2.それぞれの夜。
ボクは自室でベッドに転がって、天井を見上げていた。
あの後、父さんから母さんの話を聞いたのだ。二人は同じ事務所に所属していたアイドル同士で、早期引退後に結婚をしたのだという。もっとも、父さんはそこまで売れていたわけでもないので、話題にもならなかったらしいけど。
「全然、知らなかったな……」
たしかに父さんは、近所で噂されるイケオジ、というやつだった。
いまでは普通の会社員だけど、それまでは色々と苦労もあったということだ。ボクを産んで間もない母さんを病で亡くし、親類の力も借りずに頑張ってきたらしい。
そんな両親の過去を知って、ボクは心から尊敬の念を抱いた。
本当に、みんな強い人ばかりだ。
「それに比べて、ボクは弱いよな……」
そう感じると、自然に自虐的な言葉が口をついて出る。
だけど、すぐに首を左右に振った。
「いいや、これから強くなるんだ! 頑張れ、ボク!!」
両頬を軽く叩いて、気合を入れる。
そして、窓の外を見た。
「芸能界、か……」
どんな世界なのだろうか。
まだまだ想像もできないけれど、きっと大変な場所に違いなかった。考えると駄目になりそうだけど、考えずにはいられない。
だったら、当たって砕けろの精神でいくしかなかった。
自分を変えるために。
ボクは、夜空に輝く星々のようになりたいと、そう思った。
◆
――一方その頃。
都内、とあるマンションの一室にて。
瀬戸ミライは事務所での話し合いを終え、帰宅していた。他には誰もいない。彼女は隣県から出てきて、一人暮らしをしているのだ。
それで苦労することも多かったが、ミライは『自分が選んだこと』だと、そう割り切っている。その点については、なにも不満はなかった。
「はぁ……」
それでも、仕事に限ってはまだまだ文句がある。
今日だってそうだ。もっとも最初に、現地に向かえない、と連絡したのは自分だが。その後に一報もなく、赤の他人が握手会に出ていたのだ。
気が動転しても、おかしくはない。
少々声を荒らげてしまったことを反省しながら、しかしすぐに気持ちを切り替えた。何はともあれ、過ぎてしまったことは仕方ないのだから。
「それにしても、ミコト、か……」
それよりも、気になったのはあの場にいた『少女』のこと。
年齢は自分と同じくらいか、少し上だろう。容姿は自分とよく似ているのだろう、メイクをした顔は瓜二つといって良かった。
そして、どちらかといえば大人しい性格をしているようで。もしかしたら、男子にはあちらの方がウケが良いかもしれない、そう思った。
「…………む……」
でも、そこまで考えて。
自分が影武者に劣っている、という思考をしたことが引っかかった。何を弱気になっているのだろうか、と。
自分は自分で、本物は自分に違いない。
期待の新人アイドル『瀬戸ミライ』は自分なのだ。
「はぁ、仕方ないわよね。暇だし、なにか見ようっと」
思考の渦に呑み込まれそうになって。
しかし、すぐにミライは気持ちを切り替えてノートパソコンを立ち上げた。電源を入れると、某動画サイトへとアクセスする。
そして探すのは自分の出ているもの、ではなく――。
「……はぁ。何度見ても、綺麗……」
――意外にも、やや古いアイドルの動画だった。
映っているのはすでに引退し、いまや居場所も分からなくなった伝説の女性。彗星のように現れ、瞬く間に世間を魅了した彼女は、ある日突然に引退を発表したらしい。もちろんリアルタイムで見ていたわけではないが、ミライの憧れといえば、そのアイドルであった。
「いま、どこにいるんだろう……?」
関係者に訊いても、曖昧な答えしか返ってこない。
年齢でいえば、自分の親でもおかしくない年代のはずだった。それでも、どんなに探しても霞かかったように届かない。
だが、あるいはそれで良いのかもしれない。
憧れは、あくまで憧れ。
理想は自分の胸の中に置いておいて、押し付けるものではない。
「さて、今日はもう寝よっと……」
そう結論付けて、ミライは大きく伸びをした。
ノートパソコンの電源を落として、ゆっくりとベッドの方へ歩いていく。
――そんな彼女の机には、その憧れの写真。
綺麗に保存されたその写真には、小さくこう書かれていた。
『いつか、絶対に超える!』――と。
――――
それぞれの夜、でした(*‘ω‘ *)
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