第67話 相容れない正義

「――が、ぁ……ッ!?」


 直後、大広間に飛び込んで来た水流球体スフィアが弾け、中から数名の男が崩れ落ちるように姿を見せた。

 連中は全身ずぶ濡れであり、歯を鳴らしながら震えている。


「何者だね、彼らは?」

「証拠……いえ、証人ですよ。この人たちが怪しげな取引を行っているところに偶然・・遭遇したので、お話・・を聞いた後、そのまましょっ引いて来ました。ですよね、おじさんたち?」

「ひ、ひぃっ!?!?」


 確認を取るように問いただすと、連中の顔から更に血の気が引いていくのがはっきりと分かる。


 多分、連中の脳裏を過ったのは、突如として取引現場に現れた数名の男女。

 中でもとりわけ印象に残っていそうなのは、ドスの利いた声で無数の魔力弾を撃ち放っていた女性。


 由緒ゆいしょ正しい神宮寺家のメイド音無にしてみれば取るに足らないうわさでも、見方を変えれば大きな情報となる。

 だから“トーデス財閥”――裏の世界に介入するには、本職に頼るのが一番だと判断した。

 つまり萌神たち“サルベージ”に前回の借りを返してもらったわけであり、遅刻の理由は連中の口に割らせて証拠を確保するためだったということ。


 ちなみに萌神の連絡先は、例の研究施設でディオネと合流する直前に交換していた。

 顔に似合わず――というのは失礼なのかもしれないが、萌神が可愛い顔文字を使いこなしていることに驚いたのは、ここだけの話だ。


「というわけで、このおじさんたちの証言と身元を洗えば、十分証拠になると思いますが?」


 ともかくこれが決定打となったことには違いない。

 実際、一柳親子の顔色は青を通り越し、土色に染まっている。

 さっきまでの発狂すら消え去るほどに――。


「ふふっ……は、ははっ――ッ!!」


 そんな最中、神宮寺家当主の口から笑い声が漏れ始める。

 雪那を含め、誰もが呆然と彼へ視線を向けていた。


「お、お父様……?」


 この人の普段は知らないが、他の連中も同じように驚いている以上、かなり異様な状況なのだろう。

 まあ俺にとっては関係のないことだが。


「どんな手段を使ったのは知らないが、我々以上の情報を有していることは驚嘆に値する。無論、看破しがたい事実については、後で一柳殿に詳細な説明をしてもらうことにしよう」

「ひィ……っ!?」

「だがこれは皇国、ひいては両家にとって意味ある婚儀こんぎ……まさかとは思うが、私が何も知らずに暢気のんきに祝いの席についていたと思っているのか?」


 所詮しょせんは、どこの馬の骨かも分からない子供の理屈。

 間違いを認めさせて、一挙解決――といかないのが、大人の世界というものだ。

 正直、驚きはない。


 この人は一柳と違ってボンクラじゃない。

 始めから一柳家が打算目的で近付いて来たことを承知の上で、この婚姻を受け入れていたのだろう。


 多分、全ては――。


「我々にも大義がある。築き上げてきた誇りがある。そして、護らねばならぬがある」


 この婚姻の成立は一柳家にとって念願であると同時に、神宮寺家にとってもリスクに目をつむれるほどの大きなメリットがあるということだ。

 そう、滅びゆく国を立て直せるだけのメリットが。


 実際、一柳家が皇国の生殺与奪を握りかけている――とはいっても、やはり家柄としては神宮寺の方が圧倒的に上だ。

 それに奴は婿養子であり、夫だろうが年上だろうが、皇族の血が混じっている雪那より地位が下という扱いになってしまう。

 あくまでも雪那を入り口に神宮寺を掌握しょうあくした上で、これから成り上がらなければならない立場にあるということだ。


 つまり逆に言えば、神宮寺側も一柳を取り込める状況にあるわけで、元からして連中を利用する気満々だったのだろう。

 例え、乗っ取られるかもしれないリスクを背負ったのだとしても――。


「誰もが清廉潔白せいれんけっぱくではいられない。故に些末な理由・・・・・で婚儀を取り止めるなど、ありえない」

「……でしょうね」


 それに俺というイレギュラーが運んで来た“トーデス財閥”という存在についても、知っているのと知らないのでは全く話が違う。

 逆に対策をして財閥まで取り込めさえすれば、皇国自体が一気に強国へと成り上がれる可能性すら秘めている。

 そうなれば、神宮寺家の格も更に高まるはず。


 親としての愛情よりも国の未来を優先し、その上で権力者として家を存続させていく。

 これも当主としての在り方。

 きっとそういうことなのだろう。


「神宮寺がこの一件で何を果たそうとしているのかは、何となく分かっているつもりです。でも俺にとっては、どうでもいいことでしかない。皇国の未来も、名家の矜持きょうじも……」

「君は自分が何を言っているのか、本当に分かっているのか? 国が滅べば何も残らないというのに……」

「だとしても、俺は雪那・・の未来を守りに来た。そして身近な連中が笑って毎日を過ごせるのなら、顔も知らない人間がどうなろうが知ったことじゃない。もちろん、人並みの道徳ぐらいはあるつもりですけどね」


 国のために、雪那が犠牲にされることを許容出来るわけもない。

 これが俺の本心。


 自分の持つ繋がりパイプを利用し、色々と動き回った上で理屈を並べて来たわけだが、結局はそこに回帰する。


 これだけは譲れない。


「なるほど、確かに良い瞳をしている。気難しい雪那が、今のように隣に立つことを許している理由が少しだけ分かった気がするよ。そして君の言い分に一理あることも事実なのだろう」


 お互いに正義がある。

 それを理解し合った上でも相容あいいれないのなら、行き付く先は一つしかない。


「ならば、君の想いを……その正しさを証明してみるがいい! “アドミラル”っ!」


 魔力光と共に固有ワンオフ機を纏った直後、神宮寺家当主の手に十字剣が収まる。

 正しく臨戦状態。


「花嫁を奪うというのなら、私を倒していけ!」


 まあ、ここに来ての微妙にズレた親バカ発言には少しばかり肩の力が抜けた感は否めないが、いよいよ事態は最終局面を迎えていく。


 別に娘さんを下さい――とか、言ったつもりはないんだがな。

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