デバフの錬金術師 ~状態異常を使いこなして新製品を錬金しよう~

橋本洋一

第1話ドクとルカの出会い

「クフフフ……今日もいい天気……」


 不気味な笑い声と共に、その二十代半ばの男の錬金術師――ドクは窓から外を見た。

 薄気味悪いほどの曇り空だった。雨でも降れば風情でも出そうだが。

 黒いローブを纏い、頭には黒頭巾を被っている、何とも陰気な恰好をしているドクは、今日も今日とて己の仕事を進めていた。錬金釜に毒草やら痺れキノコを入れつつ、何の変哲もない布枕を上にセットする。


「これなら、きっと成功する……」


 錬金釜を発動させるとどす黒い瘴気のようなものが狭い部屋に渦巻く。

 明らかに怪しく危ない反応だったが――ドクは普通にしている。

 そして、チン! という音で――それは出来上がった。


「これで……『催眠』の布枕が、出来上がった……」


 ぼそぼそと呟き成功を喜ぶドク。

 布枕を黒い箱に仕舞い、えんじ色のリボンで包む。

 どうやら商品らしく袋に入れてそのまま外に出る。


 ドクの家は街外れの小さな一軒家だ。

 ぼろぼろの外観で、人が住んでいるとは思えない。

 しかし当の本人は気にしないようだ。


「ふんふんふーん、毒で死ぬ……」


 物騒な鼻歌を歌いながら街へ歩いていく。

 その道中、目の前に女騎士と従者らしき女の子とすれ違った。

 こんな街外れに何の用だろうか? もしかすると冒険者ギルドの依頼かもしれない。

 しかしドクは声をかけることはなく、女騎士たちもドクを無視した。

 まあ、そんなものだろうとドクは気を落とすことなく歩き続けた。


 街で一、二を争う商人、ゴルデンの屋敷に着いたドク。

 欠伸をしている槍を持った見張りの男――ヨールが「よう、ドクさん」と退屈そうに声をかけた。


「クフフフ……今日はゴルデンさんの屋敷ですか……」

「ああ。なんでも大切な取引があるからって。ドクさんは?」

「私は……依頼されていたものを届けに……」


 筋肉質の大男のヨールとひょろひょろしている小男のドク。

 対照的な二人だったが、意外と仲が良いらしい。

 少しの会話の後、ドクは屋敷の中に通された。


「おー、ドク先生! 出来上がりましたか!」


 屋敷に入ると主であるゴルデンが直々に出迎えた。

 成金主義の豪華な恰好をしているゴルデン。金ぴかな衣装が目に優しくない。

 しかも恰幅が良く、これまたドクと対照的だった。


「先生だなんて……やめてください……」

「あっはっは! 謙虚ですな! それで、例の物は?」


 ドクが黒い箱を手渡すと「ああ! これで安眠できます!」と笑うゴルデン。


「しかし、催眠の効果のある布枕だと、一生起きられないということはありませんか?」

「あくまでも、催眠……眠気を促すだけ……ずっとは眠らない……」

「あっはっは! 素晴らしいですね! では代金を……これ、先生に支払ってくれ」


 傍についていた執事に大金を渡されるドク。

 これだけで一年間は遊んでいられると思われる量だ。

 しかしドクは平然として「ありがとうございます……」と受け取った。


「どうです? 我がゴルデン商会のお抱え錬金術師になるのは?」

「私の異名を知っているでしょう……」

「デバフも使いようですよ! 現にこうして素晴らしいものが出来上がっています」

「……一つ作るのに希少な材料が必要です。量産はどうもできません」


 ドクは頭を下げてその場を立ち去った。

 ゴルデンは「実に惜しい」と呟いた。


「あのドクさんなら、用心棒としても役に立つのに」



◆◇◆◇



 ドクが家に帰ると、そこには先ほどの女騎士と従者がいた。

 家の前にずっといたらしい。買い物を済ませたのでだいぶ待たせている。


「クフフフ……何の用ですか……?」

「むっ? 貴様が『デバフの錬金術師』か?」

「は、はい……」


 苛立った様子の女騎士がドクに訊ねると彼は戸惑いながら頷いた。

 すると従者が「えっと……ルカ様……」と恐る恐る言う。


「不気味な人ですけど……本当に、悪人なんでしょうか?」

「兄上がおっしゃっていたのだ! 間違いない!」


