3.ファーストレッスン。
「へぇ……ミコトくんって、意外と音感良いんだね」
「そ、そうですか?」
「うん! リズム感は壊滅的だけどね!」
「………………」
父さんとミライさん所属の事務所へ向かい、契約して数日が経った。
ボクは簡素なジャージに袖を通して、歌やダンス、その他にも様々なレッスンを体験している。影武者なのでさすがに本番を想定はしていないけど、それでも一生懸命に取り組むことに間違いはない、はずだ。
実際問題、顔立ちと声色がミライさんに似ている、というだけなのだから。何かの拍子に入れ替わりがバレて、彼女の信頼を失墜させてはいけなかった。
こればかりは、一人のファンとして力になりたい、その一心である。
「それじゃ、少し休憩しようか」
「はい、分かりました」
広いレッスンルーム。
アキラさんとのマンツーマン指導は、なかなかにハードだった。もともと体力に自信がないボクだったけど、これをマスターする頃にはそれなりになっているかもしれない。しかしながら、ミライさんはボクより年下の女の子なのに、これを完璧にこなしているということになる。
「ミライさん、実はすごい努力家なのでは……?」
スポーツドリンクを飲み、ふとそう言葉を漏らした。
そうでないと、説明ができない。と、思ったのだが――。
「いや、ミライちゃんは練習しないよ」
「…………へ?」
「だってあの子、すぐにサボるもん」
「…………」
――アキラさんが、バッサリ否定した。
曰く、彼女は練習にもまともに参加せず、それでも完璧なのだという。アキラさんも最初は陰で練習しているのか、とも思ったらしい。しかし、見える範囲ではそのようなことをしている様子はなかった、とのこと。
「ミライちゃんの歌声やダンスは、天賦の才、ってやつだね」
「はえぇ~……」
それを聞いて、ボクは思わず間の抜けた声を漏らした。
やはりあの自信満々な態度は、そういった才能による裏付けがあるから、なのだろうか。もしそうだとしたら、なんとも神様は不公平なのだろうか。
ミライさんに比べて、ボクはなにも与えらえていない。
恨みはしないが、どうにも腑に落ちなかった。
「ところで、今日はあと何セットですか?」
「うーん、そうだね。次でラストにしようか」
しかし、嘆いてばかりもいられない。
聞くところによると、ミライさんの次のスケジュールは地方への営業、とのことだった。何やら有名な祭りのゲスト、ということだけど、彼女が断りもなしに行方を眩ませる可能性はゼロではない。
だったら、それまでにもっと色々なことを練習しなければ。
「よろしくお願いします!」
ボクは休憩を終えると、すぐに立ち上がってそう言うのだった。
◆
――でも、やっぱり足りない。
ボクはアキラさんにお願いして、居残り練習をすることにした。レッスンルームの使用許可も貰えたので、ひとまず無理のない範囲で確認しよう。
そう思って、とりあえず習ったステップを繰り返していた。すると、
「うっわ、ガタガタじゃない……」
「え……ミライ、さん!?」
そこへ、思わぬ来客があった。
いつの間にか出入り口に背を預けて立っていたのは、ミライさんだ。彼女はどこか呆れた様子でため息をつくと、こちらへとやってくる。
そして、こう訊いてきた。
「レッスンルームの使用は19時まで、ってはずだけど?」
「あ、それは……」
どこか怒気を含んだ言葉に、一瞬だけ気圧される。
だけど、こちらは許可を貰っているので正直にそれを告げた。
「特別に許可を貰って。それで、練習してるんです……」
「……ふーん? 新人なりに、頑張ってるってわけ?」
「そ、そうですね……」
「……あっそ」
すると、ミライさんは鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。
いったいどうしたのだろう。というか、
「あの、ミライさんはどうしてここに?」
彼女はいったい、なぜここにいるのだろう。
そう思って訊ねると、ミライさんは少々不機嫌そうに答えた。
「あー、ったく……嫌なこと思い出させるんじゃないわよ。社長に呼び出されて、態度やらなにやら、長々と説教食らったの!」
「あ、あー……なるほど……」
それで、この時間に事務所にいた、と。
ボクは彼女らしい理由に、思わず苦笑してしまった。そうしていると、
「ところで、さっきのステップだけど。アンタにそれ教えたのって、アキラよね?」
「……え? あ、そうですけど……?」
「はぁ……やっぱ、そうか」
不意に、そんなことを訊いてくる。
ボクが思わず呆けて答えると、ミライさんは気だるげにため息をついた。そして、その場に腰を下ろしながら言う。
「アイツ、ダンスの指導は下手くそだから聞かなくて良いわよ」――と。
心底、呆れた様子で。
その上でこちらをまじまじと見て、続けてこう口にした。
「……で? 続けなさいよ」
「え、あ……えぇ?」
どういう、意味……?
ボクは本当にわけが分からず、首を傾げてしまった。
なんだろうか。下手なダンスを見て、笑おうというのか。――いいや、そんなイジメのようなことをして、彼女になんの得があるんだ?
「あー、もう。さっさとやりなさいよ!」
そう考えていると、ミライさんは切れた。
そして、
「このアタシが指導してやる、って言ってんの! 分かったら、さっさと同じところやってみなさいよ!!」
どこか顔を赤らめながら。
彼女は、ボクに向かってそう言うのだった。
「え、どうして……?」
「どうしてもなにも、アンタが下手を打ったらアタシのミスになるでしょ!? それ以外の理由なんて、ないんだからね!! ――分かったら、ほら! 再開!!」
「は、はいぃ!」
その後、彼女の勢いに完全に気圧され。
ボクはヘトヘトになるまで、同じ部分を重点的に練習することになるのだった……。
――――
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