第31話 竜の墓標

 ――“フォートレス・フリューゲル”、展開解除。


 戦いの終わりを告げるかのように、俺の背から巨大な煌翼が消えていく。

 その直後、国を守る騎士たちが同じ高度に到達した。


「ほ、報告にあった学生か!? “竜騎兵ドラグーン”は……!?」


 いさみ足で突っ込んできた割には、随分と腰が引けている。

 まあ“竜騎兵ドラグーン”との遭遇は、この人たちにとっても非日常だったわけだ。そんな大人たちの慌てっぷりを見て、少しだけ緊張がほぐれた気がした。


「この空域の“竜騎兵ドラグーン”は、撤退しました。後は残存戦力を抑えれば……」

「“竜騎兵ドラグーン”が逃げた!? まさか本当に報告通り、君がやったのか!?」

「戦ったことは事実です。倒したわけではありませんが……」


 “竜騎兵ドラグーン”とは、人智じんちを超えた最大の脅威。

 対して俺は、騎士団彼らに守られるべき学生。


 だからこそ、そんな学生が“竜騎兵ドラグーン”を追い返した――なんて聞かされても、信じられるはずがない。


 とはいえ、この人たちは、さっきまで展開していた大出力の翼を見ていたはず。

 結果、必要以上のパニックを起こされなかったのは、不幸中の幸いだった。


 主に説明的な意味で――。


「と、ともかく分かった。では我々は、巨大竜種を……」


 そして竜騎兵ドラグーンが撤退したのだから、残る脅威は限られて来る。ごく自然な話だ。

 その一方、俺は騎士団の移動を制した。


「い、いきなり何をするんだ!?」


 当然、食って掛かかられるが、これも彼らの・・・ため・・だ。


 なぜなら、既にあの場所は彼女・・の戦場。

 この連中が意気揚々いきようようと飛んで行っても、最後の一撃ラストアタックの邪魔になるだけだった。


「これで終幕おわりにしよう」


 雪那は眼前の巨竜に“白銀の槍斧シルフィス”の穂先を向ける。


 当の巨大竜種は、身体の各所が凍り付き、右腕までも喪失そうしつしていた。無論、他の負傷箇所も多数見受けられる。

 満身創痍まんしんそういと言って、差し支えない状況だろう。


 しかし雪那の腕前にも驚愕だが、巨大竜種も戦意はおとろえていない。

 その様から感じるのは、恐怖よりも誇り高さへの感嘆かんたんだった。


 だが――。


「我が元に集え、氷絶零度……」


 凛とした声が響き、槍斧ハルバードを起点に膨大な量の魔力が収束されていく。

 それと同時、戦場の空が凄まじい冷気に包まれる。


「■■――■■■■――!!!!」


 異変を感じた巨竜は猛々たけだけしくえ、白銀の少女に襲い掛かっていくものの――。


「凍てつけッ! “グラキエスコフィン”――!!」


 魔力変換・“氷”が付与された“広域魔導こういきまどう”。


 それは一定範囲内の物質を凍り付かせる魔導術式。

 荒れ狂っていた“グロリアスドラゴン”を氷の中へと閉じ込め、物言わぬ亡骸なきがらへと変えてしまう。


 ――“氷山の棺桶グラキエスコフィン”。


 巨大な氷塊ひょうかいは、正しく巨竜の墓標ぼひょうと化した。

 そして飛翔能力を失った巨竜は、儚く地へと墜ちていく。


 だが巨大質量の落下を受け、下の騎士団はパニック状態。

 無論、それも計算済みであり――。


「……」


 血振りをするかのように、槍斧ハルバードがれる。

 直後、巨大な氷塊は結晶となって砕け散った。


「う、そ……だろ!?」

「あっちのガキも、こっちの嬢ちゃんも……! もう滅茶苦茶過ぎて驚く気も起らねぇ……」


 雪那の勝利。

 俺以外の誰もが大口を開けてしまっているようだ。


「お疲れ、怪我はなさそうだな」

「ああ、それよりも烈火こそ大丈夫……というか、あんな爆発に巻き込まれたのだから、怪我がない方がおかしい。一体、どうやって助かったのだ!?」

「いっぺんに聞くなよ。まあ斬撃魔導の一点集中で強引に脱出。攻撃と爆風は、フリューゲルを盾にして防いだ。その結果、無傷ってわけだ」


 “フォートレス・フリューゲル”。


 それは“アイオーン”の固有武装の一つ。

 能力は俺の制御を受けて、三対六枚の巨翼がリアルタイムに稼働。空中戦における推進力と姿勢制御性を高めながらも、機動力を爆発的に向上させるというもの。

 加えて、煌翼自体が堅牢けんろうな硬度を誇っているだけではなく、刃の雨を降らせたように攻撃面でも大きな役割を果たす。

 正しく、攻防一体の統合武装。


 そして今回は翼で全身をおおって盾とした結果、クロードの初見殺しをどうにか乗り切れたというわけだ。


「ふむ、“魔導兵装アルミュール”の上から、更に身にまとう武装ということか。まあ何にせよ、無事ならよかった」


 一方の雪那は、安堵あんどからか胸を撫で下ろしている。

 まあ普通に考えれば、肉片一直線コースだったわけで、逆の立場なら俺も同じ反応をしたはず。

 だからこそ、俺も気が抜けてしまったのだろう。不意に要らんことを言ってしまった。


「それはお互い様だ。まだ調整不足の奥の手だったけど、上手くいって良かった」

「は……調整中? そういえば、この間の決闘騒ぎでは見られなかった武装だが……」


 感動の再会から一転、ジト目の雪那に詰め寄られる。

 大変美しいお顔で視界が占拠せんきょされてしまうが、その目は全く笑っていない。


 続きを話せ――と、鋭い眼光が語っている。


「元々試作機の“アイオーン”は、完成した機体じゃない。それに急に使うことになったから決闘騒ぎの時は、基礎武装だけでとりあえず戦える状態にしただけ……」

「なるほど、つまり今も調整を続けていて、武装も追加されていると?」

「ああ、だからようやくこの機体を象徴する主兵装を積めたわけだが……」

「あれだけ特徴的で複雑な武装なのだから、細かい調整は必須だろう。さっきまでの戦況を考えれば、力を出し惜しみしている場合ではないと理解もできる。とはいえ、調整不足が分かったまま、ぶっつけ本番で大暴れしたということか!? 何という無茶を……!?」


 終わり良ければすべて良し――なんて言葉もあるし、実際この状況にも相応ふさわしいしいはず。

 だが最悪の場合、あの高度で“アイオーン”が強制解除され、戦闘不能という事態になってもおかしくなかった。


 つまり俺は、“竜騎兵ドラグーン”を相手に、戦闘と関係のないところでも危険極まりない綱渡つなわたりをしていたわけだ。

 もし雪那が同じことをしていたら卒倒する自信があるし、今回ばかりはお叱りの言葉を受け入れよう。


「まあ不可抗力だし、俺はこうして無事だ。そんなに心配してくれなくても大丈夫だぞ」

「べ、別に烈火の心配などしていない! 私は、ただ……!」


 雪那の白い頬が紅く染まる。

 ただ今度の睨みつけは、何も怖くない。


 俺が守った日常。

 その象徴しょうちょうは間違いなく、この少女なのだから――。

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