第100話 煌翼天翔

「何だ……下からッ!?」


 空中で制止する、“竜騎兵ドラグーン”。


「この魔力は……!?」


 彩城少将が目を剥き――。


「来たかっ!?」


 槍斧ハルバードを振り回す雪那がこちらを一瞥する。


 煌翼天翔。

 鮮烈な閃光と成りて、俺は天へと駆け上がる。


 ――テスタメント・レイ。


 それと同時、地下モニタールームの天井をぶち抜いた砲撃魔導をペインドラゴンへと炸裂させた。


「■■、■■■■■――!?」


 “高出力砲撃形態バーストモード”での超火力迎撃。

 シオン駐屯地での焼き直しのように、竜の火砲は地ではなく、宙をき尽くすに留まった。


「――っ!」


 直後、蒼白の羽根が舞い、左の白刃を奔らせる。

 更に巨竜の腹部を斬り裂きながら右手の可変拳銃を引っ込め、長剣を展開。

 双剣状態となって、巨竜の躯体を斬り刻んでいく。


 とはいえ、流石の重量と硬さ。

 奴は狂い悶えながらも大口を開いて魔力を収束させていき――。


「■、■■■■――!!!!」


 それを見た瞬間、俺は煌翼をひるがして急反転。

 最速で巨竜の眼前に躍り出ると、火砲をぶちまけるべく降りて来た顎目掛けて回転宙返り蹴りサマーソルトキック

 下から突き上げるような右の足刀蹴りで竜の頭をかち上げ、アリーナを焼き尽くすはずの火砲を再び上空にぶちまけさせる。


 この間、刹那のやり取り。

 瞬間、突如戦場に現れた俺に対し、戦場全ての視線が突き刺さるのを感じた。


「烈火!!」

「悪い、下のゴタゴタで遅れた」

「いや……私こそ、持ちこたえきれなかった」


 咆哮を上げながら撤退していく巨竜と入れ替わるように、雪那が近づいて来る。

 だがお互いにこやかな表情を浮かべることもなく、眼下に広がる鮮血の沼を睨み付けるのみ。

 敵との戦力差を考えれば最良に近い結果であるとはいえ、犠牲が出てしまったのだから当然だろう。


 まあ俺としては、雪那が目に見える負傷をしていることの方が大事かもしれないが。


「いや、彩城少将まで一緒にいて、こうなってるんだ。誰が戦っても同じだったさ。それより、“竜騎兵ドラグーン”三体相手に全滅してないだけで十分だと考えるべきだろう」


 彩城少将と戦っている指揮官らしき“竜騎兵ドラグーン”。

 血濡れで螺旋槍を構える“竜騎兵ドラグーン”。

 こちらを不思議そうに見る小柄な“竜騎兵ドラグーン”。


 佇まいや発する魔力だけでも、相当な実力者であることがはっきり分かる。

 現にグレイドはウサ耳少女から治療中。

 土守はアリーナの壁に寄りかかって項垂うなだれているし、決して少なくない犠牲者の存在を受けて観客たちもギャン泣き状態。

 少しでも飛び出して来るのが遅れていたら、かなりヤバかったようだ。


「戦線を押し上げる。ついて来れるな?」

「無論だ……!」


 決して良くない状況ではあるが、今は目の前の脅威に立ち向かう以外の道はない。

 これ以上失わないためにも――。


 とはいえ、ギリギリだとしても、こうして持ち堪えていることは不幸中の幸いだし、離脱した主戦力二人よりも頼りに・・・なる援軍・・・・も連れて来た。

 さあ、ここから反撃開始――と、雪那と視線を合わせた瞬間、螺旋槍を構えた“竜騎兵ドラグーン”が迫って来る。


「ほぉ! その風貌……聞き覚えがあるなァ!!」

「悪いが、俺はないな!」

「クロードの奴と戦ったのは貴様だろう!? ならば、手応えは十二分にあるはず! 先に貴様との戦いに興じるとしようか!!」

「クロード・ガルツァから……? お前たちは……!?」


 白刃と螺旋槍が激突する。

 それと同時、俺の脳裏に以前戦った“竜騎兵ドラグーン”の姿が過った。


 そして彼らが戦闘について、情報共有していることに対する懸念も。

 仲間――ということなのだろうか。

 でも真実を確かめる術もなく、白刃と螺旋槍を交錯させることしか出来ない。


「そんなことはどうでもいい! さァ、命を賭けてかかってこいッ!!」

「聞く耳なしか!」

「洗練された太刀筋は、敵を殺すための……! さっきの連中のような軟弱な切れ味ではないッ! やはり、貴様は戦士・・であるようだな!!」


