6.祭りに繰り出した二人。
「金魚すくいに射的、それに綿菓子かぁ……!」
「瀬戸さん、金魚は駄目だよ? 生き物は持って帰れないから」
「わ、分かってるわよ!」
マスクと帽子を装着したミライは、いつになく上機嫌だった。
いや、これが中学一年生の年相応な反応なのかもしれない。だとすれば、やっぱり連れ出して良かったと思った。りんご飴を二つ持ち歩きながら、ボクは小走りに先を行く彼女を見つめる。
「でも、ヨーヨー釣りならいいでしょ?」
「それなら、問題ないと思うよ」
「えぇ、それじゃ――」
ミライは露店のおじさんに料金を支払い、道具を受け取った。
そして真剣な表情でしゃがみ込み、ふわふわと流れるそれらに狙いを定める。しかし、そう簡単にいくものではない。
紙でできた釣り具は簡単に切れてしまい、風船もただ揺蕩うだけだ。
あまりにも、あっさり終わった。
「う、ぐ……」
「……瀬戸さん?」
そんな彼女の背中を見ていると、途端にわなわなと震え始める。
そして、明らかに苛立った声色で少女は言う。
「納得いかない! おじさん、もう一回!!」
「おうよ、嬢ちゃん」
再び料金を支払い、ミライは風船をにらみつけていた。
ボクは、相も変わらずそんな彼女を見ていたのだが、そこへ――。
「お姉ちゃんは、やらないのかい?」
「へ、お姉ちゃん……?」
「違うのかい?」
店主のおじさんが、首を傾げながらそう聞いてくる。
どうやら姉妹だと思われているらしい。アキラさんにも言われたが、ボクとミライの顔立ちはよく似ているようだった。だとすれば、姉妹と間違われても仕方ない――わけがない。
よく考えてみれば、ナチュラルに女の子だと勘違いされていた。
否定するべきか、しばらく悩んでいると……。
「ねぇ、ミコト! アンタもやりなさいよ!!」
「え、あぁ……う、うん」
気づけば追加料金を支払っているミライに、目を三角にしながらそう言われる。
ボクは一度、考えるのをやめてヨーヨー釣りに挑むのだった……。
◆
「納得いかない……!」
「そんなこと言ったって、これはボクが少し器用だっただけで――」
「なによ。アタシが不器用だとでも言いたいの!?」
「――言ってないよ!?」
果たして、風船を獲得できたのはボクだけだった。
先輩としての威厳か、なにか分からない。ただそれ以降、ミライはずっと不機嫌なままになっていた。風船を譲ろうか、と申し出ても「施しは受けないわ!」と、突っぱねられてしまう。
――いかんせん。
ボクは年相応の一面を見せる少女に、思わず苦笑いを浮かべた。
ただ、あまり不快だと思わないのは何故だろう。もしかしたらだけど、完璧な人間だと思い込んでいた相手もまた、普通の女の子だと知って嬉しいのかもしれない。
「……今度は何よ。にやにやして…………」
「いや、ミライがかわいいな、って」
「はぁ!?」
――そう、考えていたからかもしれない。
ボクは思わず、物凄く正直な気持ちを吐露してしまっていた。
「あ、ああああああ、アンタ……なに、言って……!?」
「ち、違くて……! えっと、かわいいのは違わないけど……!?」
「な、何回も言うな! ちょっとは落ち着きなさいよ!!」
「そっちだって、お、落ち着いてよ!!」
その結果、互いに謎に顔を真っ赤にして言い合いになる。
しかし一通り言葉を投げ合うと、今度は――。
「…………」
「…………」
揃って黙り込んでしまった。
いや、本当になにを言っていいのか分からない。
謝るのもおかしいし、かといって言葉を訂正するのも失礼だ。そもそもとして、ボクは彼女のファンであって、ある種の越権行為のようにも思えて心苦しい。
だけど、口にした言葉はもう戻ってこない。
そう考えていると、先に沈黙を破ったのはミライの方だった。
「…………わよ」
「え?」
……なんだろう。
上手く聞き取れなかったので訊き返すと、彼女は――。
「アンタだって、それなりに可愛いわよ。……アタシの代わり、だし」
「う、ぐ……!?」
顔を真っ赤にして、まさかの角度から一撃を加えてきたのだった。
ボクはなにか新しい扉を開きかけ、しかしどうにか踏み止まる。――冷静になれ、林原ミコト。ボクは男であり、そのことを彼女に知られてはいけない。状況は十二分に理解している。大丈夫、素数を数えろ……。
「あ、ありがとう……」
「…………ふんっ」
脳を焼かれるような感覚に混乱しつつ。
それでもボクは、自分にできる最大限の返答をした。ミライはその後にそっぽを向いて、なにも言わないまま。
どこか気まずい空気。
ボクはそれを誤魔化すように、りんご飴を一口かじるのだった……。
――――
あぁ~^^!
これ以上はなにも言うまい。
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