第1章
1.父への相談。
「……なぁ、命。どうした、食欲ないのか?」
「え、あぁ……いや、そうじゃないけどね……」
その日の夜、食卓を囲んでいると父さんがそう訊いてきた。
ボクの箸がまったく進んでいないから、だろう。その理由というのは明らかだが、しかしさすがに相談することははばかられた。なので、そうはぐらかす。
すると父さんは、小さく笑って言うのだった。
「ははは、学校のことは気にするなよ。あっちは父さんが先生方と話しておくから、お前が行きたいタイミングで行けば良い」
「あ、うん……」
――父さんごめん、こっちそれどころじゃない。
どうやら勘違いしてくれているであろう父に、内心でそう謝罪した。……まぁ、普通に考えて息子が『あんなこと』に巻き込まれるなんて、想像もしないだろう。
ボクは苦笑しつつ、バレないように小さく息をついた。
そして、昼間の出来事を思い出す。
◆
「か、影武者ぁ~!?」
「えぇ、そうよ。アタシが休みたい時とか、都合が悪くなった時、アンタが舞台に立ちなさい! 光栄でしょ?」
「いや、光栄でしょ……って」
何を言っているんだ、この子は……!?
ボクは唖然としてしまう。まさか彼女は自分がサボるために、ボクを代役に立てることを厭わない、というのか。
あまりに常軌を逸した考え方に、絶句するほかなかった。
しかし、そう言う彼女に対して思わぬ援護射撃があって――。
「……それ、良いかも」
「へ……?」
――なんと、いうことか。
ミライさんの後方に控えていたアキラさんが、顎に手を当てて真剣に考え込んでいるのだった。良いかも、ってもしかして……。
「あの、アキラさん……?」
「えっと、ね。実のところ最近、スケジュールが詰まってきててさ。そのあたりの対応が難しくなっている、って悩みが……あはは!」
「『あはは!』じゃないですけど!?」
――何考えているんだこの人は!?
ボクが驚愕していると、彼はそそくさとこちらの手を引いて。ミライさんに見えない位置、聞こえない声の大きさでこう言うのだった。
「ミライちゃんは、いまが踏ん張りどころなんだ。それなのに最近、サボり癖が悪化してきている。……頼む、手を貸してくれ!」――と。
もう、言葉もない。
ボクは引きつった笑みを浮かべることしかできず、深々と頭を下げる彼をただただ見ていた。すると、そんなこちらにミライさんがやってくる。
そして、腕を組んでこう言うのだった。
「ほら、どうするの。芸能界の雰囲気を楽しめるチャンスよ?」
「………………」
物凄く、上から目線です。
しかしながら、これも惚れた弱みというやつなのか。
推しである女の子が困っている。そして、その助けになれる。その立場であれば、また彼女に会えるかもしれない。様々な感情が入り乱れ、ボクは混乱した。
それでも、興味のない芸能界に首を突っ込んでいいものか。
実に悩ましい選択だった。だから、
「ち、父と相談させてください……」
絞り出すように、そう口にしたのだった……。
◆
――そんなこんなで、いまに至るのだけど。
「ね、ねぇ……父さん?」
「ん? どうした、命」
「いや、えーっと……あはは、なんでもないや」
「なんだそれ」
「…………」
……言えるかああああああああああああああああああああああああ!!
男手一つで育てた息子がよもや、女装して芸能界入りなんて。
そんなこと、言えるわけないって!
「うぐぐ……」
ボクはようやく動かした箸を一度止め、深呼吸を数回。
そして、改めて色々と考えた。
たしかに、これはチャンスである。
憧れの対象の力になれて、勇気を貰えるかもしれない。あるいは、自分自身に自信を持てるように、変わることだってできるかもしれなかった。
だけど、これは諸刃の剣だ。
素性がバレる可能性だってあるし、責任だって重大だった。
それに、そうなると父さんにまた迷惑をかけてしまう。そうなってくると、色々と心苦しいのも正直な話であった。
それでも――。
「…………ねぇ、父さん?」
ボクは、覚悟を決めて。
首を傾げる父さんに、こう訊ねた。
「ボクが芸能界に入りたい、って言ったらどうする?」――と。
すると、父さんは一瞬だけ呆けた顔をした。
だけどすぐに、真剣な表情と声になって……。
「……理由は、話せるか?」
「うん。もしかしたら、自分を変えられるかも、って。今のままじゃ、ボクはきっと駄目になってしまうから。だから、自信を持てる自分になりたいんだ」
「そう、か……」
問われたそれに、嘘偽りない気持ちをぶつけた。
邪な感情もまた真実だが、これも実際のところの本心だ。それはきっと、父さんにも伝わったのだろう。彼はしばし考えて、一つ頷いた。
そして、こう言うのだ。
「ははは、血は争えない、ってことかな」――と。
ボクは意味が分からず、首を傾げてしまった。
すると父は、おもむろに立ち上がって何やらアルバムを持ってくる。するとそこには、若い頃の父さんが映っていて……。
「あれ、これって……?」
「こっちは、お前の母さんだよ。――アイドル時代の、な」
「え……!?」
隣にあった写真には、若くして亡くなった母の姿があった。
煌びやかな衣装に袖を通して、マイクを手に笑顔を浮かべている。そういえば、父さんの口から母さんの話を聞くことは滅多になかった。
それでも、まさか母さんが『アイドルだった』だなんて……。
「まったく、嘘みたいな話だな。だけど……」
驚くボクに、父はどこか諦めたように言う。
「もし挑戦したいなら、俺は否定しない。応援する。――でも、もし辛くなったらすぐに相談するんだぞ? 甘い世界じゃない、ってのは父さんも知っているからな」
そう、背中を押すようにして。
ボクはそんな父の言葉を聞いて、改めて決心した。
「…………分かった!」
弱い自分を変えよう。
そして、彼女の力になろう――と。
この瞬間に、きっとなにか。
運命の歯車のようなものが回り始めたのだと、そう思った。
――――
ここから第1章。
応援よろしくです(*‘ω‘ *)!
作品フォロー、☆応援なんかも待ってます!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます