第30話 顕現する煌翼

 拘束からの圧縮魔力炸裂。

 クロードの一撃は機動力の高低にかかわらず、回避できるはずのないものだった。

 だが奥の手・・・を残していたのは、奴だけじゃない。


 蒼光が弾け、顕現けんげんしたのは――。


「なんだ、ソレ・・は……!? 竜ではない、天使……!?」


 純白に蒼いラインのアクセントをはしらせる巨大な主翼。

 背部から突き出すように装備された同色の副翼。

 更に主翼と重なり、堅牢けんろうさを増させるもう一種の副翼。


 その上、各所にはしラインからは魔力の息吹が溢れ出し、翼の純白に蒼穹の燐光がまとわり付いている。


 そう、俺の背に展開されているのは、三対六枚の巨大な光翼。

 まあいくら派手な武装とはいえ、天使は流石にくすぐったいが――。


「“フォートレス・フリューゲル”。この機体を象徴する武装……」

「な、消えっ……!?」


 煌翼こうよく羽撃はばたきと共に、俺の姿がき消え、次の瞬間――。


 既に俺の“白亜の剣アーク・エクリプス”と奴の戦斧は鈍い音を立て、ぶつかり合っている・・


「巨大な加速推進装置……!? なるほど、その翼も見てくれだけではないということかッ!?」


 間一髪で戦斧を滑り込ませて防御に成功したクロードではあるが、こちらの剣戟けんげきは機動力が爆発的に上がった分、威力を増している。

 結果、奴は驚愕に目をきながら、大きく吹き飛ばされていく。


 だが――。


何処どこを見ている?」

「一瞬で、背後に……!?」


 煌翼こうよくひるがえした俺のはやさは、奴の反応速度を凌駕りょうがする。

 即座の超高速機動で吹き飛ぶクロードを追い越しながら背後へ回り込んだ瞬間、既に攻撃準備を完了しているのだから。


「これで、終わりだ……!」

「ちっ、この出力は……!?」


 蒼穹の斬撃。

 危機的状況にありながら、捨て身で繰り出した斬撃。


 再び互いの魔導が交錯こうさくし、三度目の激突と相成あいなった。


 しかし拮抗きっこうは一瞬。

 クロードは蒼穹の奔流ほんりゅうに飲み込まれ、破壊の波動が空を塗り潰していく。


 ――“エクシードフィアーズ”。


 たとえ相手が強大な力を持つ“竜騎兵ドラグーン”であろうとも、俺自身が弱くなるわけじゃない。

 更に力を増した、己の剣戟けんげきはしらせるのみ。


 一方、蒼穹の奔流から一つの人影が飛び出し――。


「よもや、偽りの騎士風情に、ここまで……っ!?」


 奴は健在。

 流石は“竜騎兵ドラグーン”か。


 とはいえ、なりふり構わず斬撃から逃れた結果、全身から鮮血が流れ出ている。それに見るからに折れている左腕から察するに、身体の中も文字通りのズタボロなのだろう。

 現に魔力の強さもかなり弱まっているし、これだけの力を持つ戦士が敵の目の前で隙を晒している。 今は辛うじて飛んでいるだけという状況だった。


「これ以上の戦闘は無意味だ。一応聞いておくが、投降とうこうの意志はあるか?」

「笑止。我らが民の誇りに賭けて、最期まで戦うに決まっているだろうッ!」


 竜騎兵奴らは何者なのか。

 何を考えて、こんな風に侵攻して来るのか。


 刃を交えるだけでは、何も変わらない。

 膨れ上がるのは、憎しみと痛みだけ。

 だからこそ、対話をしなければ、この困窮こんきゅうした世界に平和が訪れることはないというのに――。


「この刃、砕け散るときまで――ッ!!」


 一方のクロードは再び空を駆け、満身創痍ながらも刃を向けて来る。


 奴の覚悟は本物だ。

 生け捕りは不可能――。


「これだけの力を持ちながら……!」


 “フォートレス・フリューゲル”を羽撃はばたかせれば、クロードの斬り上げに際して俺の身体が天空を舞う。

 どこにこんな力が――と思わされる斬撃ではあったが見事に空を切る。


 “アイオーン”の機動力は素の状態ですら、他の“魔導兵装アルミュール”を上回る。

 その機動力が巨大な推進装置である“フォートレス・フリューゲル”で爆発的に高まっているのだから、手負いでの攻撃など当たるはずもない。


「どうして、お前たちは……!?」


 俺はフリューゲルを最大展開。

 放射線状に波動を振り撒く煌翼から、無数の蒼刃を撃ち出していく。


 ――ネメシスフルバースト。


「ここまで、とは……」


 滅破蒼刃。

 クロードの全身に刃が突き刺さり、戦斧が欠け、鮮血と蒼刃の雨が戦場の空を彩っていく。


 これで――。


「ほう、大層な翼だ!」

「――ッ!?」


 感じたのは、巨大な殺気。

 俺は咄嗟とっさに蒼刃の掃射を止め、主翼で前方をおおった。


