第68話 Cross Your Eyes

 魔導の光がきらめく。

 直後、魔導騎士たち・・が押し寄せて来る。


「な、貴様ら!?」

「ちっ、人にあれだけわめいておいて、自分たちが不法侵入とは……」


 俺と雪那の親父さんで一騎打ち――のつもりが、割り込む様に一柳の一派と思われる連中が突っ込んで来ているわけだ。

 それも壊れた大扉を通って、外から走り込んできた連中が――。


 さて、パーティーに出てもいない戦闘要員が何のために控えていたのやら。


「や、奴を排除せよ! 汚名をそそぐのだ!」

「貴様ァ!! 絶対に許さんぞ!!」


 総勢、三〇人近い魔導騎士。

 その先頭に立つのは、固有ワンオフ機を纏った一柳親子。

 神宮寺側との連携が全く取れていない以上、連中が勝手に動いたことは確実だが――。


「何ィ!?」

「雪那!? 僕を拒絶するのか!?」


 突如出現した銀交じりの氷壁に進路を遮られ、その足が止まる。

 力任せに突破を試みようと魔導を放つ一方、堅牢けんろうな氷壁はビクともしていない。

 この防御を突破しようとすれば、屋敷ごと吹き飛ばす勢いで魔導を放つ必要がある。

 しかし人間が密集している以上、そんな攻撃をしてしまえば味方どころか、来賓のVIP連中まで巻き込んでしまう。


 結果、元から突破が出来なそうな一柳一派を含め、神宮寺側の進軍までも止めてしまっていた。


「――雪那?」


 当然、迎撃態勢に入っていた俺からしても、予想外の事態には変わりない。

 氷壁を生み出した張本人の方へと振り返れば、槍斧ハルバードを携えたドレス姿の雪那と視線が重なった。


「どうして、こんな所に来たのだ!? こんな騒ぎまで起こして……!?」


 叩きつけられるのは、沈痛さと怒気が混じり合った悲鳴のような声。


 まあ実際、助けてくれと頼まれた覚えもない。

 それに事情が・・・どうあれ・・・・、事態が丸く収まりかけていた中、わざわざ風呂敷ふろしきをズタズタに引き裂いて中身を豪快にぶちまけたのだから、こうなってしまうのも無理はないだろう。

 その結末が人間同士による無駄な戦闘行為なのだから尚更だ。


「覚悟は決めた。欲することを止めた。後は私一人の犠牲で全ての人間が救われる。それで良かったはずなのに……」


 雪那の頬を雫が伝う。


「どうして、お前は……こんなにも私の覚悟を鈍らせる……?」


 そして俺の胸に頭を預けて寄りかかりながら、震える声で言葉を紡ぐ。


 この細く壊れてしまいそうな両肩に、一体どれほどの重責が背負わされているのだろうか。


 雪那は神宮寺家の厳しい家訓に対して、弱音一つ吐かず耐え続けて来たはず。

 高貴な家の名に恥じぬように、両親や周囲の期待に応えられるようにと、自分を殺して研鑚けんさんを積んで来たことだろう。

 そんな風に自分を殺し続けた結果、今は国の存亡すら背負わされている。

 何一つも報われる事無く、こうして苦しんでいるわけだ。


 周りの大人やまだ見ぬ子供のための人柱として――。


「ここは私が引き受ける。烈火に対しての嫌疑けんぎもどうにかしてみせる! だから烈火は、早くここから……」


 だがこんな状況にあっても、雪那は自分が助かろうとするのではなく、俺を逃がそうとしている。

 本当なら泣き叫びたいはずなのに悲劇のヒロインぶって助けを求めてこないからこそ、俺の知っている神宮寺雪那なのだろう。


 だから、俺は――。


「逃げないさ」

「何を言っているのだ!? このままでは、お前は――!」

「それを承知で俺は此処ここにいる」


 雪那は顔を上げ、驚きに目を見開いた。


「綺麗事だけじゃ、世界は回らない。だから雪那の覚悟が合理的で正しいのは、分かってるつもりだ。それに親父さんの言うことも間違ってない」

「ならば……!」

「でも俺が嫌なんだ」

「なに、が……?」

「雪那を犠牲にしなければ平和にならない世界で一人、のうのうと生きていくこと。そして雪那一人に責任を押し付け、偽りの平和を楽しむ連中の顔を見続けることが……」


 俺は国よりも雪那個人の方が大切であると言い切った。

 最適解ではないと理解していながら――。


「別に自分の行動を正当化するつもりもないし、正義の味方なんて真っ平だ。だから自分のエゴを押し通すために此処ここに来た。俺が、俺の意志で……」


 他国との開発競争。

 更に異次元からの侵攻者によって、人々は閉塞へいそく感に溢れている。


 言ってしまえば、“魔導至上主義”と呼ばれている選民思想は余裕の無さの表れであり、滅びを前にした一種の防衛本能とも称せる。

 自分たちは優秀なのだから。

 自分たちは命をけて戦っているのだから、優れた魔導使いこそが至高の存在である。

 そう思い込まなければ、気が狂って壊れてしまうから。


 そして閉塞へいそく感が増していく世界で生きていくために、今度は雪那一人に重責を全て押し付けようとしている。

 権力者は安全な所で甘いみつすすり、一般市民は高みに立たざるを得ない雪那を妬み、いびつな嫉妬心を向けながらも平和な日々を謳歌おうかするのだろう。


 美人だから。

 名家の生まれだから。

 魔導の天才だから。


 そんなフィルターを通して、雪那本人の意思を無視して勝手なイメージを押し付けるわけだ。

 自分たちが平和に過ごせる裏で、雪那が血の涙を流しているとも知らずに――。


 だがそんなことは許さない。

 皇国が滅びを迎えているのなら、国民全員で痛みを背負うべきだ。

 世界の滅びが迫っているのなら、今度は世界単位で重責を分かち合うべき。


 雪那を犠牲にしなければ存続できないような世界なら、いっそ滅びてしまえばいい。

 そんな世界に価値はない。そう、思うから。


「でも私に出来ることなんて、他には……!」


 俺は知っている。

 雪那はみんなが思っているほど完璧でもなければ、強くもないことを――。

 人よりも少しだけ素直になるのが苦手な、ただの優しい少女であることを――。


「――雪那」

「烈……火……」


 視線がぶつかり、俺たちの双眸そうぼう交錯こうさくする。


 励ましもしない。

 同情もしない。

 ただいつも通りに視線を返す。


 俺は此処ここにいる。

 お前は一人じゃない。

 そう感じてくれたのなら――。


「どんなことがあっても、雪那は俺のことを気にかけてくれていた。だから俺は、また歩き出すことが出来た。なら雪那のなげきも慟哭どうこくも、今度は俺が背負おう。だから今だけでいい……」


 俺は雪那の手を優しく振り解き、背後の氷壁へ向かい合う。

 瞬間、閃光がはしる。


「黙って俺に護られていろ……!」

「……うん、っ!」


 白亜の戦闘装束を纏って、白刃を一閃。

 雪那の涙混じりの返答を聞き届けると、そのまま彼女の作った氷壁を打ち砕く。


 彼女の心を巣食う絶対零度の氷が少しでも溶けてくれればと祈りを込め――。

 己の魔導チカラで、その冷たい闇をはらうために――。


 そして氷壁で生じた境界線を踏み越え、俺は欲望が渦巻く戦場へと舞い戻った。

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