第3話 咆哮する脅威、解き放つ力

 屋上から戻って来て一時間――。


 時刻は正午を過ぎ、校外学習に取り残されたFクラスは午後の授業を受けている。

 だが一クラスだけ残されたこともあってか、誰一人として授業を聞いている様子はない。もちろん、俺を含めて――。


「えー、魔導騎士にとっての武器であり鎧となる“魔導兵装アルミュール”についてだが……」


 こんな状態の生徒を前に教壇きょうだんに立つのは、一年Fクラスの担任教師――普天正雄ふてんまさお

 これといった特徴もない普通のおっさんだが、なんだかんだ落第寸前のFクラスを上手くまとめているベテラン教師だ。

 とはいえ、いつも以上に集中していない生徒に対して、今日ばかりは苦笑を浮かべているようだ。


「これは……?」


 しかし良くも悪くも穏やかに授業が進んでいく中、俺は強大な魔力反応を感じ取る。睨み付けるように見上げるのは、快晴だったはず・・・・・の空。

 更にそれと同じタイミングで、学園中に警戒音アラートが鳴り響く。


「け、警報……!?」


 この警戒音アラートが指し示すもの――それは外部からの侵入者の存在。

 不穏ふおんな空気が立ち込め、教室中が混乱に包まれていく。


みんな、落ち着け!」


 先生も声を上げるが、事態の大きさに対しては焼け石に水だ。

 なぜなら、みんなの視線は一点に注がれたまま、ピクリとも動いていないのだから――。


 というか、他より知識がある分、一番驚いているのは、この担任教師なのかもしれない。


「“特異点とくいてん”が開いたというのか……!? しかも学園の真上で!?」


 特異点、シンギュラー・ポイント。

 国によって様々な呼ばれ方をする巨大なあなは、異なる世界とこの世界を結びつける次元のとびら

 人類にとっては、災厄さいやくを告げる死の門。


 誰もが驚愕の表情を浮かべる中、空中のあなよりい出た巨大な影が校舎付近に飛来する。


「■■■■■■……!!」


 高さだけならば校舎にも迫る巨大な身体からだ

 ボディービルダーも涙目になる立派過ぎる筋肉。

 更には剣闘士けんとうしを思わせるよろいに加え、太い腕には巨大な斧がにぎられている。

 だが何より目を引かれるのは、湾曲わんきょくした巨大な角を持つ頭部だ。


 どこからどう見ても人間ではない。

 その怪物の名は――。


「“サベージタウロス”……だとォ!?」

「■■■■■■■■■――!!!!!!」


 鎧牛がいぎゅう咆哮ほうこうし、先生のかわいた声をき消す。

 直後、学園中が狂乱に包まれる。


「……っ!? い、いやぁああああ!?!?」

「おい! どうすんだよ!?」

「いいから落ち着け! 我々は一刻いっこくも早く脱出して安全確保だ! 避難訓練は覚えているな!? 先生はこういう時のために、授業よりも身の回りで役立つ……」

「そんなことを言ってるひまがあったら、さっさと避難誘導してくださいよ」


 教師を含めて、パニック状態。

 こちらから指摘してきしてみても、右から左へ聞き流されてしまう。色んな意味で最悪の状況だ。


 だがそんな時、窓の外を指差した朔乃が歓喜の声を上げた。


「見て、烈火! あれって……!?」


 朔乃が指差した先では、学園防衛を専門とする魔導騎士――“学園警備隊セキュリティー”が、鎧牛がいぎゅうに対して攻撃を仕掛しかけている。

 一応、軍ともつながっている学園だけあって、非常事態への対処方法も確立されているということだ。


「良かった。じゃあ、私たちも……ッ!?」


 少しの安堵あんど

 ようやく避難開始だとクラスが動き始めた一方、突如大きな衝撃に襲われる。

 目を閉じ、身を固くした朔乃を含め、俺たちが見たものは――。


「……え、っ?」


