7.ふれあい。






「はぁ~……っ! 意外と歩いたわね!」

「お疲れ様。それに、結構暑かったし」

「それ、本当にそれね!」



 ――祭りから旅館に戻ってきた。

 その頃にはボクとミライも、ずいぶんと打ち解けたように思う。少なくとも普段の彼女はサッパリとした性格で、無茶ぶりもしてこない。行動の裏には何かしらの理由があるし、もしかしたらサボり癖、というのも何かの行き違いではないのか。

 そう思うほどに、現在のミライはボクの憧れそのものだった。



「アタシ、露天風呂行ってくるわね。アンタは?」

「えっ、いや、ボクはもう少しあとで!!」

「ふーん……?」



 しかし、そうやって気を抜いていると。

 いまのように、まったく違う角度から爆弾が飛んでくるのだった。要するに一緒にお風呂、というシチュエーションだったのだが、何度もいうがボクは男である。

 この旅館は時間帯で男湯と女湯が切り替わるシステムとなっていた。もちろん各部屋にシャワーもあるが、いまの発言はギリギリだっただろうか……。



「とりあえず、明日あるんだからちゃんとお風呂入りなさいよ? それじゃ」

「は、はーい……」



 でも、特に追及もなく。

 ミライは着替えを手にして部屋を出て行った。

 そうなると、二人部屋にボク一人となる。だとしたら彼女が戻ってくる前に、ボクもシャワーを浴びてしまわなければ。

 そう思って、自分の荷物を漁っていた時だった。



「ん、これは……痛み止め?」



 なにやら、それらしき錠剤が見つかったのは。

 成分は分からないが、書いてある内容を見る限り『痛み止め』で間違いないようだった。しかし、どうしてこれがここにあるのだろう。

 ボクは首を傾げて、とりあえず見つけやすい位置にそれを置いた。

 あるいは、ミライの落とし物かもしれない。



「さて、シャワーを浴びようかな」




 ……などと。

 そんな感じで、ボクは部屋に備え付けられているシャワーで汗を流した。なるべく急いで諸々を済ませ、さっさと着替える。髪がまだ濡れているが、これくらいなら勝手に乾くだろう。



「ふぃ~……」

「……あれ、ミコト。アンタ、部屋のシャワーで済ませたの?」

「え!? あ、うん!! ……思ったより早いね」



 などと、ボンヤリしているとミライが戻ってきた。

 これは案外に危ない。もう少しのんびりしていたら、半裸の状態で鉢合わせるところだった。そんな心臓が跳ね上がるの感覚を抱きながら、ボクは苦笑い。

 だけど、ミライはそんなこちらに首を傾げていた。そして、



「まぁ、こっちで髪を乾かそうと思ってたし。ドライヤーどこ?」

「それなら、たしかこっちに……」



 なにも気にした様子もなく。

 彼女はボクにそう訊いて、手渡されたドライヤーで髪を乾かし始めた。その音に紛れる形で、ミライが自分の歌を口遊むのが聞こえてくる。

 動画サイトで幾度となく耳にしたフレーズ。

 そのリズムに合わせて、ボクも鼻歌で乗ってみた。すると、



「へぇ……? 意外に上手いわね」

「え、そう……かな?」



 髪を乾かし終えたミライが、こちらのそれに気付いて言う。

 本当に意外そうにそう言った彼女は、なにかを考えるようにしてから、このような言葉を口にした。



「それなら歌番組への出演があれば、アンタが出てね?」

「え、う……歌番組!?」

「冗談よ、冗談」

「…………」



 いま、一瞬で胃に穴が開くかと思った……。

 ミライの表情は、小悪魔のように冗談めかしたものだ。だけどボクの役割を考えたとしたら、なかなかに笑えない。

 などと思いながら、ガクッと肩を落とした。

 すると、



「……って、ちょっとアンタ! 髪が生乾きじゃないの!?」

「へ……?」

「へ、じゃないわよ。こっち来なさい!!」

「え、あ、え……!?」



 なにやら強引に手を引かれて、ボクは鏡台の前に座らされる。

 そして、先ほどミライが使っていたドライヤーで風を髪に当てられるのだった。緊張で思わず身を固くしていると、少女は呆れたように言う。



「まさか、いつもこうなの?」――と。



 ――『こう』とは、髪の手入れについてか。

 ボクは鏡に映るミライを見ながら、バツ悪く頷いた。



「マジか、アンタ……それなのに、こんな綺麗なの……?」



 そうしたら、今度はなぜか恨めしそうに髪を触られる。

 ボクは意味が分からずにいたが、そんなこちらに彼女は言った。



「はぁ……。せっかく良い素材持ってるんだから、大切に手入れしなさいよ? 肌だってケアしてないのに、こんなツルツルで――」

「ひゃん!?」

「――ちょ、バカ! なんて声出してるのよ!!」

「急に頬に触れないでよ!? ビックリするって!!」




 ――ドキドキする。

 風呂上がりの彼女の匂いが、こんな近くからする。

 柔らかい手の感触、そして息遣い。ボクは途中からずっと、完全に置物のようになってしまっていた。




「はい、終わり!」

「あ、ありがとう……」



 そして、いつの間にかその時間は終わりを迎える。

 生きた心地がしないような、いつまでも続いてほしいような、不思議な時間だった。そうやって、この日の夜は更けていく。




 ボクとミライ。

 不思議な関係はいったい、いつまで続くのだろうか。


 ふと、そんなことを思うのだった……。





――――

書いてて主人公が羨ましくなりました。現場からは以上です。


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