10.ファーストライブ。







 ――舞台に上がると、そこは別世界のようだった。

 日の落ちた真っ暗な空には星々が煌めいて、祭りの提灯と鮮やかなコントラストを描いている。しかし、それ以上に息を呑むのは観客の視線。期待のアイドルの新曲をいち早く聴こうと駆け付けたのだろう。近隣の学校に通う生徒たちの姿もあった。



「…………!」



 そこに、ボクの知る人はいない。

 分かっている。ここは、自分のことなど誰も知らない場所だった。

 女のような顔をしているからと、いじめを続けた同級生たちはいない。だとすれば、今だけは間違いなくボクは――。



「みなさん、今日は来てくれてありがとう!」



 ――ボクじゃないボクに、なることができる!!



 ボクの掛け声に、観客たちはいっせいに声を上げた。

 老若男女問わずに波を打つ。スマホで撮影しているのだろうか、まばらに輝く光はゆらゆらと揺れていた。ライブでいえば、サイリウムの代わりだろうか。

 それはまるで、夜空との対比のようで。

 まるで宇宙の只中へ放り出されたように、身体が浮くような錯覚を抱いた。だけども、いまのボクは林原ミコトではない。



 ボクはいま、他でもない。

 誰もが望んだアイドル、瀬戸ミライとして立っているのだから。

 いつかのボクがそうだったように、誰かに勇気を与えられるような一番星。そんな彼女の力になりたいと、心の底から願うから。



「今日はとにかく、一緒に楽しみましょう!!」





 ボクは、声を張り上げた。

 歓声がひときわ大きく湧き上がり、曲のイントロが流れ始める。

 手に持ったマイクを口元へ。そして小さくリズムを取って、ボクは歌うのだ。








「アタシはアタシ、他の誰でもない。ただ真っすぐに――」







 小さくステップを踏みながら。






「『夢』へと向かって駆け出していくんだ!」――と。













「……すごい、じゃない」




 舞台袖からミコトを見守るミライは、静かにそう呟いた。

 いまは誰も、自分のことを見ていない。みんなが、ただ真っすぐにミコトという少女のことを認めていたのだ。

 拍手喝采の最中でも、物怖じしないミコト。

 彼女にとって、これは紛れもないファーストライブ。

 それにもかかわらず、あまりに堂々とした姿にミライは――。



「うん。……本当に、すごい」



 ただ純粋に、ミコトという人物の歌声に酔いしれていた。

 そしていつか、自分が思いを馳せたアイドルの姿を彼女に重ねる。いつもなら否定していただろうその錯覚すら、今ばかりは胸が躍った。

 この子と一緒に、これから駆け上がりたい。

 誰もが認める頂点を二人で、と。




「まったく、参ったわね……」




 そう思う少女、瀬戸ミライの表情はいつになく穏やかで。

 言い知れない幸福感に満ちているように思えた……。




 

――――

次回、第1章完結ですかね。

ミコトくん、頑張りました!



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