 突き、薙ぎ、払い、螺旋回転する魔力弾。

 凄まじい突破力だ。

 それも互いに機動力と突破力をストロングポイントとしているのか、俺たちのドッグファイトは更に激しさを増していく。


「しかし、貴様の太刀筋にはどこか迷いも見受けられるッ! それは私との戦いに集中していないということだ!」

「――ッ!?」

「許し難い侮辱だなァ!」


 集中していない――か。

 正にその通りかもしれない。

 俺は迫る螺旋槍を斬り払いながら、内心で吐き捨てる。


『魔導騎士は、何も考えずに戦っているだけでいいんです』


 向けられたのは、ドロリと濁った瞳。


『所詮、全ては盤上のことわり……』


 無機質と狂気が入り混じったような歪んだ顔つき。


『それを逸脱したものは淘汰される。いつの時代も・・・・・・……ね』


 恐らくそれは、俺が求め続けた真実の断片に他ならない。

 だが時代が、戦況が、世界そのものが――こうして俺の前に立ちふさがる。

 頭の中がぐちゃぐちゃで思考が纏まらないというのが、正直なところだった。


 だとしても――。


「さあ、お前の命を撒き散らせぇッ!! “スパイラルスピニード”――っ!」


 紫の渦を纏いて、螺旋槍が迫り来る。


 斬撃魔導。

 勝負を決めに来た一撃だ。


「今は出来ることを……戦うしかない……!」


 ――“エクシードフィアーズ”。


 俺は向かって来る螺旋槍に蒼穹を纏った斬撃を叩き込み、相殺を試みる。


 螺旋斬突。

 互いの刀身が、けたたましい金切り声を上げる。


「はっ! 少しは良い表情かおになった!! だが――ッ!!」


 奴は刀身の悲鳴すら愉しむようにわらい、更なる追撃を繰り出した。


「――ッ!?」


 胸の紋章、肩、膝――。

 戦闘装束の装飾にしか見えない鋭角な各所から棘が出現し、刃と化して襲い掛かって来る。

 正しく魔導暗器の類であり、全身凶器。

 発生が早く、ノーモーションから繰り出される不意打ちを零距離で浴びせられたとあって、初見ではまず間違いなく回避不可能ではあるが――。


「ここで立ち止まっているわけには……!!」


 だがそれでも――と、即座に後退しながら、両翼を閉じて身体の前方に回す。

 発生の早さ貫通力が売りだとしても、所詮しょせんは不意打ち。煌翼で攻撃を防ぐことは容易であり、今度はこちらが奴の不意を突く形となった。


「な――ッ!?」

「これで!!」


 この機を逃すわけにはいかない。

 俺は両翼を閉じたまま突貫。

 眼前のニードルをへし折りながら突き進み、シールドバッシュの要領で奴にフリューゲルを叩きつける。


「この翼! 推進機関だけではないのかッ!?」

「特異な武装はお互い様だ!」

「偽りの民の分際で、この私を……!?」


 直後、奴は翼撃に目を剥きながら、大きく吹き飛んで行く。

 良い具合に不意を付けたおかげか、体勢を立て直せずに空中を錐揉みしてしまっているようだ。

 ある意味当然の挙動だが、瞬間の判断で全てがひっくり返る高速戦闘においては致命的な隙を晒すことと同義となる。


「終わりだ……!」


 峻烈波動。


 剣を引っ込めながら“白亜の拳銃アーク・ミラージュ”を呼び出し、即座に“高出力砲撃形態バーストモード”へと移行する。

 過剰とも取られかねない火力ではあるが、確実に終わらせるにはこれしかない。しかし引き金を押そうとした瞬間、奴の位置座標が真下にズレた。


 直後、紅蓮のが眼前を通り過ぎていく。


「新手か!?」


 上空を見上げれば、舞い降りて来る、一つの影。

 竜を模した武装を撃ち放った張本人であろう、一人の少年。


「思ったよりも早く貴様と相まみえることが出来そうだ。今度は雑兵の邪魔が入らぬ戦場で……!」


 逆立った銀髪。

 赤黒の戦闘装束――。


「……ソル・ヴァーミリオン」


 自信に裏打ちされた凄み、全身から放たれる強烈なプレッシャー。

 新たな“竜騎兵ドラグーン”――ソル・ヴァーミリオンは尊大に口元を吊り上げていた。


 戦場の混乱は、これ以上ないほどに加速していく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る