第3話ドクとルカの師弟関係
ルカがドクの弟子になる理由は、単純明快で『自身の兄に勝つため』だった。
己の剣技が劣っているとは思っていないが、ストレートな戦法で勝てるとは、長年に渡りアデルと決闘してきた彼女は考えていなかった。
だからこそ、ドクのように状態異常を使うことができれば、もしかしたら勝てるのではないかと推測した。つまり搦め手を会得しようとしたのだ。その考え方自体、単純なものだったが案外正しいやり方かもしれない。
「……私は、弟子を持ったことはありません。しがない……錬金術師です」
「そこをなんとか! お願いします!」
そう言ってやんわりと断ろうとしたドクだけど、ルカの熱心な姿勢と態度を見て、どうしようと悩んでしまう。
ヨールは馬鹿馬鹿しくなったのか、飯をたかるのを諦めて帰ってしまった。
従者のメデリアはルカがとんでもないことを言いだしたので目を回している。
「状態異常の魔法を全て教えて欲しいわけではありません! 戦いに使えるものをいくつか教えていただければ!」
「そんな都合の良い……」
「お願いします、ドク先生!」
ドクはしばらくその場をうろうろして、それから雨が降っていることを意識して「家の中に入りましょう」と提案した。
「雨が強くなっていますし……」
「それは、弟子入りを認めたってことですか!?」
「ち、違います……」
何とか説得を終えてドクたちは家の中に入った。
そして濡れた身体をタオルで拭きつつ、ドクは「ま、魔法は使えるんですか?」と訊ねた。
ルカもタオルで拭きながら「回復魔法と炎の魔法は使えます」と答えた。
「それ以外の属性魔法は使えません」
「炎の魔法は……どの程度使えますか……?」
「中級レベルです」
剣を主体に戦う女騎士なら、そのくらいで十分だとドクは判断した。
それに魔力が少なからずあることも分かったのでまったく無理じゃないことも分かった。
だからドクは「で、弟子は取りませんが」と言う。
「錬金術の、助手をしてくれるなら……状態異常の魔法を教えます……」
「ほ、本当ですか!?」
「じょ、条件がありますけど……」
ドクが提案したのは三つだった。
一つはここに住み込みで暮らすこと。
二つ目は採集した物によって状態異常を教えること。
そして三つ目は冒険者ギルドに登録することだった。
「二つ目までは分かるが、どうして冒険者ギルドに?」
「こ、ここの裏手は『くちなわの森』と呼ばれる、危険なダンジョン……」
要は登録しないと自由に出入りできないのだった。
ルカはその三つの条件を即座に承諾した。
「ルカ様! 良いんですか!? しばらくお城に帰れませんよ!?」
メデリアの悲鳴のような抗議にルカは「大丈夫だ」と頷いた。
「むしろ兄上と離れられるチャンスだ。メデリア、このことを兄上に報告してくれ。私は状態異常をある程度マスターするまで帰らないと」
しばらくぶつぶつ心配事を言っていたメデリアだったが、最終的に「分かりました……」と納得した。
まあ従者であるメデリアが反対したところで何の意味も無いのだが。
「それでは急ぎアデル様にご報告して参ります」
「あ、あの。外の雨酷いから……」
「……三人が泊まれるほど、広く無さそうですから」
メデリアはあまりドクのことを信用していないらしい。
最後に「変なことをされそうになったら、逃げてくださいね」とルカに余計なことを言う。
「ありがとう。とても助かった」
「いえ……それでは」
そう言って大雨の降る中、メデリアはドクの家を後にした。
二人きりになったのでどうにも気まずいなとドクは思った。
「……なあ、ドク先生」
「ひっ!? な、なんでしょう?」
「そんな驚かなくても。客間が一つあるようだが、そこを私の部屋にしてくれるのか?」
「そ、そうですね……寝られるように準備しましょう……」
こうして奇妙な師弟生活が始まった。
自分の部屋でドクは心臓が破裂しそうな気分で横になる。
