第21話 箱船は行方不明 6
「え……もう分かったのかい?」
「分かったとまでは言わない。筋の通る想像を思い付いただけさ」
気障に聞こえる地天馬の台詞も、今回ばかりは天啓のようにありがたく感じられる。私は送受器を持ち直し、力を込めた。
「本当に? 教えてくれないか」
「犯人がホースを五本分つないで使ったのは、間違いない。問題は、鍵及びキーホルダーがホース内をうまく滑らないというだけだ」
「そうなんだよ。どう考えても分からない。刑事達と分かれたあと、ホース内に糸を通して、鍵を誘導したんじゃないかとも考えたんだが、これも結局は引っかかってしまう可能性大だ」
「滑ると聞いて思い付くのは?」
「ん? そうだな。スキー、氷、スケート、試験……あっ、氷か?」
私の素っ頓狂な叫びに対し、送受器の向こうからはかすかな笑い声が届いた。
「そうだ。しかし、ただの氷じゃないようだ。ガラス瓶の中が乾いていたのなら、ドライアイスを使ったんだろう」
「ドライアイスか……」
「ドライアイスを木の葉サイズのラグビーボールのような形にし、縦に半分に割る。中をくり抜き、キーホルダーがきれいに収まるスペースを作っておく。犯人はこれにキーホルダーを入れ、再びラグビーボール型になるように張り合わせると、ホースに入れた。言ってみれば、ドライアイスでできた箱船だね。中を滑らかに進んでいったドライアイスは、ガラス瓶に収まり、数時間後には溶けて気体になった。あとに残るは、鍵だけ」
「……素晴らしい」
感嘆の声を上げた私だが、疑問もあった。
「だが、地天馬。ドライアイスを現場の家まで持ってこなくてはならない。どうすればいいんだ? 被害者の家の冷蔵庫に都合よくあったとは思えないし、こっそり入れておける物でもなかろう」
「方法はいくつか考えられるさ。たとえば、クーラーボックスや、車載タイプのミニ冷蔵庫がある」
「クーラーボックス! 世山という容疑者は、釣りが趣味だと聞いている。そいつが犯人なんだな」
「その辺は決め付けずに、じっくり調べた方が賢明だと思うぜ」
「何故?」
「クーラーボックスは誰でも入手可能だよ」
「それはそうだが、怪しまれないのは、釣り人の格好をした世山じゃないかな」
「では、こういう考え方はどうだろう。使われたのは氷ではなく、ドライアイス。ラグビーボールに成形するには、元のドライアイスもそこそこ大きな塊でなければね。そんなドライアイスを最も入手しやすい立場にあるのは、何という名前だったかな、菓子職人の」
「冬木が? どうしてだい?」
怪訝さ故に眉を寄せた私の表情が、地天馬の脳裏に浮かんでいたのかもしれない。軽い笑い声のあと、分かってみれば言わずもがなの説明が続いた。
「アイスクリーム菓子の研究に励んでいたんだろ。ドライアイスは付き物じゃないかな」
「あ」
合点ができた。
「無論、冬木某を犯人と決め付けるのもまたよくないぜ。これでいいかな」
「あ、ああ。ありがとう。助かった」
「ん。それでは、安眠させてもらうとしよう。下田警部達によろしくと伝えておいて……くれなくてもいいか。じゃ、おやすみ」
電話はあっさりと切れた。
私はしばし送受器を握りしめ、立ち尽くしていた。だが、なすべきことをはたと思い出し、ボタンを押す。
警部達に早く知らせねば。
「――はい?」
仮眠中だったらしく、眠そうな第一声が返って来た。
私は、相手の顔がどんな風に変化するのかを想像しながら、地天馬の推理を伝え始めた。
――『箱船は行方不明』終
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