第4話ドクとルカの材料採集

 きちんとした昼食を摂って、ドクとルカは『くちなわの森』へと赴いた。

 ドクの裏手の森なのでさほど遠くはない。むしろ近いほうでよくもまあドクはこんなところに家を建てたのだとルカは思った。


「この本に、載ってある……『痺れキノコ』と『痺れ草』を……たくさん取りましょう……」


 ぼそぼそと森の入り口前で喋るドク。

 ルカは不思議そうに「どんな効力があるんですか?」と問う。


「人の身体を、痺れさせます……状態異常で言うと『麻痺』ですね……」

「その麻痺させることで何かメリットがあるんですか?」


 ルカだけではなく、一般人は誰もが思うだろう。

 ドクは特段気分を害することなく「部分的に麻痺させられます……」と答えた。


「全身ではなく、局所を麻痺させることで……外科的な治療が可能となります……」

「な、なるほど。感覚、つまり痛覚を麻痺させるんですね」

「そうです……」


 ドクが少しだけ得意そうな顔をする。

 確かに回復魔法の効果は絶大だが、使える人間は医者よりも限られる。

 緊急の場合は役に立ちそうだった。


「しかし、痺れキノコと痺れ草の近くには……毒蛇がうようよいます。気を付けて採取してください……蛇は平気ですか……?」

「えっと、得意ではありませんが苦手でもありません」


 それが最低限の確認だったらしく、答えを聞いたドクはゆっくりとくちなわの森へ足を踏み入れた。

 ルカは少々不安になりながらも先生の後を追った。


 鬱蒼とする森は木々によって日が遮られて光が届かない。

 湿り気もある不快な空気が場を支配する。

 昨日、雨が降っていたせいもあり、ますますジメっとしていた。


「酷く湿気がありますね。先生はそのローブ、暑くないですか?」

「クフフフ……私は平気ですよ……」


 例によって例のごとく、真っ黒いローブと頭巾を纏っている。薄暗い森と同化しているようなイメージをもたらす。持っている本に水滴が落ちないように気を付けながら、ルカは材料を探す。赤みの差した草……紫色のキノコ……


「あ。先生、あれは?」


 本に描かれていたとおりの草を見つけたルカが早速、採りに行こうとする――その最中、いきなり茂みから紫色の大蛇が出てきた!

