第114話 仮面の男
バチンっ――という痛そうな音と共に、根元京子のぐもった声が響く。
地面を転がるボールがあまり跳ねなかった辺り、ノーコンシュートの全衝撃を顔面で受け止めてしまったことは明白だった。
「あ、ああ……」
当の男子は、やってしまったと言わんばかりに固まっている。
「待ってよぉ!」
一方の妹は、お構いなし転がるボールを追いかけていく。
この辺りの切り替えの早さは、兄より幼いが故の残酷さというか――。
「……」
ともかく、根元京子はオブジェのように仰け反ったままであり、隣のマダム――教育ババアが呆然と立ち尽くしていることだけは事実だった。
「ぷっ……!?」
それは正しく、コメディ映画の一幕を思わせるものであり、一番近くでやり取りを目撃してしまった風破は思わず吹き出してしまう。
「テメェ笑いやがったなァ!? まぢふざけんなし!!」
当の無様なオブジェも条件反射で必死に凄んでいるが、その顔には綺麗に円形の跡。これでは威圧感の欠片も無い。
それどころか、塗りたくった厚化粧の一部がボールで引っぺがされ、凄まじく強烈な顔つきになってしまっているらしい。そんな物を間近で見せられたとあって、風破の腹筋は凄まじいダメージを負っているようだった。
ギャルっぽいお嬢様からチンピラの成り損ないにジョブチェンジしたことに対し、ツッコミが追い付かないほどに――。
「大体、テメェが避けるから、アタシに当たったんだろうが!? 何で後ろから蹴られたボールを避けられんだよ!?」
「いや、普通に……?」
逆ギレで矛先を変えられるが、本当にそうとしか答えようがない。
普段の戦闘では飛び交う魔力弾を目打ちで叩き落しているのだから、子供の蹴ったボールが脅威になるはずがない。
何というか、根本的に話のレベルが低いというか、スケールが小さいというか。
時代遅れな田舎のヤンキーを前にすると共感性羞恥が半端ないな。
「まぢで責任取れよ!」
「そ、そうだ! 僕はお前たちに向かって蹴ったんだから、悪くないんだ!! 謝れよ、貧乏人!!」
「そうザマス! 貴方が避けたせいで、京子さんの可愛らしいお顔に傷が付いたらどうするんですの!? それに勇気ちゃんも、大事なお姉さんにボールを当ててしまって……もし心を病んだら責任取れるんですの!?」
「謝れよ! 避けてごめんなさいって!! ちゃんと頭を地面に擦り付けてよォ!!」
「当たり屋とか、自業自得って言葉……自分で調べたらどうだ? 悪いが、俺たちは忙しい。用がないなら、さっさとあの邪魔な車を退けてくれると嬉しいんだがな」
逆上する暇人連中ではあるが、猿山の猿と真面目に会話をするのは時間の無駄でしかない。
それに連中の権威は神宮寺以下だろうし、こうやって凄んでみても萌神とは比べるのも
井の中の蛙大海を知らず――なんて言葉を、まさかリアルで使いたくなる日が来るとはな。
「……そもそも、こちらが謝るというのもおかしな話でしょう? 何にせよ、話をするのなら、その子供が人に向かってボールを蹴ったこと、別の子供から遊び道具を盗んだことへの謝罪が先では?」
「ん、まぁ!? なんて無知な娘なのでしょう!! 我が家の人間が、欠陥品の貧民層に頭を下げろだなんて……恥を知りなさい!!」
「ちょっと顔がいいからってチョーシ乗りやがって!? テメェも頭下げろや! あ!?」
いよいよ本物のお嬢様が苦言を呈した一方、根本親子は猛然と食って掛かって来る。
今自身たちが、
思わず、十字剣を片手に目を見開くパパ上の姿が脳裏を過ったが――。
「いやああああ――っっ!?!?」
最早存在を忘れかけていた少女の悲鳴が公園中に響き渡り、全員が周囲を見回すことになる。
「え……っ!?」
「ちょっ、ヤバくない……!?」
「はぁあああぁっ!?!?」
ボールを取られて泣いていた子供をあやしている風破と朔乃は驚愕、根本親子は怒りの感情を剥き出しにして、ある一点を凝視する。
この手の場合、転がるボールを追いかけた子供が車道に出て――というのが、ありがちなシチュエーションかもしれないが、それとは全く別のベクトルでとんでもないことが起ってしまっていたのだから――。
「だずゅげでぇ!!!!」
「愛ちゃん!? 貴方、何者ですの!?」
皆の視線の先――公園の入り口付近では、当の少女が
その上、泣き喚く少女のこめかみには、黒光りする
無論、それは他の連中も同様であり、同じ形状をした武器は園内の俺たちにも向けられている。
「烈火……」
「ああ、適当に切り上げて逃げられるような状況じゃないな」
根元一家はともかく、この調子だと一般市民に被害が出る恐れがある。
別に体を張ってまで市民を守る義理はないが、連中の狙いが一体何なのかということを理解しなければ、安心して夜も眠れない。
今はどうにかする他ないだろう。
俺か、雪那か、シュトローム教諭か。
それとも馬鹿親子が恨みを買っているのか。
何にせよ、市街地で仮面に武器を向けられるというのは、酷くデジャヴを感じてしまう光景だった。
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