 すらりと女騎士は剣を抜いた。

 ドクが「ひいい!?」と女のような悲鳴を上げる。


「兄上――勇者のアデルが貴様を悪人と言っていた! 世のため人のため、斬らせてもらう!」

「あ、アデル? ……あの人の妹、ですか?」

「なんだ、知っているのか。ならば――問答無用!」


 剣をぶるっと振るう女騎士――悲鳴を上げつつドクは後ろに下がった。

 その際、抱えていた買い物袋が斬れて、中身が地面に落ちる。


「あ。せっかく買ったのに……」

「よそ見している場合か! くらえ!」


 凄まじい勢いで振るわれる剣。

 ドクは仕方ないなと思いつつ――魔法を放った。


「――『石化』!」

「――――」


 ぴたりと身体が硬直してしまった女騎士。

 すると従者が「きゃああああああ!? ルカ様ぁああああああ!?」と悲鳴を上げた。


「……あ、あの。その……そこの人」

「きゃああああああ! 来ないで! 変な恰好して、変態!」

「……私が、変態」


 落ち込むドク

 騒ぎ立てる従者。

 硬直して動けない女騎士。

 彼と彼女らが混乱する中、そこに現れたのは――


「……何この状況」


 ゴルデンから報酬をもらったドクに、ご飯でも食べさせてもらおうとやってきたヨールだった。

 落ち込むドクに「どうしたんだ、ドクさん」とヨールは声をかけた。


「あ、ヨールさん……お仕事は?」

「終わったよ。それよりどういう状況?」

「実は――」


 事情を聴いたヨールは「とりあえず、女騎士さんの『石化』解きなよ」と言う。


「話はそれから。その人、ドクさんのこと誤解しているから」

「……『解呪』」


 黒い光を放つと、当たった女騎士はようやく動けるようになった。

 そして「な、なんだ。今のは……」と呆然とする。


「全く動けなかった……」

「ルカ様! ああ、良かったですぅうううう!」


 女騎士に抱き着く従者。

 余程心配だったのか、顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。


「だあああ! 鎧が汚れるだろ! 分かった、分かったから!」


 従者をなだめている女騎士にヨールが「少し話せるか?」と声をかける。


「ちょっと誤解があるようだ。俺たち互いにな」

「あ、あなたは誰だ?」

「街の自警団のヨールだよ。ドクさんに大金が入ったから、たかりに来たんだ」


 ヨールの自己紹介に女騎士は「そ、そうか……」と頷いた。


「私はルカ。こっちの泣いているのはメデリア。ほら、もういいだろう?」

「は、はいぃい……」


 ルカと名乗る女騎士。

 全身が真っ赤に染まっているフルアーマーを着こんでいる。

 兜も真っ赤だ。しかし流れる髪は水色だった。

 凛々しい美人と言っていい。


 一方、従者のメデリアは楚々とした美少女だ。

 エプロンドレスを着ていてハウスメイドらしい姿をしている。

 栗色の髪がウェーブを描いていた。


「えっと。ドクさんが悪人って言っていたが、それは間違いだと思うぜ」

「そんな馬鹿な……」

「誰から聞いたんだ?」


 ヨールの問いにルカは「我が兄であり、勇者のアデルだ」と堂々と答えた。

 ドクとヨールは顔を見合わせた。


「勇者アデルって、魔王を倒したあのアデルか?」

「そうだ。それ以外にいないだろう」

「だったらあんた、からかわれたんだよ」


 ヨールが面倒臭そうに言う。

 するとルカが「そんなわけがない!」と反論した。


「兄上は言っていたぞ! 状態異常を使いこなす、最悪の魔法使いだと!」

「……とりあえず、家の中に入ろうぜ」


 ぽつぽつと小雨が降りだしてきた。

 ヨールは買い物袋の中身を拾いつつ「ドクさんもいいだろ」と言う。


「可愛らしいお嬢ちゃんに誤解されたままじゃ目覚めが悪いってもんだ」

「……クフフフ、そうですね」


 ドクは「ようこそ、わが家へ」と三人を迎い入れた。


「何もないところですけど……それで構わないのなら……」

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