第20話 忌まわしき過去、切り拓く未来

「アザレア園を存続させるには、支援が打ち切られる前に私自身の立場を高めるしかない。だから企業と専属契約を結べれば……」

「学生をやりながらでも、高い給料が貰えるようになる……か。逆に言えば、魔導関係のサポートは手厚てあついわけだしな。それに成り上がった風破が立ち退きを拒否すれば、国にあらがうことも出来る。最短最速のルートではあるが……」


 今この社会において、将来の選択肢が広がる一番大きな要因が魔導の腕前であることは事実だ。

 こういう傾向けいこうもあってか、学業に支障のない範囲で相手から認められさえすれば、学生の内からでも働くことが許されている。


 その業種の中で最も将来性が高い職業こそが、企業お付きの魔導兵装アルミュール試験操縦者テスター

 つまり第二研究所がスポンサーについている、俺の現状――。


 加えて、操縦者テスターは企業の広告塔こうこくとう的な立場になる場合も多く、CMやモデル、TVやインタビューなど、別方面での活躍も期待できるらしい。

 脅威と闘う魔導騎士――という王道からは外れるが、タレントや芸能人的な立場になれる可能性もあるわけだ。

 この場合は、若い学生という肩書が広告としてプラスに働く場合も多く、こちらの道を狙っている者も多いらしい。


 ちなみに俺の場合は、メディア露出は基本なしという契約を結んでいる。


「それよりも、どうしてここまでこだわる? 育ててもらったおんにしては……」

「……私さ、親に二回捨てられたんだ」


 突如、声音が震える。

 明らかに普通ではない。


 だからこそ、いくら何でも執着しゅうちゃくし過ぎではないか――という、次の言葉を飲み込まざるを得なかった。

 でも今の彼女の必要なのは、なぐさめの言葉ではないのだろう。


「私には四人の親がいる。本当の両親と、義理の両親が……。四人共、人間のダメなところを集めたようなロクデナシだったけどね」


 風破の顔から表情が抜け落ち、空虚くうきょなな瞳が下に向けられる。

 これから語られるのは、多分彼女自身にとってまわしい記憶。


「ホントの両親は、魔導の才能が無い孤児同士で結ばれた。だから世間に弾き出されて、おかしくなっちゃったんだろうね。酒、浮気、ギャンブル……あの人たちは狂っていた。でも私が五歳の時、父親が借金を母親に押し付けて蒸発。母親も夜逃げしちゃったから、私一人が家に残された。何も知らない私だけが……」


 俺は制するわけでも同情するわけでもなく、ただ彼女の話に耳をかたむける。


「その後は色々あって、施設に預けられることになったんだ。そして今度は、別の家庭に引き取られることになった。前の両親と違って、裕福ゆうふくな家だったから食べるのには困らなかったのはよかったのかな? でもわざわざ私を引き取ったのには、理由があった」


 わざわざ風破を引き取った。

 なら彼女は他の孤児とは違うということ。


 次の言葉は予想するまでもない。


「理由は施設の中で魔導の適性が一番高かったのが、私だったから。良家の一人息子に魔導の才能がないことが分かって、私を養子として引き入れたんだ。世間体を気にしてね」

「よくあること……とは言いたくないが、こればかりは……」


 魔導の才能が重要視される社会において、こういった成り上がりは頻繁ひんぱんに――とまでは言わないが、十分に起こり得る現象だ。

 実際、土守との一戦だけで、学園の底辺だった俺がこれだけ騒がれているわけだしな。


 だからこそ、展開を予想出来た一方、風破がここにいるということは――。


「良家って言っても、英才教育っていう名目で過剰かじょうな訓練をさせられた。私が結果を出せないと、殴る蹴るなんて当たり前だった。親が変わっても、結局同じ。毎日痛くて、助けてくれる人もいなくて……。そんな日々が二年間続いた。でも終わりは来たんだ」


 重々しい口調が、少しだけ軽くなった気がした。


「会社のお金を横領したって話で、義理の両親が逮捕された。私に対しても虐待ぎゃくたいだって、問題になったみたいで……結果的に、その親元を離れられることになった。そして最後……身寄りのない私が預けられたのが……」

「このアザレア園……ということか」


 風破は穏やかな視線を施設へと向けている。

 彼女の眼差しに宿る感情は、実際に体験していない俺にははかれないものだった。


「私はこの場所アザレア園が大好き。だから私にとっての在るべき場所ホームを守りたい。この暖かな場所を――」


 風破の眼差しに宿る光が輝きを増す。

 理由なんていらない。迷わない。

 そんな感情が伝わって来る。


 風破一人が成り上がるのであれば、学年三位がFクラスの落ちこぼれを相手に下手したてに出る必要はない。

 いくらでも目指す進路に辿り着けるルートがあるはず。


 故に全てはアザレア園のため、こんな無茶をしているわけだ。


「辛い話をさせてしまって悪いが、俺では君の力になれそうもない。実際、Fクラスの俺が固有ワンオフ機を手に入れたのは、身内が研究施設にいるからだ。でも、ただそれだけ・・・・……だからな」


