第99話 虐殺貴公子【side: Warriors】

「ほう、中々やるじゃないか!?」

「それは、どうも!」

「だがァ! 時間稼ぎが見え見えだな!!」

「ちぃっ!?」


 激情に駆られる陸夜を尻目に、グレイドとジルが激しく切り結ぶ。

 だが陸夜の一件で後手に回ってしまったこともあり、援軍待ちという作戦が完全に露呈してしまっていた。


 結果、螺旋槍の通り、突進力に秀でているジルを止めきれず、一人の“竜騎兵ドラグーン”が前線の包囲網を突破してしまう。

 これでグレイドを責めるのは酷というものではあるが――。


「せっかくの戦場だ! 愉しまなくては、損じゃあないか!!」

「嘘ッ! 抜かれた!?」


 AE校の一年代表と連携していたアリアは、上空から猛突してくるジルを認識して思わず息を飲む。


 例え全員で掛かっても勝てるわけがない。

 そのことを認識してしまっているから。


「皆、退がれッ!」


 瞬間、割り込む影が一つ。

 ミツルギ学園・魔導実技担当教師――日向樹ひなたいつきが、迫る脅威の存在から生徒を護るべく、彼らの前に踊り出た。


「どいつもこいつも、闘志に欠けているなァ。こんな連中に苦戦するとは、我が同胞も情けない!!」


 一方のジルは、先ほど陸夜を弾き飛ばした右腕の爪槍――“ネメア”を振り上げながら皮肉気に呟くと、高速回転する螺旋槍の駆動音を響かせる。

 本人にその意図があるのかは定かでないが、甲高く不気味な音は相手の戦意を奪っていくかの様だった。


 だとしても――。


「ちぃ! 生徒たちはやらせん!」

「ほう……少しはマシな顔つきになった!」

「でえええぇぇっ!!!!」


 ――“ディバインスラッシュ”。

 樹は“夜叉”を構え、最も使い慣れた魔導術式を発動してジルへ突貫する。


 最初から実力で劣っていることが分かっているのだから、立ち回り方もあるというもの。

 何としても生徒を守る――と、決意を込めた一撃だったが――。


「だがぁ! まだまだ、全然ッ! 物足りないなァ!!」

「――っ!?」


 突き出されたジルの右腕。

 回転する爪槍の上から紫の魔力が纏わり付き、螺旋を描くように渦を巻き始める。

 その直後、魔力を掻き消された刀が破片一つ残さずに砕け散り、樹の横腹が爪槍の螺旋槍で刺し穿たれる。


 その光景を前に、アリアたちは息を飲むことしか出来なかった。


「あ……がっ……!?」


 刀ごと両腕を捻じり飛ばされた樹は、鮮血を散らしながら痛みと恐怖に悶える。

 一方のジルは口元が裂けんばかりの笑みを浮かべながらも、螺旋槍の出力をわざと・・・落として・・・・、樹の苦しみと恐怖を掻き立てていく。


「最後に質問してやろう。貴様にとって、本当に大切なものは何だ? 親、妻、子供……? ましてや生徒や誇りなんかじゃァないはずだ!?」

「や、やめっ……!?!?」


 螺旋槍がゆっくりと樹の腹部で渦を巻き、金切り声と共に血飛沫が舞う。


「最も恋しい命を散らす瞬間、貴様は戦士となる! せめてその散り際で私を愉しませてくれよォ!?」

「――ぁ、っぁ、ぁああっ!? やめ……ッッ……うが、ァああああ――ッ!?!?」


 更に悲鳴を上げる樹は、力の渦に巻き込まれるように身体ごと螺旋回転を始めてしまう。

 それは正しく、惨劇の大車輪。

 樹の肉体がどうなったのかについては、想像の余地もないだろう。


「せ、先生!?」


 凄惨な光景を目の当たりにしたアリアは、青ざめた顔で絶句。口元に手をやって、その場でうずくってしまう。

 それと同時、一瞬のうちに巻き起こった殺戮劇を受け、メインアリーナの誰もが戦意を失うどころか最大級の恐慌に飲み込まれていた。


「物足りないなァ……! 私を満足させてくれる生贄は、どこにいるのかなぁ!!!!」


 対するジルは、凄惨にほふった樹のことなど気にもかけていない。

 狂気的な笑みと共に、教員・警備員セキュリティー部隊に向けて突っ込んでいく。


「くそっ! “流斬連撃陣”!!」

「了解!」


 紫紺の狂気が迫る中、恐怖で固まる身体に鞭を撃ち、教員と学園警備隊セキュリティーの合同部隊は二人と三人で分かれて躍動。

 五つの流星と化して、ジルを迎撃する。


 直後、六つの影が擦れ違い――。


「がぁ……ッ!?」


 三人の学園警備隊セキュリティーの腹部には大穴が開き、教師二人は斬り裂かれた首元から鮮血を飛ばして絶命する。


 はやく、鋭く、力強い。

 皇国が誇る戦術陣形ですら、全く意味を成していない。この場の誰もが、絶望という言葉に打ちひしがれていた。

 だが彼にとっては、相手の絶望こそが生きる養分となる。


「次にこうなりたいのは誰だぁ!? まあ戦場に在る時点で、全員虐殺確定だがな!」


 “虐殺貴公子”――ジル・ハインバッハは、絶望に打ちひしがれる面々を尻目に、全身に鮮血を浴びながら口角を吊り上げている。

 樹を含め、一瞬の内に六人を絶命させておきながら、罪悪感の一片すら抱いていないのだ。


「これが戦場! これが戦争! 死にたくなければ、剣を執れ! 命を懸けて向かって来い! そうやって足搔あがく程、その命を散らす時の昂りは至高の物となるのだからなァ!!」


