第103話 混沌の聖戦

 流星が天空から降り注ぐ。

 蒼と紅――二色の燐光が四散し、破壊の波動となって周囲を襲う。


 そうして人々の時間が止まる中、俺とソルは正面から相対する形で息を荒げていた。


「……!」


 “白亜の剣アーク・エクリプス”の一振りは、完全喪失。

 残るもう一振りも、白い刀身を半ばで喪失するに至っている。


 それと同様、奴の“赤黒の剣ケラウ・タイラント”も刀身全てを喪失しており、“フォートレス・フリューゲル”、“ディスペアー・ドラゴニア”といった特殊兵装も術者を守って役目を終えた後、その姿を消してしまった。

 無論、互いに解放状態が解けてしまっていることは言うまでもなく、俺も奴も見事なまでの満身創痍と化している。


 だがそれでも、俺たちの輪舞戦闘は終わらない。


「貴様、さっきの炎は……!?」

「異常なのは、お互い様だ」


 俺の“黒炎”は、魔力変換の一種。

 概念灼却・・・・――最強の浄化はかいという性質上、普通に考えれば防がれることはないはず。

 実際、最大火力同士の激突で撃ち勝つことは出来たわけだが、当の奴は純然たる破壊力のみで対抗して来た。

 結果、現状こちらの方が有利であると断言出来るとはいえ、奴は健在。


 それに何より、最強の矛と俺自身への負担はトレードオフ。

 膨大な攻撃力の反面、燃費が悪すぎて実戦で使うにはピーキー過ぎる。

 だからこそ、文字通りの必殺であり、最後の切り札。


 これまで黒炎を多用して来なかったことにも、ちゃんと理由がある。

 しかも今回は調整不足の“オーバードライブモード”まで重ね掛けしたとあって、目に見えない負荷や傷が、俺自身をむしばんでいる。

 よって、こちらの方が有利とは言っても、奴のスタミナや打たれ強さ次第では、かなり危険な状況にあるということ。


 死力を尽くし、限界を超えても――。


「まあいいだろう。強者と斬り結ばねば、見えぬ地平がある。その高みへ……!」


 ソルは折れた大刀に紅蓮を纏わせ、サブ兵装であろう長刀を構える。

 そして左腕には、再び紅蓮の龍が出現した。

 ただ呼び出された龍は片牙であり、色も半透明。今にも消えてしまいそうだった。


「ああ、今はただ……想いのままに……」


 対する俺は空いた右手に“白亜の拳銃アーク・ミラージュ”を呼び出し、折れた一振りに蒼穹を纏わせて一刀一銃の構えを取る。

 しかし奴に呼応して呼び出した煌翼が半透明なのは同様であり、左翼のみの展開に留まっていた。


 大技はもう使えない。

 持久戦に持ち込むか、短期決戦を挑むのか。

 残存魔力や武装の具合、己自身の体力。


 僅かな力で相手を倒すべく、その手段を頭の中で組み立てながら相対する。

 結果、俺たちが導き出した結論は、奇しくも全く同じ地表での白兵戦。


 直後、互いに飛行魔導どころか、全ての安全機能を解除。

 リソース全てを戦闘のみにつぎ込む形で刃を向け合った瞬間――。


 空が漆黒に染まった。


「――ソル殿。そこまでです」


 上空から俺たちの間に割り込む様に飛来したのは、巨大な斬撃。

 マントを翻して舞い降りて来るのは、指揮官と思わしき“竜騎兵ドラグーン”の姿。


退け――クルス。貴様の指示を聞くいわれはない!」

「そんなに睨まれると困ってしまいますね。ですが……」


 ソルが放つのは、膨大な殺気。

 とても手負いとは思えない強烈さではあるが、対する指揮官は肩をすくめるのみだった。


「ここが潮時、これ以上は消耗戦。意味ない」

「言ったはずだ。何者であろうと、俺の道を阻むことは許さん!!」

「戦いたいなら、また次にすればいい。今は、ダメ」

「……」


 一方、ソルの隣に降り立った小柄な“竜騎兵ドラグーン”までもが制止をかける。

 やはり憤慨するソルだが、眼前の少女を見た瞬間にその勢いが削がれていくのがはっきりと分かった。


 というのも、少女の桃色を基調にしたファンシーな戦闘装束は所々焼け焦げ、節々が凍り付いている。

 見るからに張り飛ばされた頬も赤くなっており、特殊武装だと思われるバインダーも傷だらけ。

 途中参戦だった俺ですら分かるほどの消耗具合だ。


 連中が何らかの勢力であるのなら、奴にとっても目の前の戦闘以上に譲れない何らかがあるのかもしれない。

 彼らも意志ある者である。そう感じさせる光景だった。


「烈火、怪我は!?」

「こちらから深追いする必要はない。後はあちら次第だな」


 それに気付けば、隣には雪那と彩城少将が控えている。

 幸い致命傷は負っていないようだが、生傷の絶えない雪那を見た瞬間、俺も限界まで研ぎ澄まされていた思考が平常通りに戻るのを感じていた。


 その一方――。


「ネレアの言う通りですな。“ヒュドラル”・“ノスタリー”・“ギムレア”……既に三国が墜ちました。残念ながら外れ・・でしたがね」

