第忌譚【照る照る坊主】・弐戎朽
ずっとずっと、会いたいと願っていた家族の再会……その光景を前に、僕は思わず泣きそうになる。だけど、椥の言葉を思い出す。
『でも、時間はそう長くない。限られた時間が尽きる前に、急いで彼と再会させないと……【首無し法師】は妻子に会えさえすれば正気を取り戻す筈だから……。
そしたら、すぐに僕を呼んで妹が再び何かする前に【首無し法師】を成仏させるから』
僕は急いで、数珠を握ると心の中で椥の名を呼ぶ。すると、数珠が微かに光り僕の中に何か……誰かが入り込んできたのを感じる。
『……少し身体を借りるよ』
そして、僕の意志に反して口が動く。椥が僕の中に居る。
『今の僕はね。わずかに残った力で作り出した、あの神域から出る事が出来なんだ』
つまり、原理は良くわからないけど。おそらくは、憑き護である僕の身体を通して神域の外に無理やり干渉している状態と言う事か。
『いくら君が憑き護とは言え。人の身に神の魂なんて、負担が大きすぎるだろうからあまり多用は出来ないけどね……』
そう言うと、椥は一呼吸置いてから印の様なモノを結び口を開いた。
『
打ち掃ふ事の如く遺る罪は在らじと
罪と云ふ罪は在らじと
祈る様に、懇願する様に……椥は、ゆっくりとハッキリと言葉を紡ぐ。言葉の意味は解らないが、祝詞の一文である事は解る。
きっと【首無し法師】に代わり、自分よりも位の高い神々に対して許しを請うてくれているのだろう。……願わくば【首無し法師】の罪が許され、妻子と共に天へと昇れる様にっと僕も手を合わせ祈った。
すると、思いが通じたのか曇り空の隙間から太陽の光が降り注ぎ坊主と妻子を優しく包み込む。空を見上げた三人は、眩しそうに目を細めてから互いの顔を見て微笑んでいる。
その光景を見届けた椥が、自分の中から抜けるのが解った。どうか、来世で再び家族として彼らが幸せになれます様に。
僕がそう心の中で願った時だ。
『照る照る坊主 照る坊主
明日 天気にしておくれ
それでも曇って泣いてたら そなたの首をチョンと切るぞ』
どこからともなく、聞き覚えるのある幼い少女の歌声が聞こえた。無邪気で楽しそうな歌声なのに、何故か酷く恐ろしいモノの様に感じる。
冷や汗と悪寒が止まらない。そう思っていた時、
前に向き直ると、あの黒い鎌を手にした少女が坊主の首を撥ねていた。それを見て泣き叫ぶ妻子。
少女がにやりと不気味な笑みを浮かべると、その体から噴き出した影の様なモノが坊主と妻子を飲み込んでしまう。一瞬の事に反応が遅れてしまうが、数珠を握り再び椥を呼ぼうとするが……
『駄目だよ。綠くん』
いつの間にか、目の前に少女の顔があった。鼻と鼻がくっつきそうな距離で、少女は先ほどとは違う無邪気な笑みを僕に向けている。
でも、何故だろうか。先ほどの不気味な笑みよりも、ずっと恐怖を感じてしまった。
蛇に睨まれた蛙の様に、僕は瞬きさえも出来ずに固まってしまう。その横で、おからが小さく唸る声が聞こえる。
だが、少女はおからの事など気にも留めず僕の胸倉を掴んで引き寄せると耳元で囁いてきた。
『今回は、ボクの負けだ。けどね。
【首無し法師】は、ボクの駒なんだから、勝手に成仏なんてさせないでよ ? 妻子の霊も一緒に、永遠に覚めない悪夢を見せてやるんだ。
敗者には、罰ゲームが無くちゃね。……どうしても、成仏させたいのなら次もボクと遊んでよ。
ボクが満足いくまで遊んで、綠くんが負けなかったら……解放してあげる』
覚めない悪夢。そう聞いて、僕の脳裏に浮かんだのはてるてる坊主が見せてくれた最期の記憶……僕は、少女を睨みつけ問いかける。
「なんで、そんな……酷い事」
『…………さぁ ?
それも、最後までボクに勝ち続けたら教えてあげる。だから………………
また、ボクと遊んでくれる ? 』
「……良いよ。何度でも遊んであげる。
でも、もし負けても…………連れてくのは、僕だけにして ! 」
『 ! ふふ、あはははは ! !
……またね。綠くん』
満足そうに笑った少女の顔を最後に、僕の記憶はそこで途絶え……次に目覚めた時には、寺の本堂に寝かされていた。
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