 まるで自分ではなく、相手を奮い立たせるような言葉。

 人を殺すことに快感を覚えていると明言するかのような狂気の叫び。


 しかしそんなジルの高揚とは裏腹に、先の殺戮を前にした騎士たちの心はことごとく折れてしまっていた。

 だとしても、“虐殺貴公子”は戦闘の放棄を許さない。


「さぁ、血で血を洗う殺戮さつりく饗宴きょうえんを始めようじゃないか!!」


 無抵抗で殺されるか。

 抵抗して殺されるのか。


 地獄の二択を突き付けるかのように螺旋槍の切っ先がアリアらに迫るが、またも割り込む影が飛来する。


「そうやって何度も……!」

「ほう、さっきの小僧か!?」


 グレイドが振り下ろした大剣とジルの螺旋槍が火花を散らす。


「人を殺して、何がそんなに楽しいんだッ!!」

「殺すだけではない。破壊して、蹂躙して、相手の命を飛び散らせるのが愉しいんじゃないか! 偽りの民の命など、いくら失われたとて何の問題も無かろうに!!」


 憤りを隠しきれないグレイドに対し、ジルは愉し気に刃を交える。

 力任せに蹴散けちらしてしまった者たちとは違うものを感じ、戦いが成立していることで機嫌の良さそうなジルだったが――。


「だが、それ故に惜しい」


 大剣と螺旋槍で競り合う傍ら、残念そうな口ぶりで全身から・・・・出現させた魔力刃をグレイドの腹部や脚、肩に突き刺した。


「な――ッ!?」


 より正確に言うなら、戦闘装束の鋭利な装飾から突き出た棘のような魔力刃。

 それは宛ら、全身暗器。

 完全に不意を突かれたグレイドは、空中で串刺しにされたも同然だった。


「魔導の使い手としては中々だが、今の貴様は戦士・・ではない。本当に惜しいなぁ!」

「く、そ……っ!?」


 試合形式の打ち合いならともかく、相手を殺すための戦いではジルが勝る。


 とはいえ、当のグレイドも黙ってやられるつもりはない――と、向けられる螺旋槍を前に大剣の切っ先を突き出すものの、大振りな得物が零距離で威力を発揮出来るはずもなく、大きく吹き飛ばされてしまう。


「ぐぁっ!?」

「ほう、肉を切らせて……というやつか」


 しかし一見すれば、一方的にやられただけに思えるが、グレイドは押し負けた勢いを利用して魔力刃の拘束から無理やり脱出していた。

 己が串刺しにする寸前に窮地から脱したグレイドに対し、ジルは感心するような声を漏らしている。


 だが静かに高度を下げていくグレイドは、既に戦闘不能。

 あまりに大きすぎる戦力損失となってしまい、危険極まりないジルが完全フリー状態と化してしまう。


「まあいい。次は誰の命を散らそうかッ!」


 そんなグレイドの懸念通りというべきか、当のジルは螺旋槍から魔力弾を撃ち出しながら上空・・に舞い上がっていく。

 噛み合わなくなった歯車が元に戻ることはなく、待っているのは絶望だけ。


「え……!? あっ、ぐぁ――ッ!?」

「うぐ、ァ!?」

まず――ッ!? もう持たん……ッ!?」


 撃ち出された魔力弾は、ペインドラゴン相手に必死に逃げに徹していた学園警備員セキュリティーを次々と撃墜してしまう。

 直後、隊列が崩れた学園警備員セキュリティーが尾の一撃で薙ぎ払われ、ペインドラゴンまでもが完全に解き放たれてしまうことになる。


「■■■■■――!!!!」


 こうして薄氷一枚で保たれていた戦力の均衡きんこうは完全に崩れた。


 今収束されているペインドラゴンの火砲が放たれれば、アリーナで逃げ遅れた大量の人間は全滅。

 流石の雪那や鋼士郎も、複数の“竜騎兵ドラグーン”が相手では勝機は薄い。

 気付けば、ミツルギ学園の敗北は決定的なものとなってしまっている。


「メインディッシュは最後……! まずは他の全てを喰らうとしよう!」


 だが虐殺貴公子は、その手を緩めない。

 一瞬の内に戦線をズタズタにしたジルが向かうのは、相手方の主戦力。鋼士郎は最後に取って置くとばかりに、今もネレアと戦闘中である雪那の下――。


「あの少女は、どんな声でいてくれるのかなァ!!」


 戦女神ヴァルキュリアの背後から高速で螺旋槍が迫る。

 当然避け切れるわけもなく、絶体絶命。


 そのとき――。


「――ッ!?」


 アリーナの大地が裂け、蒼穹の極光・・・・・が天高く舞い上がった。

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