第19話 滅びゆく世界

「ここが君の?」

「うん。“アザレア園”……私の家だよ」


 俺たちの目の前にあるのは、“アザレア園”という表札ひょうさつかかげられた門。

 その向こう側には、いわゆる“小学校”を二回り小さくしたような建造物が立っている。


 このアザレア園は、クオン皇国における児童養護じどうようご施設の一つであり、風破にとっては生まれ育った家なのだそうだ。

 実際、白いブロックべい隙間すきまからは、子供たちが運動場を走り回る光景が飛び込んで来る。


 とはいえ、ここに着くまでに説明を聞いていたおかげで、彼女の境遇自体にそれほど驚きはない。

 大前提として、周囲から勘違いされない公共施設でなければ、初対面の女子の家まで同行するはずもないしな。


「ごめん、わざわざ来てもらったのに、大したおもてなしも……」

「いや、構わない。お互いに好都合だろうしな」


 とはいえ、施設内では気が引ける内容であるらしく、園から少し離れたところで彼女の話を聞くことになった。

 俺としても見知らぬ家に入るより気が楽だし、断る理由もない。


 まあそれならどうして俺を連れて来たのか――という話にもなるが、初対面の相手を自分の弱み――プライベートスペースに招き入れることで、誠意を見せようとした結果なのだろう。


 昨今さっこん、卒業証書などに生徒の住所が書かれたりはしない。

 それに風破は自分がどう見られているのか分かっているタイプだろうし、付きまといや個人情報の漏洩ろうえいリスクを考えれば、ファミレスや公園でもよかったはずだしな。


「――で、結局のところ、俺に何を聞きたいんだ?」

「じゃあ、前置きなしで……。私は君がどうやって固有ワンオフ機を手に入れたのかを教えて欲しいんだ。その、こんな言い方をしたくないんだけど……」

固有ワンオフ機は魔導騎士にとってみれば、誰もが欲しい物。どうしてFクラスの俺が……ってことか?」

「あ、うん……。勿論、さっきの先輩たちみたいに寄越よこせなんて言うつもりはないよ。でも私にとっても……」


 またそれか――という、感情がないわけじゃない。

 だが姿勢を正した風破は、真剣みを帯びた表情を浮かべている。冗談で返している場合ではなさそうだ。


「天月君から見てアザレア園ここって、どう見える?」

「俺はこういう施設に縁がないから、何とも言えないが……。少なくても子供たちにとって良い環境に見える……と思うが?」

「そっか……そう思って貰えたなら私も嬉しい。でも、もうすぐ無くなっちゃうかもしれないんだ」


 思わず疑問符が浮かんだ。

 確かに施設にはそれなりに年季が入っているようにも見えるが、別に問題があるようには思えない。

 風破の態度やさっきまでの子供たちの様子からして、悪徳施設とかでもないはず。


 それなのに――。


「資金不足だよ。国からの運営支援が打ち切られそうなんだ。最近の情勢を受けてね」


 だが風破の答えで全てがつながった。


「天月君も知ってると思うけど、この国は……いや世界中は、“異次元獣ディメンズビースト”の侵攻で疲弊ひへいしきってる。だから予算もカツカツで、軍事資金が最優先……」

「なるほど、身寄りのない子供たちへの手当てが打ち切られようとしているわけか。孤児を助ける余裕もないし、逆に足手まといでしかないから」

「そういうこと、だね。それに……もしそうなったら、次は園長が個人で経営しないといけなくなる。ここは身寄りのいない子供しかいないから、利益なんて出せるはずもない。だから……!」

「どうあっても閉園せざるを得ない。風破のように自立できる年齢ならともかく、幼い子供たちの行く先がなくなるわけか。でも苦しいのはどこも同じだ。良ければ粗雑そざつな扱いを受けて、無理やり施設に詰め込まれる。悪ければ……」


 子供たちに魔導の才能があれば、何人か引き抜かれるかもしれないが、大多数は孤児一直線。


 それに親が子を捨てる理由は多々あるものの、現在進行形で社会問題となっているのは、魔導適性が低いと分かってから捨てられる子供たちのこと。

 むしろこうして学園のエリートになった風破は、例外中の例外であるということだ。


 であれば、あの子たちがどちらに該当がいとうするのか――など、論ずるまでもないだろう。

 着の身着のまま放り出されるのか。

 その先で悲惨な目に合うのか。


 ともかく子供たちに待つのは、暗い闇の未来でしかないのだろう。


「でも一つだけ、支援が打ち切られても存続できるかもしれない方法があるんだ」


 だが当の風破は手を固く握り、鬼気迫る面持ちで俺を見据みすえた。

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