1.ファン握手会が開催されるらしい。






「えっと、ここを右に……?」




 ――瀬戸ミライさんの動画を見るようになって、しばらく。

 ボクは近く、彼女の『ファン握手会』が開催されるという情報を仕入れ、勇気を振り絞って家を出た。夏休みも終わりに近づく頃合いの日曜日、正午。同じ高校の生徒に会わないか、というのが不安材料ではあった。だけど帽子とマスクのお陰もあってか、部活帰りの生徒とすれ違っても気付かれている様子はない。



「これなら、大丈夫だよね……」



 さて、そうこうしているうちに。

 ボクの高校に通う生徒が、おおよそ立ち寄らない場所までたどり着いた。ここまできたら、マスクも帽子も外して大丈夫だろう。

 そう考えて、ひとまずマスクを外した。すると、



「――あぁ、こんなところにいた!?」

「え……?」



 なにやら、黒のスーツを着た男性に声をかけられた。

 茶髪に伊達メガネらしいそれをかけた人物で、どこか肩で息をしているようにも見える。何かを探して駆け回ったような、というか……。



「ミライちゃん、またドタキャンするつもり!?」

「え、ええええ!?」



 ――思わぬ人の名前が飛び出して、ボクは声を上げてしまった。

 ミライちゃんって、もしかしなくても、瀬戸ミライ!?



「あ、あの! ボクは――」

「言い訳はあとで聞くから、いまはとにかく!!」

「違……いや、だから!」



 これは何やらとんでもない勘違いをされている。

 そう思ってボクは、手首を掴んできた相手のそれを振り払った。そして、大慌てで被ったままの帽子を取る。



「ボクは、ミライちゃんじゃないです!!」

「――――――!!」



 その上で、必死に訴えた。

 自分は決して『瀬戸ミライ』ではない、と。

 女の子に間違われることは多かったけど、まさかアイドルと見間違えられるなんて思わなかった。しかも、自分が推している相手に、である。

 だけど、これでひとまず誤解は――。




「ウィッグで誤魔化そうなんて、駄目だからね!!」

「え、ええええええええええええええええ!?」




 ――解けないんですか!?

 ボクはあまりの事態に抵抗すらできず、その人に手を引かれて握手会の開催される建物の中に連れ込まれるのだった。もっとも、大人の男性にボクなんかが抵抗してもたかが知れていたわけではあるけど……。







「……ついてた」

「だから言ってるじゃないですか、もう!?」



 ……何が、あったか。

 何をもってして誤解をといたのかは、御想像にお任せします。

 建物の中。つまるところ、握手会の開催されるビルの控室に通されたボクは、ミライさんのマネージャーを名乗るアキラさんと二人きりになっていた。



「信じられない。見た目はどうしても、スッピンのミライちゃんなのに……」

「……………………」



 そう言って、アキラさんは嘘のような驚愕の顔でうな垂れている。

 ボクは自身のコンプレックスを思い切り刺激され、言葉を失ってしまった。そんなこんなで、ボクと彼の間には重い空気が漂う。

 いったい、どうしてこうなった。

 心の底からそう思うのだけど、ひとまず状況を再確認しなければ……。



「えっと……その、ミライさんがドタキャン、って?」

「あ、あぁ……」



 ボクが訊ねると、アキラさんは絶望に打ちひしがれたような表情で答えた。



「実は今朝になって、行きたくない、って連絡があってね。電話をかけても留守電にしかならないし、メッセージも既読が付かないんだ……」

「な、なるほど……?」



 それは、もしかしなくてもヤバいのではないか。

 アイドルの握手会初体験な自分でも、当の本人不在がマズイことくらいは分かった。多少の遅刻ならまだしも、連絡すらできないとは……。



「あ、あぁ……! どうしたら良いんだ!?」

「落ち着いて! とりあえず、深呼吸しましょう!?」



 それでもこちらが比較的落ち着いているのは、アキラさんがボク以上に狼狽えているから。彼は絵に描いたように、というか文字通り頭を抱えて叫んでいた。

 だからボクは、ひとまずアキラさんの背中を撫でて訴えかける。

 ここまできたら乗り掛かった舟、というやつだ。



「ボクも一緒に考えますし、手伝いますから……ね?」



 それに、好きなアイドルに悪評が立つのは避けたかった。

 その一心で申し出ると、ようやくアキラさんは涙目ながらも落ち着いてくれたらしい。何度か頷いて、そして――。



「こうなったら、素直に謝罪するか。それとも……ん?」

「どうしたんですか……?」

「あ、いや……うん」

「……え?」



 ふと、ボクの顔をマジマジと見つめた。

 そんでもって、なにやら真剣に考え込んでいる。



「ねぇ、ミコトくん。キミって、声変わりは?」

「……ん? してて、これですけど」

「なるほど。なら、大丈夫か」

「大丈夫……?」



 ボクの答えに、彼は一つ大きく息をついた。

 そして、満面の笑みでこう提案してくるのだった。







「キミ、ミライちゃんの代役になってよ!」――と。







 本当に、屈託のない表情で。






「は……? え――」






 それを聞いて、ボクは……。





「え、えええええええええええええええええええええええええええ!?」




 大きな声を上げることしか、できなかった。





――――

頑張って更新していきますね(*‘ω‘ *)

うおおおおおお!!


応援よろしくお願いいたします!!

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