 教室の壁には無理やりじ切れたように大穴が空き、部屋の中で台風でも起きたのか――と、言わんばかりに机の山が散乱さんらんしている。


 一言で表すなら、廃墟はいきょ同然。


 そして足元に目を向ければ、吹き飛ばされて来たであろう学園警備隊セキュリティーが一人。全身を鮮血で染めている。

 再び教室中が悲鳴と狂乱に包まれたことは、説明する必要もないだろう。


 一体、この一瞬の間で何が起こったのか。

 恐怖に駆られた生徒が窓の外に意識を向ければ、そこに広がっていたのは絶望極まりない光景だった。


「う……くぅ……っ!?!?」

「■■、■■■■■■――!!!!!!」


 学園警備隊セキュリティーも必死に戦ってはいるが、彼らの魔導は“サベージタウロス”には通用していない。

 その上、目の前で横たわっている男性を含めて、既に数名が撃墜げきついされている。

 だがそれはある意味、仕方のない話だった。


 本来、学園警備隊セキュリティーとは、学園内でのトラブルを解決したり、ちょっとした侵入者を制圧するための対人部隊に過ぎない。

 つまり巨大な怪物の相手など完全に専門外であり、こればかりは相性が悪いと言わざるを得ないだろう。

 しかも学園警備隊セキュリティー以外の学園保有戦力は、全て校外学習で出払ってしまっている。


 今までは“異次元獣ディメンズビースト”が学園に直接乗り込んで来ることなどなかった。

 だから先生も突然の来訪者に驚いていたわけだし、こちらには対抗できる戦力が残っていない。

 当然、援軍も間に合うはずもない。


 このまま学園警備隊セキュリティーが負ければ、学園は崩壊。自分たちもどんな殺され方をするのだろうか――。


「■■、■■■■■■――!!!!!!」


 一方、こちらの絶望を嘲笑あざわらうかのように、鎧牛がいぎゅう前傾ぜんけい姿勢を取る。

 ぐぐっと、力を溜める様子は、闘牛やスタート前の陸上選手を更に凶悪にしたものであり、そんな奴の進行方向あるのは、俺たちがいるこの校舎。


 対処不可能。

 完全にんでいる。


「先生、この人に応急処置を……。まだ息はあります」


 そう、このまま・・・・なら――。


「あ、天月!?」


 誰もが呆然ぼうぜんとする中、横たわっている学園警備隊セキュリティーの身体が灰色の光に包まれていく。


 直後、学園警備隊セキュリティーの衣装は、にび色の軍服から黒いスーツへと戻り・・かたわらに小太刀こだちしたカードのような物が転がった。


 当の俺はというと、黙ってカードを拾い上げて全ての制止を無視。教室に空いた大穴に向かって歩いて行く。


 普通に考えれば、無駄だと分かっていても全速で逃げ回ることが最善策だろう。

 だがどこまで行っても無駄な抵抗でしかないのなら、所詮しょせんはただの悪あがき。

 それなら、立ち向かう以外の選択肢はない。


 己の未来を切りひらくためには――。


「何を、するの?」


 朔乃が戸惑とまどいの声を上げた瞬間、鎧牛がいぎゅうは全身の筋肉を躍動やくどう

 足元の地面から破裂音を立てながら、凄まじい勢いで突っ込んで来る。


 狂気と惨劇さんげきの化身を前に、誰もが身を固くしたが――。


「……少し待っていろ。すぐに終わらせて来る」


 俺は教室に空いた穴から屋外へと飛び出す。普通に考えれば、完全に飛び降り自殺。

 実際、このまま・・・・では、グラウンドに突っ込んでデッドエンド一直線だろう。


 だから――。


「“魔導兵装アルミュール”……“陽炎かげろう”、システム起動」


 降下していく俺は、己の魔力・・・・が発する蒼い光に包み込まれる。

 天高くうずを巻く、蒼穹そうきゅうの光に――。

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