第2話ドクとルカの決闘

「そんでお嬢ちゃん――ルカちゃんは勇者アデルにドクさんが悪人だと吹き込まれたわけだな?」

「吹き込まれたわけではない! 兄上が嘘をつくわけがないぞ!」


 家に上がり込んだ三人――ヨールとルカとメデリアにお茶を淹れて、ドクは椅子に座った。と言っても、一人暮らしなので椅子は二つしかない。招かれざるとはいえ客を立たせたままなのは忍びないので、ドクは薦めたのだがルカとメデリアに断られてしまった。警戒されているのだろう。お茶もヨールしか飲んでいない。


「とりあえず、経緯を話しなよ」

「……私が兄上に決闘を挑んだのがきっかけだった」

「ちょい待ち。決闘ってなんだ?」


 話を聞こうと思っていたヨールだったが、普段生活をしている中で聞き慣れない単語が出てきたのでストップをかける。

 ルカは何でもないように「決闘は決闘だ」と言う。


「兄上に勝たねば……私に自由はないのだ」

「はあ……でも魔王に勝ったほどの男にお嬢ちゃんが挑むのは無謀じゃないか?」

「業腹だがハンデがある。利き腕を使わないとか」

「ふうん。それで?」


 理解が超えたのかヨールは興味を失いつつあった。

 静かに聞いているドクはどうして自分が兄妹喧嘩に巻き込まれているのか不思議そうにしている。


「五十二回目の敗北の後、兄上はこう言った……『僕の代わりにドクという悪人を倒せたら認めてあげよう』と」

「……なんだそりゃ」

「兄上はそれから貴様がどのような極悪人かと語り尽くした……そして私は決心したのだ。自らの自由と市井の人々の安寧のために――貴様を倒すと!」


 不俱戴天の仇のように睨まれたドクは「ひいい!?」と悲鳴を上げた。

 ヨールは「お嬢ちゃん、そりゃ誤解だ」と頭を抱えた。


「きっとあんたとの決闘をやりたくなかったんだよ。だから嘘をついて――」

「あ、兄上が私に嘘をつくわけないだろう!」

「多分、最初で最後の嘘だよ……何のロマンスもないけどな」


 ヨールはそれから、ドクがどれだけ街の人々に貢献しているかを説明した。

 しかしどれだけ言葉を尽くしても頑固なルカは納得しなかった。


「このままでは引き下がれない! ドク! 私と決闘しろ!」

「ひいいい!? わ、私は、しがない錬金術師ですよ……?」

「このままでは私の面子が立たないのだ!」


 困り果てたドクは頼れるヨールの顔を見た。

 ヨールは素早くそっぽを向いた。


「表出ろ! いざ勝負だ!」

「……わ、私は、勝負事は好きじゃありません……一か八かのギャンブルなんてたまったもんじゃない」


 ドクは震えながら、何とか言葉を紡ぐ。

 かなり怯えているようだ。

 そんな様子のドクを見て、従者のメデリアが「帰りましょうよ、ルカ様」と懇願する。


「アデル様が嘘をついたかどうかはさておき、悪人には見えませんよ」

「……私もそう思う。しかしこう考えればどうだ? 目の前のドクを倒せば、私は自由となれる」


 小声で相談する二人。

 ヨールは案外腹黒いなこの嬢ちゃんと思っていた。


「弱そうな男を倒すのは些か心苦しいが……兄上から自由となれるのであれば」

「ルカ様……そんなに自由を……」

「頼む。証人として連れてきたのは申し訳なく思っているが、ここは頷いてくれ」


 ルカが頭を下げようとするのを「やめてくださいよ……」とメデリアが止めた。


「分かりました! 見させていただきます!」

「ありがとう。それでドクのほうはどうだ?」


 話がまとまったのを見たヨールは「ドクさんのほうにメリットが無い」と冷たく言った。


「これじゃ決闘をやる意味がない」

「そうだな……では、私の剣を捧げよう。これでも業物だ」


 ヨールは腰の剣を見た。

 売れば大金となりそうだった。

 だがドクのほうとなると――


「……分かりました……受けましょう」


 ドクは何故かやる気となっていた。

 ヨールは「どういう風の吹き回しだ?」と訊ねた。


「クフフフ……ちょうど、あの剣が欲しいと思ったんです……」

「また錬金術の材料にするのか……」


 ヨールは苦笑いしつつ「ま、あんたなら余裕だろうよ」と言った。


「なんせ、あんたには『加護』が付いているんだからな」


 最後の言葉は、ぼそりとした声だったので、ドク以外には聞こえなかった。



◆◇◆◇



 小雨から大粒の雨になっていた家の外。

 ルカは剣を抜いて中段に構えた。

 ヨールは感心したように、ほう、と漏らした。

 素晴らしいというより凄まじいと言ったほうが正しいほどの立ち姿だったからだ。


「伊達に女騎士やっているわけじゃないか……そんじゃ、決闘のルールを言う」


 審判役になったヨールは二人に向かって説明する。


「得物は何でもあり。ただし相手を殺すのは無しだ。戦闘不能になった時点で負けが決定する――いいな?」

「ああ、問題ない」

「クフフフ……」


 両者とも頷いたのを見て――ヨールは手を振り上げた。


「いざ尋常に――始め!」


 ヨールが手を振り下ろしたのと同時に――ルカはドクに突進した。

 魔法を唱える前に一撃で倒す。

 それは魔法使いにとって最速な攻略法だった。


 しかし最速であって、最高ではなく、最適でもない。

 特に、ドクという状態異常を使いこなす魔法使いにとっては――


 ぴたりとルカの動きが止まる。

 あと一歩で斬りつけられるというときに、身体が動かない!


「――――」


 これは先ほどの――石化だ!

 何故? いつの間に唱えられていた?


「勝負あり! ドクさんの勝ち!」

「クフフフ……『解呪』」


 ドクが解呪の呪文を唱えると、身体が自由になったルカ。


「意味が分からない……高速詠唱をしたわけでもないのに……」

「ルカちゃん。あんた――『加護』持ちってやつを知っているか?」


 ルカは頷いた。これは世界の常識だったからだ。


「あ、ああ。数百人に一人、神からの加護を得られる者がいると……兄上も加護を持っている……」

「ドクさんも加護持ちなんだよ」


 ルカは「ば、馬鹿な……」と絶句した。

 近くで見守っていたメデリアも「ありえません……」と言う。


「加護持ちは最高位の冒険者や王になれる資質を持つ。どうしてこんなところに?」

「クフフフ……私にも事情があるのです……」


 不気味な笑みを見せるドク。

 ヨールは「ちなみにどんな加護かは内緒な」とウィンクした。


「分かっただろう? これでドクさんには勝てないって――」

「――私を弟子にしてください!」


 唐突な申し出にヨールもメデリアも、ドクも驚いた。

 当の本人であるルカは真剣な表情だった。


「お願いします! もちろん、剣は差し上げます! 私の師匠になってください!」

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