ああ、あの催眠の布枕が欲しいと彼は思った――
◆◇◆◇
「先生! 朝ですよ! さっさと起きましょう!」
「ひっ!? ま、眩しい……」
結局、一睡もできずにうとうとしたまま夜を過ごしたドク。
しかしルカのほうは全然気にしていないらしく、元気に起きていた。
「わ、私の部屋に、勝手に……」
「きちんとノックはしましたよ。それより早く冒険者ギルドに行きましょう!」
「は、はいぃ……」
寝ぼけ眼のまま、洗面台に向かい、顔と歯を洗ってダイニングへと足を運ぶと、そこには黒焦げのパンとスクランブルエッグだったものが置いてあった。
「これは……?」
「す、すみません。料理をしようと思ったんですが……」
話からしてルカは王族だろうと分かっていたドクは「まあ、徐々に……」と言いながら席に着き、パンをかじる。
「何とも言えない、苦み……」
「せ、先生。食べなくても――」
「次回は私も手伝いますよ」
そう言ってスクランブルエッグだったものまで食すドク。
ルカはなんて優しいんだろうと感激した。
「せ、先生――」
「……さてと、行きますか」
残さず食べ終えたドクはルカに精一杯の笑顔を見せた。
どうも不気味な笑顔としか見えないが。
「冒険者ギルドに。街の目抜き通りに支部があります……」
家を出た二人は特に会話も無く冒険者ギルドに向かった。
ギルドの中に入ると、早朝だと言うのに人がたくさんいた。
早めに来て良い条件の依頼を取りたいのだろう。
「あらドクさん。久しぶりですね」
受付の女性――名札に『ネスカ』と書かれている――がドクに声をかける。
ドクは「お、お久しぶりです……クフフフ……」と挨拶した。
「自由にくちなわの森に行けますけど、他の地域で活動したいんですか?」
「こ、こちらの、女性を登録してください……」
ネスカはルカを一目見て「えっ!? ドクさんが、女性と!?」と激しく驚いた。
周りの冒険者たちも騒がしい声を聞いて、内容にどよめいている。
「ち、違います。新しく雇った助手です……」
「はい、助手です」
「な、なんだ。てっきり……ま、そんなわけないか」
勝手に納得するネスカ。
そして羊皮紙を机から出して「ここにフルネームと生年月日を記入してください」とルカに渡す。
「書いたらランク決めしますので……はい、結構です。しばらくお待ちください」
「ありがとうございます」
ルカとドクは近くの椅子に座った。
するとルカが「こういう場所は初めてです」と興味深く見回した。
「まさか自分が一時的にとはいえ、冒険者になるとは」
「クフフフ……人生、何があるのか、分かりませんね……」
ドク自身、成り行きとはいえ助手を持つことになるとは思わなかった。
寝不足のせいか、それとも酷い朝食のせいか、いつもよりテンションの高いドクはルカに「その剣はしばらくあなたに預けます」と言う。
「あ。そういえば渡す約束でしたね」
「身を守るためには、必要ですから……」
「素手での戦いは慣れていますけど」
「用心のためです……」
その後、ルカは『Dランク』の冒険者に認められた。
一般的には『Eランク』か『Fランク』からのスタートだが、それだけルカの能力が高かったのだ。
「説明しておきますが、Dランクでは一人でくちなわの森に入ることはできません。必ずBランク以上の冒険者の付き添いが必要です」
「どうしますか、先生。そんな高位な冒険者の知り合いなどいませんが」
ルカの発言に「何とぼけたことを言っているんですか?」とネスカが笑った。
「そこにいるじゃないですか、Aランクの冒険者が」
「……まさか、先生が?」
「…………」
尊敬の目を見つめるルカに頬をぽりぽり掻くしかないドク。
二人が去った後、ネスカは「Aランクねえ……」と書類仕事をしながら言う。
「手続きが面倒だからって『上』に上がらないのは、どうなのかしらねえ」
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