第8話 始まりの物語6
カンカンカンッ
鳴り響く鐘の音。
それは僕が着替えている最中におきた。
「大型の魔獣か」
父がそうつぶやく。
大型の魔獣。種類とかは分からないがかなり危険な魔獣なのだろう。
「四メートル級のツインヘッドベアか。周りに人はいないし、んー、燃えねぇーな」
父はさらに続けてつぶやく。
どうしてそんなことが分かるかは分からないが父が言っているならそれは多分当たっている。
ツインヘッドベア。頭が二つある熊。ちょっと見てみたい気もするがどうせ止められてしまうだろうから何も言わないでおく。
だが、父の口から飛び出した言葉はそれとは真逆のことだった。
「ナル、せっかくだからお前が討伐してこい!!今日の料理のメインはこれにしよう」
にこやかな表情でそういう父。
俺は少し驚き、そして喜ぶ。
「いいんですか??いつも止めるのに」
「いいんだ、いいんだ。だってお前は成人したんだからな。それにどうせなら初狩りは大物の方がいいだろ?俺もしっかり付いといてやるからな?」
ウィルソン家家訓ひとつ。
成人するまで訓練以外全て殺傷を禁ずる。
ウィルソン家家訓ひとつ。
成人する際は自らが仕留めたものを食せ。
そう、要するにナルにとっては初めての狩り。
そこにタイミングが良いことに現れる熊。
ジョージにとってそれは既にもう確定事項になっていたのだろう。
ナルにあの熊を狩らせると。
正直なことを言おう。
俺はものすごく興奮している。
生まれて十年。一番興奮しているかもしれない。
「どうしたナル?まさか怖いのか?」
いや、違う。
「さぁ、ナル。獲物はすぐそこだ。行くのか行かないのか決めるんだ」
無論そんなこと聞かれなくても答えるつもり
「いきます!!!行かさせてください!!」
「ふっ、なら行くぞ。付いてこい」
「はい!!」
父と俺は窓から飛び降りそのままかけて行く。俺の後ろには二つの気配。
「親父。あれ俺が仕留めていい??」
「はぁ、父上!あれをナルにやらせる気ですか??」
「言わなくてもわかるだろ?」
そう、ヨーク兄さんとハヤト兄だ。
二人とも俺と父が外へ出ていくのを察知して外へ飛び出してきたのだろう。
格好を戦闘服ではなく普段着だ。
まぁ、普段着と言っても戦闘用ではあるけど。
「お前ら、なんで付いてきたんだ?」
父が後ろを向き問いかける。
体まで完全に後ろを向け、俺の全力疾走を後ろ走で余裕そうに先頭を引っ張る。
それに驚くのは俺だけだったらしく兄二人は普通に返す。
「そりゃー、大型魔獣が出れば戦いたくなるからだろ」
「僕は少しナルの狩りに興味があるかな」
二人がそう答えると父は鼻で笑う。
「付いてきてもいいがヨーク、お前は今回戦えないからな」
「わかってるって。でもナルが負けたらいいんだろ?」
「まーな。もしナルが負けたら次はヨークに頼むか」
「よっしゃー。なら早く行こーぜ」
それを言い切るとヨークが前に出る。
そしてさっきよりさらにスピードをあげた。
「おい、ヨーク!そんなに速いとナルが」
ハヤト兄が俺の心配する。
だけど正直いってまだまだ早くしても行けるので心配しなくてもいいのにと思ったが素直にハヤト兄の優しさを受け入れる。
「いや、ナル。お前はまだまだ行けるだろ?」
父は俺に問いかける。
返事はもちろん
「はい!!まだ行けます」
だ。さっきまで全力疾走で駆けていたがそれは普通の全力疾走なわけで少し工夫すればさらに速く走ることが出来る。
俺は気を足に集中させより速く走れるように空気の抵抗を体を覆う気によってなるべく少なくする。
