第18話 箱船は行方不明 3
花畑刑事の計らいで、現場を短い時間ながら見せてもらった。結果、彼の話が正確であることはよく分かったが、密室の方はさっぱり分からない。
「被害者のご両親が同居していたと聞きましたが、姿が見えませんね」
「ああ、旅行先に連絡をしたのはいいが、一人息子の死にショックを受けて、二人とも現地で寝込んでしまった。全く、親不孝なことですよ」
「くどいようですが、合鍵の可能性は? 両親が旅先まで持って行っていた?」
「確かに持って行ってましたよ」
「鍵をこっそり持ち出した犯人が、鍵屋にスペアキーを作らせたという線はないでしょうかね」
「恐ろしく低い確率でしょうな。車のキーも家の鍵と一緒にホルダーに付いてたんだが、青野は車好きでして、大学に行って研究用の白衣に着替えるときも、忘れずに鍵を移していたほど。文字通り、肌身離さずってやつだ」
「両親の持っていた分はともかくとして、恋人の鍋倉も鍵を持っていたんでしょう。それをコピーしたのかも」
「残念。こっちも似たようなものですよ。彼女は青野の家に行くとき以外は、鍵を厳重に保管していたようです。親の目から隠すためですな」
聞けば、鍋倉は青野との付き合いは親に告げていたが、合鍵をもらって家に自由に出入りするほどとまでは言い出せなかった。青野が一人前の稼ぎを得るようになったら、と思っていたようだ。
「じゃあ、スペア作成説は消滅だなあ。やはり、格子窓からガラス瓶に、何とかして入れたのかな」
外に追い出されてもなお未練があった。問題の格子に手を掛けてみた。この感触は、ステンレス製だろうか。取り外され、再び付けられた痕跡はない。
「ここからテレビ下の瓶まで、丈夫な糸を渡して、ケーブルカーみたいにキーホルダーを送れませんかね。糸は引っ張れば回収できるようにしておいて」
「誰でも考えることは同じですな」
後ろに立つ下田警部が、笑いながら応じた。
「やってみましたよ。糸を渡すこと自体できません。直線なら可能だが、カーブを描くのは無理だ」
「でも、天井やドアの枠なんかを利用して、補助の糸を使って、引っ張ってやれば、曲げられる……あ、だめだ。そんなことしたら、鍵が滑っていかない」
底の浅い推理に、私は恐らく赤面していただろう。自分自身で気付いたのが、せめてもの慰めだ。
「まさかとは思いますが、ラジコンはなかったですか。無線操縦できるおもちゃの車かヘリコプターなら、瓶のところまで鍵を運べるかもしれない」
「そういう物は、家の中には見当たりませんでしたね。この格子窓から外へ引き出せるほど小さなラジコンがあれば、また話は変わってきますが、なさそうですし」
「それに、ラジコンを操縦し、ガラス瓶にキーホルダーを入れるのは、至難の業だと思える。何らかのアームが必要だし、それを操るのがまた難しい。この窓からでは、瓶が見えない位置にある。まず、不可能じゃないですか」
二人がかりで否定され、滅入ってしまった。警察も様々なことを考えるのだなと分かったのが、収穫か。
大の大人が三人、道端で額を付き合わせるようにして考え込んでいると、小学一、二年生ぐらいの男の子三人組が、勢いよく走ってきた。我々のすぐ近くで、つんのめるようにして止まる。
「お、おじさん達、刑事?」
私に対してそう聞いてきたので、どう答えたものか、戸惑う。
代わりに、下田警部が「そうだよ」と応じた。子供達は顔を見合わせ、目を輝かせる。
「やっぱり! 前、パトカーが停まって、この辺が大騒ぎになったとき、いたもんな」
「だから言ったろう。勇気出して、来てよかった」
三人中二人が、やけに興奮気味だ。残る一人ははにかんだ様子で、目に落ち着きがない。
「何かあったのかい?」
花畑刑事が似合わない猫なで声を出した。彼から見下ろされると、小さな子は恐がるんじゃないだろうか。
リーダー格の子は、案の定、下田警部を相手に答えた。
「遊び場にある洗濯機が変なんだ」
「うん? 遊び場に洗濯機があるのか」
そのこと自体が変だ、とでも言いたげに、口元を歪める警部。
男の子は彼らがやってきた方角を腕で示しながら、「うん、あっちにある」と声を張る。花畑刑事がつぶやいた。
「確か、廃棄物の集積場みたいな場所があったようですな」
男の子はさらに忙しなく続ける。
「それでね、こないだね、ホースがなくなってたんだ。洗濯機のホース。五本もまとめて外されて、隅っこに捨てられてた」
「元々あった洗濯機から、ホースが外された。それも五本も一度に。ということだね」
私が整理を試みると、子供達は揃って大きくうなずいた。
なるほど、不思議な謎と言えなくはない。家の洗濯機のホースが傷んだから、廃棄された洗濯機の物を黙って拝借したというのなら理解できるが、五本まとめて取り外し、その場に置いて行くとは……?
本来、謎そのものを好む私の頭脳は、大いに刺激された。
だが、警察の二人は、そうではないようだ。花畑刑事は肩をすくめ、下田警部はため息をつく。
「ねえ、刑事さん。犯人、見つけてよ! 気になるんだ」
「……坊や達。おじさん達は忙しいんだ。この殺人事件が片付いたら、相手をしてあげられる暇があるかもしれないが」
苦笑混じりに応じる警部に、最前のリーダー格の子が背伸びして叫ぶ。
「殺人事件の前の前の日に、ホースがなくなったんだよっ。こっちの方が先じゃないか。順番に犯人見つけてよ!」
「順番と言われてもなあ」
刑事二人が顔を見合わせる横で、私はふと気になった。
殺人事件の前の前の日と言うと、つまり、犯行が行われたと推測される日の翌日ではないか。殺人事件があった家の近所で、ホース五本が取り外される不可解な現象……関連があるのかもしれない。
次の瞬間、頭の中で光が速いテンポで点滅し始め、さらに進むと、閃きを覚えた。
私は二人の刑事の視界に割り込むと、秘密めかした調子で言った。
「下田さん、花畑さん。密室の作り方が分かったかもしれませんよ」
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