 まず大前提からして、俺の場合は少々例外であり、学園での成績や教師からの推薦すいせんで才能を見出されたわけじゃない。


 加えて、もし仮に俺のコネで試験操縦者テスターになれたとしても、風破が言うような形で長く続けることは恐らく不可能だろう。

 そもそも第二研究所の試験操縦者テスターになりたい人間は、吐いて捨てるほど存在する。


 対して風破は、所詮しょせん高一レベルのAクラスでしかない。

 そんな彼女が世界的に名の知られた研究所にとって、満足のいく結果を出し続けられるのだろうか――と考えれば、恐らく結論は一択だろう。


 それに何より、零華さんも遊びで魔導研究をしているわけじゃないし、他の企業と戦いながら研究員を食わせていかなければならない。

 当然、その研究員にも家族がいるわけで、見ず知らずの子供たちを助けるために生活水準を下げてくれ――なんて、言うつもりもないし、了承りょうしょうもされない。


 まあこれが現実ではあるわけだが――。


「そっか……」

「だから、結果を示すしかない。他の連中を黙らせられるくらい明確な結果を……」


 直後、風破は落ち気味だった顔をハッと上げた。


 いくら初対面の相手とはいえ、真剣に向き合っている風破に適当なことを言うわけにはいかない。

 俺、コネがあるから大丈夫――なんて、良い顔をして中途半端に間に入ったとして、それは親切をした気になるだけの自己満足だ。

 事実、紹介した後は何もしてやれないわけだし、俺以外の全員を振り回すだけ。これほど無責任なこともないだろう。


 でも切羽詰せっぱつまって、必死にもがいている彼女に道筋みちすじを示すことぐらいは出来る。

 何か大きな目標を前に焦って空回り――というのは、ついこの間までの俺自身に通じるものを感じたから。


「俺の身内は、良くも悪くも結果主義だ。Fクラスの俺なんかに最新鋭の機体を任せているわけだしな」


 落第生Fクラス固有ワンオフ機を所持している一番の理由は、現状“アイオーン”の性能を十分に引き出せるのが、俺だけであるからというもの。

 つまりFクラスだろうか、高校一年だろうが、何かで突き抜ければチャンスはある。


 それに何より――。


「まずはAクラスで学年三位……その立場に自信を持って胸を張れ。おかげで風破は、他の連中よりもかなり有利な立場にいるんだからな」

「でも……」

「いくら支援継続が危ういとは言っても、所詮しょせんはお役所仕事だ。それに風破の様に反対する連中も出で来るだろう。となれば、実際に施行しこうされるまでには、時間もかかる。その頃には、少なくとも二年には進級しているはずだし……」

「進路的な面も含めて、一年の今とは全く別の見られ方をすることになる?」

「そういうことだな。しかも名家の跡取りで固有ワンオフ機持ちの二人を例外とすれば、風破が実質的な学年トップだ。むしろ教師が推さない理由がない」


 まず大前提として、学園側も固有ワンオフ機持ちの生徒を増やしたいと思っているはず。何と言っても宣伝になるし、メリットしかない。

 であれば、俺たち世代で次にピックアップされる可能性は高いのが、風破なのは明白だろう。

 明確な目的があって人当たりも良い風破が、教師の内心点や評価を気にしていないとも思えないしな。


 これだけ多くの取っ掛かりがあるのだから、数ヵ月以内にチャンスは絶対に回って来る。いや、一度や二度ミスっても、教師から推薦されるだけの地盤を築けていなければ、Aクラスで学年三位にはなれない。

 第二研究所はちょっと例外だが、状況と結果次第では企業間で取り合いになる可能性もあるだろう。


 少なくとも人前に出る才能や交渉術に関しては、愛想の悪い俺とは比較にならない物を持っているわけだしな。


「後は風破次第だが、いくらでもやり様はあるはずだ。実際、企業の目に留まるのは、基礎教育が終わる一年終わりから。この二、三ヵ月で仕上げていけば、十分チャンスはある」

「ホントに、そう思う?」

「今の風破の成績に嘘偽りがないのならな」


 彼女の立場は、本人が思っているほど悪いものじゃない。

 ただあせりで進むべき道を見失っているだけで――。


 だが同じAクラスでも土守の取り巻きと風破を比べてしまえば、その差は歴然れきぜん

 感じられる魔力量も含めて――。


「まあそういう理由だったら、訓練ぐらいは付き合わないでもない。気が向いて、予定が合えばな」

「……やっぱり、君って意外とやっぱり良いヤツだね」

「何の話だ?」

「ううん、もうちょっと頑張ってみようかなって!」


 風破の目尻に涙が浮かぶ。

 もし彼女がCクラスやDクラスだったのなら、心苦しいが諦めろと伝えていたかもしれない。

 でも困難でも明るい未来に通じる道は、確かに彼女自身の手で切りひらいている最中だ。

 日々の努力が裏切らない――とは言わないが、意味のあるものではあったはず。


 後は彼女自身がそれを自覚して結果を出すだけだ。


「ありがとう。烈火」


 少しは気がまぎれたのかは分からないが、風破はここに来た時とは別物――き物が落ちたかのような柔らかい笑みを浮かべていた。


 ちなみになぜか外に出て来た子供たちから、風破と一緒にからかわれたのは、ここだけの話だ。

 マセガキ共め、俺たちは今日初めましてなんだがな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る