 直後、盾とした翼と巨大な青龍刀が激突する。


「お前は……!? 新たな、竜騎兵ドラグーン!?」


 目の前に現れたのは、紅黒の青龍刀を持つ少年。


 逆立った銀髪に青メッシュ。

 更に紅黒の戦闘装束をまとい、肩に羽織はおった上着を風になびかせている。


 そしてクロードを遥かに超える殺気をまといながら、獰猛どうもうな笑みを浮かべていた。


「我が剣戟を受け止めるとは……。中々にたのしめそうだ」


 俺たちは弾かれ合うように距離を取る。

 だが奴の眼光は、むしろ鋭さを増している。


「も、申し訳ありません。ソル様……」

「貴様を救ったつもりはない。敗者が俺に話しかけるな」


 それは味方に対しても同じだったようで、死ぬ一歩寸前で体勢を立て直したクロードへの言葉も冷ややかなものだった。


 クロードを外見年齢で判断するなら、二〇代前半といったところ。

 対して紅黒の少年は、俺と大して変わらないはず。


 だがそのクロードは、少年に対してこうべれている。

 連中の力関係か、身分関係から来るものなのか――。


「それよりも、さっさと退け。俺の戦いに水を差すつもりか?」


 一方で少年の口元が裂けるように吊り上がり、更に獰猛どうもうな殺気が放たれる。

 それと同時、真紅の魔力が渦を巻き、奴の左腕にまとわり付きながら竜の姿・・・を形取っていく。


「――ッ!?」


 同じ“竜騎兵ドラグーン”であるはずのクロードを始め、下で戦っている騎士団員と異次元獣ディメンズビーストまでもが、奴が発する殺気に震え上がっていた。


 其処そこる。

 ただそれだけで、この戦場を支配してしまったわけだ。


「貴様の相手は、この俺が直々じきじきにして務めてやろう。構えろ……!」


 正面で向かい合う、俺を除いて――。


「向かって来るのなら、斬り捨てる!」


 俺は変わらず、二振りの“白亜の剣アーク・エクリプス”を構える。

 同時に“フォートレス・フリューゲル”から吹き出す魔力が勢いを増し、奴に呼応してか自分の闘気がまされていくのを感じた。


 惨劇の戦場で膨大な光を撒き散らす、紅蓮と蒼穹。

 死闘は避けられない。


 だがそうして俺たちが激突しようというとき――。


「援軍……?」

「ちっ、雑兵ぞうひょう風情が……!?」


 少年は憤怒に染まった表情で眼下を睨みつける。

 わずかに気ががれたのは、俺も同様であり――。


「我らも戦線に加わる! 医療班は怪我人を! 残りは全て異次元獣ディメンズビーストの対処に当たれ! 騎士団の威信いしんに賭け、何としても守り抜けよォ!!」

「了解ッ!!」


 横目で下を見れば、他の拠点からの増援部隊が到着し、勢いをそのままに戦闘に参加し始めている光景が飛び込んで来る。

 これで押されていた戦力構造が大きく変わることは確実だし、喜ばしい事態であることには違いない。

 だが今の俺たち・・・にとっては、邪魔なだけ。むしろ全力で戦えなくなってしまう要因でしかなかった。


「……きょうがれた。戻るぞ」


 恐らく奴も邪魔な障害物をウザったく思ったのだろう。

 増援が俺たちの方にまで向かって来るのを見ると、自身の頭上に次元のあな――特異点を出現させる。

 正しく、“戻る”――という言葉通りの行動だった。


 ただ、一つだけ予想外だったのは――。


「貴様、名は……?」

「……天月烈火」

「そうか、覚えておこう。我が名は、ソル・ヴァーミリオン。しかとその胸に刻むがいい」


 紅黒の“竜騎兵ドラグーン”――ソル・ヴァーミリオンと俺の視線が交錯する。

 凶悪で獰猛どうもうな殺気ではあるが、狂気は宿してはいない。

 鋭く、洗練された眼光だった。


 彼らは本当に恐怖と混沌を振り巻くだけの存在なのだろうか。

 そんな世界の常識は、本当に正しいものなのだろうか。


 連中のやり取り、その出で立ち、魔導の力。

 俺たち人間と何も変わらないのに――。


「決着は次に預けたぞ」


 一方、ソルとクロードは、上空の特異点へと飛び込んで行く。

 追撃はしない。これ以上、討ち合っても泥沼の消耗戦で犠牲が増えるだけだ。


「“竜騎兵ドラグーン”……。そしてソル・ヴァーミリオン、か……」


 ひとまず危機は脱した。

 まだ万全・・・・ではない・・・・、俺の力が“竜騎兵ドラグーン”に通用することも分かった。


 だが“竜騎兵ドラグーン”との初めての遭遇は、多くの収穫しゅうかくと共に大きな謎も残していった。

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