「やはり複数国家への同時侵攻……やってくれたものだ!」


 経済大国の同時壊滅。

 それが事実なら、世界地図が大きく書き換わることになる。文字通り、世界の終焉が急速に近づいていることを意味しているわけだ。

 俺たちは連中の口ぶりに絶句せざるを得ない。


「此度の戦……皇国を墜とせなかったのは計算外ですが、これ以上戦力を失うのはナンセンスです」

「――ふん、貴様らの横槍で興が削がれた。好きにしろ」


 ソルは周囲の戦況的な判断に対し、不機嫌そうに吐き捨てる。

 まあ負け戦と引き際を見極めることの意味合いは、絶対的に違う。コイツもただの戦闘狂ではないのだろう。


「では、そのように……。戦域の全軍に告げる――。総員撤退せよ! 殿は私が務める!!」


 敵勢力は一気に戦域からの撤退を始めていく。


「生徒、教員諸君! 撤退するというのなら、深追いする必要はない! 繰り返す、深追いの必要はない!」


 彩城少将も戦域の面々に指示を下し、俺たちは上空に出現した特異点へ向けて飛び立っていく連中を見上げるのみ。

 正しく、闘いの終わり。


「鉄の戦車ルーク、氷の女王クイーン、白翼の騎士ナイト……いや、盤外の駒ジョーカー……かな。軟弱者ばかりだと思っていたが、存外使える駒が揃っているじゃないか。精々、大切に育てるのだな」

「互いにな」


 指揮官同士の視線が交錯する。

 グレイド、雪那、俺――順々に不気味なほど、にこやかな視線を向けられる。


「それに白騎士虎の子との戦いで負傷しているとはいえ、情けない量産機玩具でジルを押し返すとは……」


 そして最後、未だに続く戦いに目を向け、肩を竦めている。


 視線の先では、アリーナの地下をぶち抜いた際に合流した二人――鳳城先生とシュトローム教諭が、鋭角なシルエットの“竜騎兵ドラグーン”と切り結んでいる光景が飛び込んで来る。

 性能が著しく劣る“陽炎”や“テンペスタ・ルーチェ”で“竜騎兵ドラグーン”と互角以上に戦っている様には、俺たちも驚愕を禁じ得ない。

 もし二人が自分の力量に合うだけの機体を保持していれば――と、誰もが思ったはずだ。


「ジル……」

「何を……!?」

「ここまでだ。撤退する」

「ちぃっ!?」


 程なく、指揮官からの撤退命令を受け、俺と戦っていた“竜騎兵ドラグーン”も歯噛みしながら上空へと舞い上がっていく。

 個性の強い面々であるとはいえ、やはりこの辺りは流石だ。

 こっちの僕様のように喚き散らす者がいないのだから――。


「天月烈火……また、会おう」

「ああ……」


 そして限界を超えた戦いを繰り広げた俺たちも、最後に眼光を交錯させる。


 “オーバードライブモード”は想像以上の出力を発揮したが、黒炎を放った最終局面においては半ば暴走状態に陥ってしまっていた。

 それと同様、先の形態は奴にとっても切り札だったのだろう。刃を交わした俺だからこそ、奴も制御を超えた力を暴走させていたことがはっきりと分かる。


 良くも悪くも限界を超えた弊害へいがい

 だが逆を言えば、ある種、自分の天井――打ち止めだと思っていた地平を一つも二つも超えられた。

 俺も奴もまだまだ強くなっていく。


 戦争の中では不謹慎極まりないが、死力を尽くした戦いに充実感を覚えてしまったことは、否定しようのない事実だった。

 対するソルも同じことを思っていたのか、満足そうに口角を上げて特異点へと飛び立つ。


 未だ混乱の中に在る、混沌の聖戦。

 分からないことはあまりに多いが、少なくとも国家壊滅級の戦力を押し返せたことは事実。

 そしてフィオナ・ローグの暗躍に伴い、両親の真実とも確実にニアミスした。


 空虚だったあの頃と比べて、明らかに前に進めているのだと断言できる。

 それに――。


「つかれだぁ……」

「何とか、乗り切れたか……」


 一人、また一人と共に死線を乗り越えた者たちが、脱力して崩れ落ちていく。


「鳳城は子供たちを頼む。私は来賓の方々を落ち着かせて来よう。下手な対応では外交問題にもなりかねないからな」

「了解しました」

「わ、私も生徒たちの方へ……!」


 今も忙しなく動き回る者たちもいる。


「しかし、なんという無茶を……!?」

「ボロボロなのはお互い様だ。雪那こそ……」


 問題や疑問、事故処理など頭が痛くなることは目白押しだが、とりあえず雪那たちが無事であるという事実を胸に抱いて身体を休めるしかない。

 というか、散々無茶をしただけあって、流石の俺もぶっ倒れそうだ。


 何にせよ、五体の“竜騎兵ドラグーン”の襲来――国家滅亡の危機から、己の明日を護れたことだけは揺るがない事実。

 今はそれでいい。


 とはいえ、まずは半壊させた“アイオーン”の修理からとあって、頭が痛いことには変わりないがな。

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