第19話 箱船は行方不明 4
ホースは五本とも、ガムテープを剥がしたような痕がくっきりと残っていた。仔細に見ていけば、部分的に、ガムテープの茶色い毛羽立った布地がわずかながら残ってさえいるのが分かった。五本をひと続きになるよう、つないだに違いない。早速、実験を行うことになった。
重要な証拠品になるかもしれないので、取り外されていた五本をそのまま使うことはやめ、他にもたくさんある洗濯機から調達した。もちろん、五本の長さの合計は同じになるようにし、さらにゴムホースの直径も揃えた。材質は同じでないかもしれないが、触った感じはよく似た柔らかさだった。
長さ五メートルほどのホースを、殺人現場となった家の玄関脇格子窓から差し入れる。中で待ちかまえていた花畑刑事が先端を掴むと、慎重に引っ張っていく。リビングを通り、左に折れて、また左に折れると食堂の角にあるテレビ台だ。
「届いた!」
大きな声で合図があった。
私はほくそ笑みたくなるのを辛抱し、警部から鍵の下がったキーホルダーを受け取った。現物そのものではないが、全く同じ物を用意したのである。
私はそのキーホルダーを半分に折り曲げるようにして、ホースの中に入れた。少し引っかかる感覚があったが、指先で強く押し込んでやると、小さな雑音を立てつつも、徐々に奥へと滑っていく。
このまま、テレビ台のガラス瓶の中に、すとんと落ちるはずだった。
ところが。
「どうしましたー? 出て来ませんよ!」
花畑刑事の胴間声が轟いた。私は、「さっき押し込んだところですよ!」と声を張り上げ、言い返す。
「本当ですかー? 変だな。出て来ないぞ」
「時間が掛かるんですよ」
そんなやり取りをする間に、私も不安に駆られた。鍵がホース内部を滑っていく感触が、まるでない。ホースの蛇腹にこすれて、音がするはずなのに、耳を当てても全く聞こえないのである。
「おかしい」
私はホースの端を持って、高く持ち上げてみた。角度を急にすれば、再び滑り始めると考えたのだ。
すると、しゃしゃしゃ……という摩擦音が一瞬聞こえたが、すぐに止んでしまった。腕をいっぱいに突き上げ、さらに高く持ち上げたが、限界が来ても、滑る音は聞こえはしない。左右もしくは上下に揺さぶってみても、効果はなかった。逆に、テレビの前で待つ刑事から、「何やってんですか! ホースの先が抜けちまう!」と怒鳴られる始末。
「どうやら、この方法ではないようですな。私も当たりだと思ったんだが」
下田警部の沈痛な声が、私のうなじ付近をちくちくと刺す。
実験は失敗に終わった。
私の推理は間違っていたのだ。
ホースが犯人によって何かに利用された可能性は残るとして、指紋採取等を行うことにはなった。実験は失敗に終わっても、もはやこれしか考えられないだけに、捜査陣も藁にも縋る思いなのかもしれない。
「昨晩、地天馬に連絡を取ろうとしたんですが、向こうでの天候悪化のせいか、うまくつながらないんです」
警察署内の一室で、私は吐露した。花畑刑事は嬉しさと意外さを同居させたような、裏返りかけの声で聞き返してきた。
「まだ三日経っていないのに?」
「あれだけ手ひどい失敗を犯すと、堪えます。これはもう、なりふりかまっていられない、解決を最優先にしなければいけませんから……。電子メールも送ってみたんですが、地天馬の方でつながる状況なのかどうか、分からない」
「電話が通じないとは、どんな場所に行ってるんですか、地天馬さんは」
思案顔になり、顎をさすったのは下田警部。
「九州方面の小島です。やや季節外れの台風が近付いてる」
「ああ、あの辺り。明日になれば台風一過、大丈夫ではないですかな」
「大丈夫じゃないのは、むしろ、我々の方という訳か」
投げ遣り気味に言い捨て、自嘲する花畑刑事。警部に睨まれ、首をすくめた。
「容疑者について、検討してみませんか」
私は生真面目な中学生みたいに手を軽く挙げ、提案した。
「もしかすると、犯人の職業が、密室の謎を解く鍵なのかもしれません。特技を活かした密室という訳です」
「なるほど。ありそうだ」
賛同を得て、早速取り掛かる。花畑刑事が説明を始めた。
「容疑者として上がっているのは、次の三人。まず、
「えっ。被害者がそんなことに手を貸していた?」
親思いの好青年をイメージしていただけに、ちょっとした衝撃だ。
「青野も自由に使える金がほしかった頃があったみたいでね。つい、やってしまったんでしょうな。まあ、最近は縁を切っていたようだが、ひょっとすると清原の方から再び薬物を回すよう持ち掛けられ、いさかいになった可能性がある。清原の特技は……確か、スケートボードだと聞いてます。他に特別な資格は何も取っていない」
スケートボードか。密室作りに応用できるだろうか?
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