「え、それ出来るのかナル」
「親父!!ナルにもうそんなこと教えてたのかよ」
「いや、自分で練習してたから少し教えたぐらいだぞ」
父たちが何か言っている。
このモードの弱点は音が聞こえなくなること。足に気を集中させ、体の空気抵抗を防ぐとかなりのスピードになり、余裕が無くなる。そのため五感は全て走ることだけに向けられてしまい、何も聞こえなくなってしまうのだ。
「親父、見えてきたぜ。三、いや四メートル級のツインヘッドベアだ」
「ここまで来るなんて珍しいね。何かあったのかな?」
「いや、それは無いだろう。ただの暴走状態だな」
見えてきた。
父が言っていた通り熊だ。予想よりもでかく、強そうだ。
するとヨーク兄さんがスピードを下げる。
なので俺も足に気を集中させるのをやめていつもの状態に戻る。
「ナル、お前一人で倒せるか」
父が俺に問いかける。
初めての狩り。しかも四メートルの魔獣。
緊張していないと言えば嘘になるが、そんなことどうでもいい。
今最も俺の中を占めている感情は興奮だ。
これで興奮するのはどうかとは思うが興奮してしまっている。ならば返事は一つ。
「よゆー」
それだけ言い俺は熊へと走り出した。
「うわー、近づくと予想よりも遥かにデカイな」
「ぐぉーー!!」
叫びながら突進してくる熊。
うごきはそこまで速くないので余裕を持ってかわす。
ドンッバキバキドシーン
木が折れた。というか当たったところが粉砕された。
「すごいパワー。当たったら死ぬな」
「ぐぉーー!」
今度は爪を使って攻撃してくる。
俺はそれを剣で受け止めようとして爪が通る軌道上に剣を置く。
しかしその判断はミスだった。
「うっ」
しっかりと爪を剣で受けた。
しかしパワーが違いすぎた。
堪えきれずにそのまま真後ろの木にぶつかる。
失敗した。考えてみれば当たり前だが大きさが違うのだ。正面から受ければそうなるに決まったている。
「ナルのやつ。ははっ。吹き飛ばされてやがる」
「魔獣と戦う自体初めてだからな」
父とヨーク兄さんの声が聞こえる。
「おい、ナル交代してやろうか??」
っ。そんなピンチに見えるだろうか。
確かに口から血は出ている。
けどそれはシンプルに口を噛んだからであって体内は無事。
骨も折れておらずまだ全然動ける。
「だ、大丈夫。まだいける」
「おう。そうだよね。じゃー、さっさと行け」
背中を何かに押される。
後ろを振り返っても誰もいない。
??と思うが考えを切り替える。
意識を全部あの熊に持っていく。
ちょうどいい練習相手だ。
でかい、力が強い相手への立ち回りを学ぶんだ。
「ぐぉーーーー」
また爪で襲いかかってくる。
俺はもう一度さっきと同じように剣を爪の通る軌道上に置く。
そこから今度は爪を剣で滑らすように流す。
キーン
「うっ」
失敗した。
流しきれずにまたしても吹き飛ばされた。
しかしさっきよりも威力が殺せたのだろう。
今度は上手く着地をする。
「ぐ、ぐぉーーー」
また爪。こいつは味をしめたのだろう。
俺はまた剣を爪の通るところに置く。
そして今度は剣に気を纏わせて流す。
キーン
出来た。完璧とは言いがたく若干後ろへ押されるが今度は吹き飛ばされることなく受けきった。
「おぉー、ナルやっぱすげぇーな」
「あぁ、狩りの最中に攻撃を流す技術を身につけようとしている」
「40点」
「親父厳しいな。俺なら60点はつけるぜ」
40点か。合格まであと一歩だな。
頼むぜ熊。もう一度!!
