第20話 箱船は行方不明 5
「次は
釣り。ぴんと来るものがあった。
「警部。これ、使えませんか」
「釣りが?」
「ええ。重りを付けた釣り糸を、あの格子窓の間だから通して……。熟練者になると、かなり離れた的に命中させると聞きますから」
「だが、あんな狭い場所で、あれほど大きくカーブさせるのは不可能では? ガラス瓶が見えないから、割ってしまう危険もある」
「……うーん。多分、無理のようです」
肩を落とす私の前で、花畑刑事が続きを喋り始めた。
「最後は
「冬木は、薬物の不法販売の件を知っていたんでしょうか」
「いや、それはなかったようです。ただ、危なそうな薬が部屋にあることには気付いていたと言ってる」
「ふうむ……。それで、冬木の特技なんかは」
「冬木は無趣味な人間との評判で、菓子馬鹿の面があって、休みの日もよく菓子の研究をしている。最近は、初夏の頃から冷菓の研究を繰り返していたとか。えっと、アイスクリームに新しいコーティングをし、溶けにくいようにしつつ口当たりをよくする狙いとか何とか」
菓子作りと密室は結び付きそうにない。無理矢理に知恵を絞ると……飴細工で細長い滑り台を作って格子窓からガラス瓶までキーホルダーを送った後、熱で飴を溶かした? まさか! 空想的に過ぎる。
「どうです? 何か閃くものはありましたかな」
下田警部に水を向けられたが、飴の滑り台のアイディアを話す訳にもいかず、首を横に振るしかない。
「引き続き、考えることとしましょう。我々は本来の捜査に戻りますから、そちらは地天馬さんに一刻も早く連絡してください」
下田警部の言葉で、散会となった。
いつ連絡があるかしれないため、ここ数日、私は地天馬の探偵事務所で寝泊まりしている。
無論、彼は私の自宅の電話番号を知っているが、たとえば地天馬が過去の事件のデータやその他資料を参照したいと電話で言ってきた場合、事務所に行かないと分からないことが多い。故に、事務所に泊まり込んでいるのだ。
私は密室漬けになった頭を一旦リセットすべく、テレビをぼんやり見ていた。午後十一時を前にニュースが始まったので、特に天気予報を注意する。
台風は大陸方面に抜け、地天馬のいる島はすでに安全圏だと分かった。が、こんな夜遅くに先方へ電話を入れるのは気が引ける。地天馬自身、あちらの事件で疲労困憊しているかもしれない。
明日の朝一番に掛けようと心に決め、毛布を被ったちょうどそのとき――デスクの上の電話がけたたましい音を立てた。
毛布のトンネルから飛び出し、送受器を鷲掴みにする。こんな時間に掛けてくるのは、地天馬に違いない。
「はい、もしもしっ。こちら――」
「ああ、僕だよ」
予感が当たった。地天馬の声だ。
「決着した。明日の昼過ぎには帰り着くと思う。そちらは何か起きていないか、新しい依頼がないか気になってね。電話してみたんだが、まずは元気そうな声が聞けてよかった」
「地天馬! こっちは難問を抱えてるんだ。力を貸してくれ」
「分かった。話してくれ。メモの用意はできている」
私の急な願いにも、地天馬は戸惑った気配を表すことなく、即座に応じた。頼りになる存在だ。
事件のあらましから入り、細かな説明をし、地天馬からの質問に知っている限り答えていった。
「――ガラス瓶の中は、乾いていたか、濡れていたか」
「あ? ああ、確か乾いていたよ」
「じゃあ、家の中の気温は? 暖房は入っていなかっただろうか?」
「入っていなかった。入っていたら、教えてくれる」
「なるほど。テレビ台の下の部分の日当たりは? 太陽の光をいっぱいに浴びて、水分がすぐに乾く状態にはないだろうか」
「ええっと、いや、部屋の北側にあるから、なかなか日の光は届かないんじゃないかな」
「そうか。……もう一度聞くが、自殺の可能性はないんだね」
「ないだろう。他殺を装った自殺だとしたら、手が込みすぎてるよ。チケットを買うだけならまだしも、現場を密室状態にするのはやりすぎだと思う」
「僕も同感だ。となると、思い付く事件の経過は一つだ」
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