第忌譚【照る照る坊主】・戎伍
ー五六零士ー
「ここも開かないか……壱樹は、綠や久哉と無事合流できたかな ? 」
誰にともなく独り言ちりながら、俺は裏の戸口から離れ他に外に出れる場所はないか探す。だけど、窓の外に目を向ければどこまでも暗い……まるで白いキャンパスにイカ墨でも垂らしたようだ。
そう言えば、イカ墨って何味なんだろう ? イカは海の幸だし、やっぱりしょっぱいのかな ?
等としょうもない事を考えていると、どこからか鞠の音が聞こえて来る。
「 ? 誰か、居るのか ? 」
廊下の奥に目を向けるが、人影は見えない。けど、気になった俺は音のする方に向ってみる事にした。
どうやら、音は宿坊の方からするようだ。うちの寺に勤めている坊さんたちは、通いなので宿坊は現在では使われてはいない。
だが、檀家の親戚などで遠くから法事に参加しに来た方などを時たま泊める事もあるし。立ち入りを禁止している訳でもないので、宿坊へ続く廊下にある格子戸も鍵は開いたままになっている。
『身寄りがない子は寄っといで 私のお傍に寄っといで
あなたの家族になりましょう
私が悲しい時には 一緒に泣いてくりゃさんせ
私が嬉しい時には 一緒に笑ってくりゃさんせ
私が恨みを抱いたなら 代わりに止めをさしてくれ』
「……物騒な歌詞だな。声は可愛らしいのに、勿体ない」
こう言う、意味の解らない民謡って子供の頃は気にせず歌ってたな。でも最近は、近所の子が歌ってるの聞くと微笑ましいのと同時に気味悪く感じてしまう事がある。
「にしても、初めて聴く歌なのに……何でだろう ? 妙に懐かしい」
独り言ちりながら、小首を傾げるとスッと目の前の廊下を鞠が転がって行くのが見えた。
「誘われてる、感じかな ? 」
何時もなら、視えない存在からのこんな解りやすい誘いは無視をする。視えない存在ってのは、死者とかの霊的な存在の事。
彼らは、何らかの未練や執着で現世にとどまっていて時折こんな風に生者を誘う。誘う理由は様々あれど、安易に誘いに乗ってはいけない。
だって、彼らは俺ら生者とは違う。生に対する未練や、生きてる者への嫉妬でわざと命を奪いに来る者もいるから無視するのが一番なんだ。
「……行ってみるか」
でも、こう言う状況下においては相手の誘導に従う他ない。何かあれば、命を落とすかもしれないが……今のままだと、どっちにしろ危険だ。
行くも地獄、行かぬも地獄。それなら、何もせずに後悔するより何か行動を起こした方が活路が見出せる気がするしね。
「鬼が出るか蛇が出るか……」
一歩踏み出したところで、俺は一旦歩みを止める。そして、上着の内ポケットから小さな箱を取り出して開けた。
箱の中には、天然石で出来た指輪が二つ収まっている。俺はその二つの指輪を、右手の薬指に嵌めた。
「ちょっとだけ、力を貸してね。……
そう呟くと、真っ赤なルビーの指輪がほんの少しだが光った様な気がして柄にもなく泣きそうになる。駄目だな。
「……こんなとこで泣いてたら、星に笑われちゃうな。…………帰ったら、星の好きな花を持って会いに行くから待っててね」
指輪に口づけをする。そして、俺は前を向き再び歩き出す。
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