 ルカを威嚇しながらとぐろを巻いている……


「おっと。あれは……くちなわの森によく出てくる……ポイズンスネイクですね……」

「むう……では戦うしかないんですね」


 すらりと剣を抜いたルカ。

 対して「ポイズンスネイクの血に、触れないようにしてください」とドクが注意を促す。


「牙もそうですが……特に血液は猛毒です……」

「かしこまりました……てえい!」


 ルカはドクとの決闘で見せた俊足でポイズンスネイクに近づき、剣の腹で頭を思いっきり叩いた! 脳震盪を起こした蛇はとぐろを巻いたまま、ヘたれてしまう。


「クフフフ……上手ですね……」


 ドクが石化の魔法を唱えてポイズンスネイクを固めた。

 そしてローブの中から取り出した袋に入れる。


「それも錬金術に使うんですか?」

「毒に対する……血清が必要なんです……」


 血清という言葉に馴染みが無かったルカが質問しようとする前に、ドクがまたローブから手袋を取り出し、ルカに手渡した。


「痺れ草を採るときは、必ず手袋をしてください……痺れますから……」

「分かりました。危ない材料なんですね」


 ドクは「この森で採れるものは皆、危ないですよ……」と不気味な笑みを見せた。


「私の許可なしにいろいろ触ると……最悪死にます……」

「りょ、了解しました!」


 錬金術は大変なんだなあと思いつつ、どうしてドクは危険を冒してまで状態異常の製品を作ろうとしているのか、ルカにはよく分からなかった。

 深いこだわりがあることは確実だとは思った。


「さあ、採集が終えたら次は痺れキノコですよ……」


 不気味な笑みを浮かべつつ、ドクはルカを催促した。

 ルカは痺れ草が肌に触れないように気をつけつつ、慎重に袋に入れていった。



◆◇◆◇



 無事、痺れキノコも採集できたドクとルカ。

 すっかり日が暮れてしまったので、一旦家に戻ることにした。

 二人で採集したせいか、いつもより多くの材料を手に入れられたので、ドクはホクホク顔だった。


「家に帰ったら何が食べたいですか……?」

「そうですね。シチューなんか食べたいですね」

「分かりました……キノコのシチューをいただきましょう……」

「いや、その。痺れキノコを採った後にそれは……」


 のん気な会話をしているときだった。

 のそりのそりとそいつは現れた――


「ぐらあああああああ!」


 とてつもない雄叫びと共に出てきたのは一頭の――虎。

 全身真っ黒で赤みがかった紫色の縞模様。

 獰猛な表情をドクとルカに向けている。


「あれは……ブラッドタイガーですね……」

「先生、下がっていてください。私が……」


 ルカが剣を抜いて立ち向かおうとする中、ドクは手で制して「あなたには荷が重い」と言う。


「私に任せてください……」


 一歩前に進み出たドクに対し、ブラッドタイガーは舌なめずりをしつつこちらにゆっくりと向かい――目にも止まらないスピードで彼に迫る!


「――『減速』」


 ドクの唱えたデバフの効果で凄まじいスピードだったブラッドタイガーはゆったりとした速度になる。

 ルカはここで昨日の決闘に似た違和感を覚えた。

 明らかに『ドクの動作、詠唱スピードが遅いのに魔法が効いている』という矛盾。

 もしかすると、このことが強さの秘訣なのか……?


「ガルルルル……!」


 自身の動きが遅くなったことに気づいたブラッドタイガーは、一度後方に飛んで様子を窺った。知性のない魔物とはいえ、このぐらいの警戒心はあるらしい。


「――『石化』」


 落ち着いてドクは魔法を放つが、動きがのろくなったとはいえ、避けることはできるらしい。馬鹿にしたようにぴょんぴょんと跳ねている――


「ガルウル!?」


 ブラッドタイガーが戸惑ったように足の裏を見た。

 出血している――何故?

 その隙にドクはブラッドタイガーに向けて『麻痺』の魔法を唱えた。

 直撃した魔法によってブラッドタイガーはよろよろとよろめいて――その場に崩れてしまう。


「ふう。なかなか手強かったですね……」


 ドクはそう言うが、Bランクの冒険者が徒党を組んで倒すほどの大型の魔物である。

 Aランクだとしても、無傷であっさり倒せる相手ではない。


「先生。石化の魔法は、もしかして……」

「……足元の草を石化させるためです」


 トゲ罠よろしく、足にダメージを与えるために避けられる前提で放っていたのだ。

 これにはルカも脱帽してしまった。


「凄いですね! ところで、この虎はどうしますか?」

「……とどめを刺して、必要な分だけいただきましょう」


 残酷なようだが、自分が持てる以上の物はその場に置いていくしかない。

 ドクはナイフを取り出して、ブラッドタイガーの喉を切った。


 その後、無事に戻ってこられたドクとルカはしばしの休憩を取った。


「ふふふん、ふふふん、ふふふふ……」


 ドクが不気味な鼻歌をしながら、シチューを作っているのを横目で見るルカ。

 そして改めて考える。

 どうして兄はこの人を悪人呼ばわりしたのか。

 私をここに行かせた理由は何なのか。


「考えても仕方ないことだな……」

「うん? 何か、言いましたか……?」

「いえ、何でもありません」


 ルカはドクのことを不気味で陰気な人だと思いつつ、性根は優しい人だと考えていた。

 先ほど、ブラッドタイガーにとどめを刺すとき。

 ドクは悲しそうにしていた。


 そして矛盾のある強さにも興味がわく。

 理不尽と思わせる凄まじい『速さ』の理由が知りたい。


「さて、できましたよ……」


 運ばれてきたシチューはキノコ入りではなく、鶏肉のクリームシチューだった。

 一さじ掬って口に運ぶ。

 素朴な味がして、疲れた身体に染み渡るようだった。

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デバフの錬金術師 ~状態異常を使いこなして新製品を錬金しよう~ 橋本洋一 @hashimotoyoichi

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