第18話 不思議な少女

「いやー、今回もお見事だったね」


 風破アリアと名乗った女子生徒は、俺のジト目を受けてもマイペース。

 大して気にした様子もなく、むしろ賞賛の言葉をかけてきた。


 心の持ち様によっては皮肉に聞こえないでもないが、Fクラスのくせに――という、他の連中とは、違う意味合いが込められているような気がする。

 とはいえ、よく分からない相手であることには変わりないわけで――。


「それはどうも。何の用だ?」

「にゃはは、これは手厳しい。でも言ったでしょう? お話したいって」

「俺は君に話しかけられるような覚えがないぞ」

「個人的に君に興味があるから……じゃダメかな? 今学園で一番有名なわけだし?」

「そりゃ光栄だな。でも迷惑極まる」

「うぇー!? 出来れば、魔導の練習にも付き合ってくれたら嬉しいなぁ……って思ってたりするんだけど……?」

「好きにすればいい。連中が勝手に借りたアリーナは、まだたっぷり使えるしな。俺は帰る」

「ガン無視!? ぶー、ケチ!」


 朗らかな笑みを浮かべる風破に対し、自分でも怪訝けげんそうな表情を浮かべているのが分かる。

 何とも対照的な光景だろう。

 その最中、風破は俺の返答が不満だったようで唇を尖らせて膨れてしまう。


「今日は十分運動したからな。もう終わりだ」

「えー、さっき戦ったくらいじゃ、肩慣らしにもなってないって顔してるけど?」

「買いかぶり過ぎだ」

「ふふ、謙遜けんそんするならまし顔じゃなくて、もっと表情に出した方がいいんじゃない? それに君が本気じゃなかったことくらい分かっちゃうんだよ。私、そこそこ成績良い方だからさ。Aクラスだし、成績三位だし!」


 Aクラス。

 それに雪那と土守に次ぐ、一年の実力者か。

 確かに非戦闘形態の“テンペスタ・ルーチェ”を手にした姿は、随分ずいぶんと様になっている。

 満更まんざら、嘘ってわけでもなさそうだ。


「じゃあ、魔導訓練は諦めるから、お話聞かせてもらっていいかな? さっきの先輩たちみたいなことも言わないし、帰りながらでいいからさ。ね! お願い!」


 一方の風破はパン――っと、景気の良い音を響かせて手を合わせると、小首を傾げながらウインク。

 男子なら卒倒物そっとうものだろう可愛らしいお願いポーズと、落としどころを見極めた話術が何ともアンバランスだ。

 というか、いつから聞いてた。


 だが彼女は飄々ひょうひょうとしている様でいて、どこか切羽詰せっぱつまっているようにも感じられる。

 落ちこぼれに何を聞きたいのかは知らないが、何だか訳ありっぽいな。


「ついて来たければ好きにしろ。俺は帰る」

「ありがと……! じゃあ、訓練機の返却にレッツゴー!」


 だが当の風破は俺の答えを受けて目を丸くしたかと思えば、次に瞬間には満面の笑みを浮かべる。

 そこまでは良かったわけだが、何と彼女は俺の手を取ったまま歩き出してしまった。


「おい、引っ張るなよ」

「善は急げって言うでしょ? 色々聞きたいしさ!」


 どうやら騒がしい放課後は、まだ終わりそうにない。

 その果てに見慣れない女子生徒と帰り道を共にすることになってしまったのだから――。


「……それで俺に何の用なんだ?」

「えっとね……って、何だろうアレ? 警察があんなに集まって……」


 早速、本題に移ろうとしたらしい風破だったが、住宅街に見覚えのある白黒車両がむらがっている場面を不思議そうに見つめる。

 まあ困惑しているのは、俺も同じだ。


「どうやら殺人事件……みたいだな」

「まさか、例の・・連続殺人?」


 野次馬やじうまに混じって、封鎖テープの向こう側を見れば、警察隊員たちが頭部の辺りがへこんだ三つの遺体袋を運び出している。

 ここ数ヵ月、似たような事件が頻発ひんぱつしており、恐らくこの一家はその被害者。

 推理物の小説やドラマじゃあるまいし――と思っていた事件が目の前で起きたのだから、動揺するのは当然ではあったが――。


「ちょっと、ごめん!」


 風破は、ハッとした表情を浮かべると携帯端末を起動し、慌てた様子で通話ボタンをタップしていた。

 今時の学生の割には家族想い――という感じでもない。よく分からない女だ。


「……待たせちゃってごめんね。目の前で事件があった後だから、家の方が心配でさ」

「いや、気にしなくていい。もう話って気分じゃないだろうし、日を改めるなら送っていくが?」

「君って、意外と結構良いヤツだね」

「意外とはなんだ。意外とは……」

「にゃはは、もっと冷たくあしらわれると思ってたから……。でも私としては、どうしても聞きたいことがあるんだけど……」


 作り笑顔で論戦を仕掛けて来たかと思えば、満面の笑みを浮かべて俺を引っ張り回す。

 大して時間も経たずに泣きそうな顔で電話をかけたかと思えば、今はうーん――と、悩み始めている。


 大人びてみたり、年相応だったり、やっぱりよく分からない女だ。


「じゃあさ、ウチ来る?」


 だが次の瞬間、表情を明るくした風破から爆弾発言が飛び出す。


「……はい?」


 正直、今から“異次元獣ディメンズビースト”と戦え――と言われても、対応できる自信はある。

 でも風破の発言に対しては、呆けた声を漏らすことしか出来なかった。

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