に不要なのだからな」


 さっきから指示を出しているのは、少女に銃を突き付けている男。

 恐らくは、奴がリーダー格なのだろう。

 屈辱に表情を歪める根本親子を嘲笑うかの様に、手の中でマシンガンを弄んでいる。


 当の二人は、とうとう固有ワンオフ機を投げ捨ててしまったが――。


「おい!? 何だテメェは!? こっちには人質がいるんだぞ!」


 連中に向けて足を進めていく俺に対し、仮面の一人が信じられないような声を上げ、銃身を向けて来た。


 色々考えてみたはいいものの、やはり正攻法以外何も思い浮かばない。旧世代の鉛玉程度どうにでもなるし、全員をぶちのめせばそれで済む。

 簡単な話だ。


「このガキの頭が吹っ飛ばされても良いのか!?」

「ああ、好きにしろ」

「なら、テメェは下がって……って、はぁぁ!?!? 人の心って物がねぇのかよ!?」


 連中の一人が何やら絶句している。

 仮面に拳銃。

 あっちの方が悪役なはずなんだが。


「な、何言っているんザマス!?」

「愛とアタシら命がかかってんだぞ!」


 それは他の連中も同様であり、根本親子に至っては眼球が飛び出そうなほど目を見開いていた。

 とはいえ――。


「だから、好きにしてくれ。この連中がどうなろうが、知ったことじゃない。それよりもお前たちは何者で、何が目的なんだ?」

「これは人類が在るべき形に戻るための聖戦なのだ!」

「答えになってないな」


 時代遅れの実弾兵器。

 連中の言動。

 そして連中の誰一人からも魔力反応を感じないこと


 全てを総括すれば、連中の目的に全く予想が付かないわけではない。でも俺が知りたいのは予測ではなく、事の真相のみ。

 連中に直接言わせなければ、意味がない。


「魔導とは忌むべき力。人間が持っていい力ではない! それを扱う者も、魔導を使った兵器も、その存在すら許されないのだ! 故に我らが断罪する。世界を在るべき姿に戻すために……ッ!」

「それで名家だと喚いていた、この連中を狙ったわけか。つまり“反魔導至上主義”……とんだ過激集団だな」

「何とでも言え……! 我らは崇高な理想の下に行動しているのだからな! さあ、そこの二人は、こっちに……へぶぅっっ!?!?」


 状況はかんばしくない。

 俺は地を蹴り飛ばし、少女を捕らえている男の顔面に靴底を叩き込んだ。

 そうして顎をかち上げられたリーダー格の男が仰け反り、仮面を吹っ飛ばしながら大の字に倒れる。


「こいつらがどうなろうが知ったこっちゃないし、子供は嫌いだが……後ろから撃たれそうな連中に周りをうろつかれるのは迷惑なんでな!」

「が、っ……い、いきなり顔面を蹴り飛ばすやつが……!?」

「というわけで、人質は貰っていく」

「なッ……貴様ァ!?」


 連中を全員確保し、情報を吐き出させる。

 そのための障害は、何の役にも立たない人質。


 故に俺は、少女の首根っこを掴んで一時後退する。

 両サイドで控えていた二人が慌てて追って来ようとしているようだが、非魔力保持者に追いつかれるわけもない。

 それに何より、時既に遅し――。


「前方不注意だ!」

「ごぶぅぅううっ……!?」


 左の男は顔面に、鞭のようにしなる雪那の白い脚が打ち込まれ――。


「あんな子でも、一応子供なんですよ!」

「ぐひっ!?」


 右の男は、シュトローム教諭が掌底で顎をかち上げてノックアウト。

 正に一瞬の救出&制圧劇。


 こっちは“竜騎兵ドラグーン”を想定して訓練を積んでいる。

 意識高い系の勘違い野郎共が束になろうが、勝負になるわけがない。


 後は朔乃と風破に子供たちを渡し、俺たち三人で包囲すれば――。


「テメェら、よくもやりやがったなァ! 覚悟しやがれぇッ!!」

「出力を考えろ! こんな状況で撃つ奴があるか!」


 だが事態解決寸前、なんと根本京子は固有魔導兵装ワンオフアルミュールをフル展開。

 身の丈ほどの大口径スナイパーライフルを構え、高威力の射撃魔法を撃ち放ってしまう。


 一見すれば、妹を人質とされた姉の怒りでは当然だし、美徳と称されるものだろう。

 しかし今回に限っては、余剰で無駄な攻撃に他ならない。


 なぜなら周囲の俺たち三人はおろか、その妹自身すらも巻き込みかねない無策すぎる行動なのだから――。


「ド素人が……!」

「ぐ、っああああぁ――ッ!?!?」


 甘すぎる判断。漫画の読み過ぎ。

 訓練はともかく、とても実戦経験があるようには思えない。


 一方、今回はその経験のなさが幸いしたようで、力み過ぎて放たれた弾丸の狙いは逸れ、全員の中央付近に着弾して爆散。

 誰にも直撃することはなかった。

 でも俺たち三人とオマケ一人は攻撃範囲から離脱したものの、地面に倒れていた男たちは着弾の衝撃であちらこちらへと吹き飛んでしまう。


「視界も塞がったし、相手も散らばった。余計なお世話を……」


 状況を引っ掻き回され、確保の手間が増えただけ。


 真の敵は無能な味方だと吐き捨てながら、“白亜の剣アーク・エクリプス”を展開。

 剣の一振りで土煙を斬り裂き、視界を確保するが――。


「烈火……!?」

「みんなが!?」


 横槍の果て、必然的に生じてしまった一瞬のライムラグ。


 連中は吹き飛ばされて負傷したことで、破れかぶれにでもなったのだろう。

 視線の先では、仮面の一人が楕円だえん形の物体を放り投げ終わっている光景が飛び込んで来た。

 それは距離が空いているこちらにまで、影響を及ぼしかねない巨大な手榴弾ハンドグレネード

 しかも既に信管が抜かれているとあって、着弾地点付近の連中に死を告げる最低な贈り物プレゼントと化していた。

 固有ワンオフ機展開中の根本京子以外は――。


「ちっ……!」


 ただでさえ、俺たちは入り口付近まで飛び出していて、連中とは距離が開いている。

 しかも住宅街のド真ん中だけあって、アレに間に合うように最大加速なんてしようものなら、周りへの被害も大きすぎる。それこそ違法停車中の車が吹き飛び、誘爆でもしようものなら公園外で逃げ惑っている野次馬に大量の死人も出かねない。


 流石に間に合わ――。


「――ッ!?」


 公園内が光と爆炎に包まれる。

 俺たちは焼け付くような爆風を魔力障壁で遮りながら、苦々しい表情を浮かべて爆心地を睨み付けることしか出来なかった。


「これ、は……!?」


 だが爆炎が晴れ、眼前に広がる光景を前にしてしまえば、誰もが驚愕の声を漏らさざるを得ない。

 爆心地と化したはずの公園に大した被害もないばかりか、誰一人として負傷すらしていないのだから――。


「ぐっ、化け物、め……」


 確かに理解の追い付かない現象ではあるが、なぜそうなったのか――という原因については、魔導を使えない仮面連中ですら、はっきりと認識できるほど明白だった。

 なぜなら、爆炎を完全にシャットアウトしたらしい分厚過ぎ・・・・魔力障壁が、俺たちの目の前で猛然と輝いているから。

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