第104話 学園追放

 ミツルギ学園理事長室――。


「も、申し訳ございませんでしたぁぁ!!!!」


 小太りの教頭――三黒明志みくろあきしは、高級そうなカーペットに頭を擦りつけるように汚い土下座をかましている。


 そんな彼を見下ろすのは、高そうな椅子に腰かけた貴婦人であり――。


「あらあら、三黒教頭ったらどうされたのですか?」

「い、いえ……ですから……」

「ご自身が大金をかけて主導しておきながら、恒例の対抗戦で神宮寺家のご令嬢以外に勝ち星がなかったことに対しての謝罪……ということでよろしいですか?」


 ミツルギ学園理事長――御剣幸子みつるぎさちこは、イイ笑顔を浮かべながら土下座状態の教頭を見下ろしている。


「今年は万全の準備を整え、エリート生徒を育て上げましたので、必ず勝ち越して見せます……でしかたねぇ?」

「うっ、そ、それは……!?」


 話題の焦点となっているのは、二日前に行われた学園対抗戦について。

 無論、“竜騎兵ドラグーン”の襲撃によって、イベント自体が滅茶苦茶になったことは言うまでもなく、今年度に関しては再試合の予定もない。

 つまり一年の残り四試合全てが、無効試合として処理されたわけだ。

 そして途中成績を鑑みた結果、ミツルギ学園の敗北――という形で、この一大イベントは終幕を迎えていた。


 何と言っても、ミツルギ学園側から見た戦績は、一一戦一勝一〇敗。

 取り繕うところが一つもなく、これ以上ないほどに無残過ぎる結果と言えるだろう。

 途中で終わる云々うんぬん以前の問題だった


 だがある意味、それ以上に悲惨だったのは――。


「残念ですが、三黒教頭の進退を含めて色々検討しなければなりませんね」

「り、理事長……おたわむれを! 関係各社への謝罪回りは、私でなければ務まりますまい!?」


 全世界ライブ中継の場で学園の生徒が醜態を晒してしまったこと。

 結果、ミツルギ学園の名誉と信頼は失墜した。


 スポンサーとなっていた多くの企業からの撤退勧告が来るのは、時間の問題。

 教頭はそれらをどれだけ繋ぎ止めておけるのかが、これからの学園運営にとって重要なのかを力説したいのだろう。


「ああ、その件でしたら必要ありませんよ。スポンサーや保護者の方々には、私が話を通してありますので」

「へ……っ!?」

「もう実務に関わることはないと思っていましたが、学園がこの状況では致し方ないですからね」


 理事長の答えを聞いて、教頭の目が文字通り点になった。

 いくら理事長とはいえ、学園崩壊一歩手前であるこの状況で外野を納得させられるわけがない。

 その傷を最小限にするためには、これまで事実上実務の責任者と化していた教頭の力が必要。普通に考えれば、その通りだ。


 実際、対抗戦の戦績以上に、学園の被害状況が深刻なのは事実。

 教員棟と訓練スペースは辛うじて無傷だったとはいえ、その他の建物は何かしらの被害を受けているわけだし、文字通り学園の機能が麻痺していると断言出来るほどに――。


 挙句の果てに、学園教師・学園警備隊セキュリティーを合計して、二〇人近い犠牲者が出てしまっている。

 曲がりなりにもエリートというか、誰もが働ける職場でない以上、自分を切れるわけがない――と、畳みかけたかったのだろうが――。


「い、今のままでは、どう考えても手が足りませんし、この人員で学園を回すなど……」

「そちらも手を打ってあります。補充人員・・・・も含めてね。学園の人用も大幅に変わる予定ですので、もう貴方の席はございませんよ」


 だが醜く追いすがる教頭の前に浮かべられたのは、マダムの微笑。

 それは絶望を告げる悪魔の笑みに他ならない。


「で、ですが……ですが……私がこの学園にどれだけ尽くしてきたと……!!」

「資金の着服、賄賂わいろの受け取り、他にも企業側と密にやってらしたようで……ああ、それから生徒の成績操作もでしたか? これはもう、随分と尽くして下さったようですねぇ?」


 その果てにニコニコと微笑む理事長の傍ら、教頭の顔色は青を通り越して土色も通り越し、真っ白に色が抜けてしまった。


 叩けばほこりが出るとは、このこと。

 出るわ出るわの悪業祭りだ。


「もう貴方が日の目を見る事はないでしょうね。では、お引き取り下さい」


 そうして理事長が指を鳴らすと、グラサン強面の黒いスーツの方々が室内に姿を現し――。


「や、やめろ……わ、私は次期校長となるエリートだぞ! お前ら風情が触れていいと思っているのか!? はなせぇ!? はなせぇ!? はなせええぇぇ――ッ!?!?」


 両脇を抱えられたことで必死に抵抗する教頭ではあったが、小太りのおっさんとスーツのゴリマッチョ二人とでは、小人と巨人。

 乱雑な扱いを受けながら、部屋の外に引きずられて行った。


 凄まじくアレな光景ではあるが、ここまでは前座に過ぎない。

 傍観者となっていた俺たち・・・にとっては――。


「悲しい社会の縮図を見せつけられると、大人になるのが嫌になってきますね」

「あら……未来ある若者がそんなこと言わないで。悲しくなっちゃうわ」

「Fクラスの出来損ないは、お先真っ暗なので関係ないですね。それでわざわざこんな所に呼び出しておいて、何の用ですか?」


 さっきのやり取りをソファーに腰かけながら見ていたのは、怪訝そうな顔つきをしているであろう俺ともう一人。


「あら、随分手厳しいわね。シュトローム教諭も彼の様にくつろいでくださって構いませんよ」

「い、いえ……お気になさらず……!」


 隣には緊張で固まっているシュトローム教諭がちょこんと座っている。

 ただ長い金髪からは艶が無くなっているばかりか、目の下にも見事なクマが出来ている。緊張以前にやつれているのが丸分かりだった。

 理事長への微妙に返しが間違っているとか、教頭の発狂にびっくりしたのはいいが、いつまで抱き着いて来ているのか――とか、今はそんなことを指摘している場合じゃなさそうだ。


「まあ色々と伝えないといけないことは有るのだけれど……まずは不機嫌な天月君からかしらねぇ」


 勿体ぶる理事長に対し、自分の眼光が鋭くなっていくのを感じる。

 “アイオーン”を第二研究所に預けた後、休校日にわざわざ呼び出されたのだから当然だろう。

 それに二階堂の一件もあって、何を言われるのやら――と、身構えてしまうことも――。


 だが――。


「一年Fクラス、天月烈火君。貴方、今のままだと学園を出て行ってもらわないといけないのだけれど……」


 散々勿体ぶられただけあって、理事長の発言は凄まじい破壊力を秘めたものだった。

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