第1章

1.父への相談。







「……なぁ、命。どうした、食欲ないのか?」

「え、あぁ……いや、そうじゃないけどね……」



 その日の夜、食卓を囲んでいると父さんがそう訊いてきた。

 ボクの箸がまったく進んでいないから、だろう。その理由というのは明らかだが、しかしさすがに相談することははばかられた。なので、そうはぐらかす。

 すると父さんは、小さく笑って言うのだった。



「ははは、学校のことは気にするなよ。あっちは父さんが先生方と話しておくから、お前が行きたいタイミングで行けば良い」

「あ、うん……」



 ――父さんごめん、こっちそれどころじゃない。


 どうやら勘違いしてくれているであろう父に、内心でそう謝罪した。……まぁ、普通に考えて息子が『あんなこと』に巻き込まれるなんて、想像もしないだろう。

 ボクは苦笑しつつ、バレないように小さく息をついた。

 そして、昼間の出来事を思い出す。







「か、影武者ぁ~!?」

「えぇ、そうよ。アタシが休みたい時とか、都合が悪くなった時、アンタが舞台に立ちなさい! 光栄でしょ?」

「いや、光栄でしょ……って」



 何を言っているんだ、この子は……!?

 ボクは唖然としてしまう。まさか彼女は自分がサボるために、ボクを代役に立てることを厭わない、というのか。

 あまりに常軌を逸した考え方に、絶句するほかなかった。

 しかし、そう言う彼女に対して思わぬ援護射撃があって――。



「……それ、良いかも」

「へ……?」



 ――なんと、いうことか。

 ミライさんの後方に控えていたアキラさんが、顎に手を当てて真剣に考え込んでいるのだった。良いかも、ってもしかして……。



「あの、アキラさん……?」

「えっと、ね。実のところ最近、スケジュールが詰まってきててさ。そのあたりの対応が難しくなっている、って悩みが……あはは!」

「『あはは!』じゃないですけど!?」



 ――何考えているんだこの人は!?

 ボクが驚愕していると、彼はそそくさとこちらの手を引いて。ミライさんに見えない位置、聞こえない声の大きさでこう言うのだった。



「ミライちゃんは、いまが踏ん張りどころなんだ。それなのに最近、サボり癖が悪化してきている。……頼む、手を貸してくれ!」――と。



 もう、言葉もない。

 ボクは引きつった笑みを浮かべることしかできず、深々と頭を下げる彼をただただ見ていた。すると、そんなこちらにミライさんがやってくる。

 そして、腕を組んでこう言うのだった。



「ほら、どうするの。芸能界の雰囲気を楽しめるチャンスよ?」

「………………」



 物凄く、上から目線です。

 しかしながら、これも惚れた弱みというやつなのか。

 推しである女の子が困っている。そして、その助けになれる。その立場であれば、また彼女に会えるかもしれない。様々な感情が入り乱れ、ボクは混乱した。

 それでも、興味のない芸能界に首を突っ込んでいいものか。

 実に悩ましい選択だった。だから、




「ち、父と相談させてください……」




 絞り出すように、そう口にしたのだった……。







 ――そんなこんなで、いまに至るのだけど。



「ね、ねぇ……父さん?」

「ん? どうした、命」

「いや、えーっと……あはは、なんでもないや」

「なんだそれ」

「…………」





 ……言えるかああああああああああああああああああああああああ!!


 男手一つで育てた息子がよもや、女装して芸能界入りなんて。

 そんなこと、言えるわけないって!



「うぐぐ……」



 ボクはようやく動かした箸を一度止め、深呼吸を数回。

 そして、改めて色々と考えた。



 たしかに、これはチャンスである。

 憧れの対象の力になれて、勇気を貰えるかもしれない。あるいは、自分自身に自信を持てるように、変わることだってできるかもしれなかった。

 だけど、これは諸刃の剣だ。

 素性がバレる可能性だってあるし、責任だって重大だった。

 それに、そうなると父さんにまた迷惑をかけてしまう。そうなってくると、色々と心苦しいのも正直な話であった。



 それでも――。




「…………ねぇ、父さん?」




 ボクは、覚悟を決めて。

 首を傾げる父さんに、こう訊ねた。




「ボクが芸能界に入りたい、って言ったらどうする?」――と。




 すると、父さんは一瞬だけ呆けた顔をした。

 だけどすぐに、真剣な表情と声になって……。



「……理由は、話せるか?」

「うん。もしかしたら、自分を変えられるかも、って。今のままじゃ、ボクはきっと駄目になってしまうから。だから、自信を持てる自分になりたいんだ」

「そう、か……」



 問われたそれに、嘘偽りない気持ちをぶつけた。

 邪な感情もまた真実だが、これも実際のところの本心だ。それはきっと、父さんにも伝わったのだろう。彼はしばし考えて、一つ頷いた。

 そして、こう言うのだ。




「ははは、血は争えない、ってことかな」――と。




 ボクは意味が分からず、首を傾げてしまった。

 すると父は、おもむろに立ち上がって何やらアルバムを持ってくる。するとそこには、若い頃の父さんが映っていて……。



「あれ、これって……?」

「こっちは、お前の母さんだよ。――アイドル時代の、な」

「え……!?」



 隣にあった写真には、若くして亡くなった母の姿があった。

 煌びやかな衣装に袖を通して、マイクを手に笑顔を浮かべている。そういえば、父さんの口から母さんの話を聞くことは滅多になかった。

 それでも、まさか母さんが『アイドルだった』だなんて……。



「まったく、嘘みたいな話だな。だけど……」



 驚くボクに、父はどこか諦めたように言う。




「もし挑戦したいなら、俺は否定しない。応援する。――でも、もし辛くなったらすぐに相談するんだぞ? 甘い世界じゃない、ってのは父さんも知っているからな」




 そう、背中を押すようにして。

 ボクはそんな父の言葉を聞いて、改めて決心した。




「…………分かった!」





 弱い自分を変えよう。

 そして、彼女の力になろう――と。






 この瞬間に、きっとなにか。

 運命の歯車のようなものが回り始めたのだと、そう思った。




 

――――

ここから第1章。

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