第15話 壊れたプライド【side:土守】

 ◆ ◇ ◆



「は……っ!?」


 土守陸夜は目を覚まし、全身を襲う激痛に苦しみながら周囲を見回す。


 豪華な家具。

 シルクのベッド。


 視線の先に広がっているのは、自分の部屋という見慣れた光景だ。


「なんだ? どうなっている!? 戦いは……!?」


 戸惑いながら窓から空を見上げれば、漆黒の闇と月光が部屋に差し込んでいる。

 既に日付も変わってしまっており、陸夜はまるで時間に取り残されたかのような感覚に襲われていた。

 だが気を失う前の記憶を思い出してしまえば――。


「う……くぅ、っ!?!?」


 天空を舞う白騎士に挑み、魔弾も剣も、自慢のコンビネーションも通用しなかった。

 挙句、細剣レイピアの真骨頂である突きでのカウンターを見舞われ、剣を折られて気絶させられた。


 陸夜からすれば、人生最大の屈辱だろう。

 その上、ベッド近くの台には、破損したままの“オーファン”が無残な姿で置かれている。


「くそォ……っ!?」


 今は痛みすら感じない。

 陸夜はいつ着替えさせられたか分からないパジャマ姿で部屋を飛び出し、携帯端末けいたいたんまつを手に取って怒号をき散らし始めた。


「ああ、そうだ! 今すぐウチに来て“オーファン”を修理しろ! 営業時間? そんなもの僕には関係ないね! コーヒーを目に流し込んででも今すぐ来い! この僕が言っているんだ!? 分かったなッ!?」


 通話先は“オーファン”を製造、整備している大企業であり、まくし立てるように声を荒げる。

 真夜中に電話をかけた挙句、理不尽すぎる内容。

 最早クレーマーを超えた何かになりつつある一方、陸夜は言いたいことだけをぶちまけて通話を切った。


 そして携帯端末をポケットにしまおうとして、その手が空を切る。

 なぜなら彼の来ている最高級パジャマには、ポケットが一つもないからだ。


「はっ、ぎぃいいいっ!?!? 僕を馬鹿にしているのか!?」


 その瞬間、業者相手に八つ当たりでぶちまけた怒りが再燃。

 陸夜は子供のように地団駄じたんだを踏み、大きな歯軋はぎしりしながら携帯端末を投げ捨てた。

 高そうな花瓶かびんが割れ、壁・床と順番にぶつかった携帯端末は、見るも無残な姿と成り果てる。

 だが陸夜の怒りは収まらない。

 そんなことには目もれず、大股で歩いていく。


「え……っ、陸夜様? まだ動き回られては……!?」


 そうして屋敷やしきを歩く陸夜だったが、少し進んだ先の部屋では住み込みでやとっている二人の侍女メイドがお茶をしながら談笑していた。

 いくら侍女メイドとはいえ、二人は仕事終わりであり、既に私服。

 館の主が寝静まった後、つかの間の休み時間を楽しんでいたようだが――。


「おい、今の間はなんだ? 僕のことを馬鹿にしただろう!?」

「へっ!? い、いえ、決してそのようなことは……」

「態度で分かる! 確かに本調子ではなかったし、油断してしまったし、初見の固有ワンオフ機に計算を狂わされたとはいえ、あんなクズに良いようにやられた僕を馬鹿にしたんだろう!?」


 烈火と陸夜は今回か初対決であり、初見殺しはお互い様。

 それどころか、会場全体が烈火にとって完全アウェーですらあった。

 メイドたちからしても、これほど早く陸夜が目を覚ました驚きに加え、単純に自分たちが業務を終えた自分の時間であった故に反応が遅れてしまっただけ。


 つまり陸夜は言い訳と八つ当たりのオンパレード。

 完全な被害妄想でしかない。


 しかし陸夜の本音は一つ。

 雪那への愛と烈火の退学をかけて決闘を挑んだ挙句、Fクラス相手に手も足も出ずに敗れ去った自分の無様さを誰よりも許せないでいるのだ。

 だから周りからの視線やちょっとした仕草に対し、必要以上に反応してしまう。

 そして自分の思う通りにならないことが世の中にあるという事実に耐え切れず、周囲の全てが気に食わない。

 正しく、瞬間湯沸かし器と化して、暴れ回っているのだ。


 とはいえ、ここまでは若気わかげいたり。

 三年後、五年後に振り返った時、あの頃は――というような、黒歴史で済むギリギリのラインだったのだが――。


「り、陸夜様!?」

「うるさぁいっ!! 家事をするだけしか取り柄のない……魔導に見放されたゴミ女どもが僕を見下すんじゃないっ!!」


 なんと、感情が高ぶった陸夜は侍女メイドたちに対し、いきなり魔導を撃ち放った。


「ひ……っ!?」


 当然、侍女メイド二人は恐怖と驚愕で固まることしか出来ない。

 ただ“オーファン”の破損具合と陸夜がキレすぎているせいで魔力弾が外れ、壁を破壊するに留まったことは不幸中の幸いだったのだろう。

 しかし怒りの炎は、更に激しく燃え上がる。


「どいつもこいつも、僕を馬鹿にしやがって! ふざけるなぁああっっ!!!!!!」


 陸夜は、破損している“オーファン”が火花を立てていることにお構いなしで、魔弾の嵐を繰り出し続けていく。

 豪邸での魔導行使八つ当たりにより、被害総額がとんでもないことになっているが、そんなことはお構いなしだ。


 というより、非戦闘員相手にいきなり攻撃するなど、それ以前の話だろう。

 だが輝かしいエリート人生を歩んできた陸夜にとっては、初めての敗北。プライドを傷つけられた怒りは全てを上回る。


「天月ィ! 絶対に許さないぞ!! 覚えておけ、どんな手を使ってでも潰してやるッ!! 僕のプライドに賭けて……!!!!」


 所詮しょせん相手は、Fクラス。

 律儀りちぎに雪那に近づかない――なんて、約束を守る必要はない。


 故に天月烈火を排除はいじょし、神宮寺雪那を手に入れる。

 陸夜は怒りの中で、そんな決意を抱いていた。


 しかし執着しゅうちゃくとも称せる怒りの決意は、陸夜が人としての道を踏み外してしまったことを意味している。

 たった一度の敗北を受け入れるだけで、元の超エリート勝ち組人生に戻れるはずだったのにもかかわらず――。


 だが早速、陸夜の決意に暗雲が立ち込める。

 刃を失った細剣レイピアが爆散し、破損していた武装を無理やり使った代償を陸夜自身が支払う羽目はめになったのだ。


「うぐっぁっ!? ぐ、っがああああぁぅぅっ!?!? いだあああいっ!?!?」


 右腕のひじから先が爆炎に包まれ、陸夜は床を転げ回りながら泣き叫ぶ。

 こんな風に怪我を負ったのも初めてのことであり、更に烈火への恨みが強まっていく。

 無論、もう烈火と関係すらない見事なまでの自業自得を認めることもせずに――。


 翌朝には、どうにか無事で済んだ勤続一五年のベテラン侍女メイド二人が退職届を出したことは、言うまでもないだろう。

 ちなみに陸夜は全治一週間の怪我を負い、しばらく学園に顔を出せなくなったようだ。


 土上陸夜の八つ当たり――復讐計画は、第一歩を踏み出す前にとんでもない転び方をしてしまっていた。

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