「ぐっ、ぐぉーーー」
受け流すコツを完全に掴むことが出来た。
ナルはそう確信し、喜ぶ。
キンッ
爪が向かってくるが完璧に受け流し、そのまま横の肉を削ぎ落とす。
やっていく事に上手くなっていくこの作業はまさにナルの凄さを証明していた。
「ぐっ」
攻撃をする事に傷を負い不利になっていく熊は爪での攻撃がもうダメだとようやく悟ったらしく攻撃を突進へと変える。
しかしそれも愚策だった。
ただでさえ突進のスピードはナルにとって遅いのにダメージが蓄積した今そんな攻撃が当たるわけがなかったのだ。
それどころか躱すついでに背中が細かく切り刻まれる。
「ぐっ、ぐぉーーー」
叫ぶ熊。それを見たナルは哀れだと思った。
(考える知性も並以下。パワーはあるがそれも対処できるぐらい。スピードもないし大きいだけの見掛け倒しか。本当に余裕だな。さて、心臓の位置はどこかな)
気を使い心臓の位置を確認する。
「うぉーーーー」
ナルは未熟だ。自らの体内の気はかなりの精度で扱えるようになっているがそれを体外でやろうと思うと一筋縄ではいかない。
なので声に気を乗せることで体外の気を操る。要するに超音波みたいなものだ。
物の形や弱点を見つけるため気の波紋を熊の体内に巡らす。
「見つけた。熊さんバイバイ」
グサッ
ナルは剣を持つ方とは反対の手〈左手〉を熊の腹に突き刺す。
そしてその手を引き抜くとひとつの物体が握られている。
そう、ツインヘッドベアの心臓だ。
「かっ」
「馬鹿め、油断するな………」
「うっ」
その声が聞こえると同時に背中に激痛が走る。吹き飛ばされてそのまま地面を激しく転がりながらも何が起こったのか確認する。
すると熊がまだ動いていたのだ。
(どうして?心臓は俺が握っているはず。くっ、結構食らった。骨は大丈夫。呼吸がしずらいな。)
ナルは思考が纏まらずその場で呆然と突っ立っている。
その隙を見逃さなかったと言うべきか何も考えないと言うべきかは分からないがそこに熊が突進してくる。
ナルは反応が遅れもろにその攻撃をくらってしまう。
「ぐはっ」
ナルはこの攻撃をくらいさらに奥へと吹き飛ばされる。
しかしさっきまでとは違い冷静に分析することが出来る自分が現れた。
(心臓をとっても死なない。あー、きつっ。心臓をとっても死なない時ってどんな時だ??
熊のやつ大人しくしとけよ。流石にもう当たらないけど)
ナルは熊の攻撃を全て躱しながら思考する。
そして最終的に最も単純な解決方法を編み出した。
(あ、よし。わからんから死ぬまで斬ろう)
そう、最も単純なこと。それは死ぬまで斬ればいいのだ。
そこからのナルの戦いは凄まじいものだった。
弱点を探し攻撃していた時とは違い一心不乱に剣を振る。
まず熊の右前脚が切り落とされる。
次に左手前足。一つ目の頭。二つ目の頭。
二つ目の頭を斬り落とした時ようやく熊は動かなくなった。
「見事とは言えないな、ナル。だがよくやった」
いつの間にかジョージはナルの横にいた。
ナルは驚き横を見る。
するとハヤトとヨークも横にいた。
「うへぇ。綺麗に斬り落としたなナル」
「ヨーク、頭以外持って帰るから仕舞っとこうか」
ハヤトとヨークはメイン料理にしなければならないくツインヘッドベアの回収を始めた。
そしてナルの前には自らの父が立っている。
「ナル。心臓を取るまでは見事だった。それでなんであいつが心臓を取ったあとも動けたか分かるか?」
「分かりません」
ナルは即答する。
するとジョージは笑う。
「はははっ。分からないか。ならもう一度気であいつの体内を調べてみろ」
「はい。あぁーーーー」
大声を出すと熊の体内の様子が伝わってくる。
「っ!!」
そして伝わってきたと同時にナルは驚く。
「わかったか?」
「はい。熊の中に心臓がもう一個あります」
「正解だ。やはりまだ外への気の扱い方は未熟だったな」
「すみません」
「謝ることではない。次できるようにすればいい話だ。それに魔獣には常識が通用しないということがこれでわかっただろ。それだけでも成長だ」
そう言いながらナルの頭を撫でる。
「それはいいとして、お前家帰ったらすぐ風呂入れよ。生臭い」
「あっ、血が」
自らの血と熊の血で服は元々赤色だったっけと思うほど真っ赤になっている。
そして少し臭いとナルは感じる。
「けっ、あんなやり方で殺すから返り血が多くなるんだぞ。もっとスマートに倒さないとな」
ヨークが回収作業を終わらせナルの方へ近ずきながら話しかけてくる。
「はい、ちょっとカッとなっちゃって」
「まぁ、あいつは力だけは一丁前にあるからな。ちゃんと直しとけよ」
「はい!!」
こうしてナルは初めての狩りが無事終了したのだった。
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