第5話 一夜
初デートから数日間は、お互いの部屋を行き来して残ってる課題を進めたり、アニメ鑑賞をしたりと、充実しすぎな時間を過ごした。
そうして夏休みも中盤に入ったところで、優姫さんから「明日のお祭り一緒に行かない?」と提案されて、もちろん了承した。
お互いに浴衣を持ってないと言う事で、服装の悩みは消えた。
お祭りの当日となり、十五時になったところで俺と優姫さんは家を出た。
白咲祭で同じグループだった奏斗、理久、葵、萌々香、美月からの誘いもあったけど、「他の人と約束してるから」と言って断った。
「やっぱり、カップル多いね〜」
辺りを見渡すと、優姫さんの言う通り、至る所に手を繋いだカップルがいた。
浴衣姿の彼女と普通の洋服姿の彼氏と言うアンバランスなカップルもいたけど、ほとんどのカップルは浴衣で揃えていた。
「こうやって見てると、来年は浴衣で来たいね。」
「うん、約束ね!」
ゆったりと流れる人混みの中で、ゆったりと会話をしながら何個か出店を回る。
優姫さんがラムネのビー玉を落とすのに苦労していたので手伝おうとすると、「これがやりたくて買ったの!」と言って、やらせてくれなかった。
こう言う子供っぽいところが垣間見えるから、優姫さんのかわいさは無限大なのだろうと思う。
「あ!おいおいおいおい!お前…」
「まじか!?何だこの組み合わせ…」
「やっぱ彼女できてたか〜断られた時から怪しかったんだよ!」
「ちょっと、勝手に付き合ってるなんて言わないの!」
「──。」
そんな事を言いながら俺の方に駆け寄って来たのは、奏斗、理久、葵、萌々香、美月だった。
「なーにニヤけてんだよ!羨ましいぞこの野郎!」
「これは、まじで付き合ってるって感じ?」
奏斗と理久がぐいぐいと近寄ってくるけど、こう言う時どんな対応をすればいいのか分からない…
優姫さんは俺が着てるグレー系チェックのシャツの裾を引っ張って、何かを主張してくる。
多分、どう伝えるかは任せるって意味だと思う。
「うん、まあ、そんな感じ……」
「「まじかーいいなー」」
俺が痒くもないこめかみを人差し指でかきながら答えると、奏斗と理久の声が綺麗に重なった。
「まあ、ミス白咲コンテストの時も投票してたし、やっぱりそう言う事だったのか!」
「いつから付き合ってんの!?あたしらと知り合うより前?」
男子に続いて、葵と萌々香が詰め寄ってくる。
すると、シャツの裾を引っ張る優姫さんの力が強くなったのが分かった。嫉妬…?
「夏休み入ってから…」
俺がそう答えると美月以外が「おぉー」と歓声のような声を上げた。
「お邪魔しちゃ悪いし、馴れ初めなどなど聞きたい事はまた今度にしない?」
美月がいつも通り歳下感のある微笑みを浮かべながらそう提案し、ほか四人もそれに納得して「幸せに爆発しろよー!」と言う奏斗の声と共に消えていった。
自分から話す事が少ない俺だけど、ちゃんと応援してくれてて少し嬉しかった。今後あるであろう質問攻めはなんでも答えてあげよう。
すると、優姫さんが唐突に俺の腕に抱き着いて、またもやかわいすぎる上目遣いを見せる。
「友達だから、大丈夫だよ。」
「嫉妬してるように見えた?私の演技力凄いでしょ!」
「それに、結婚の先までを真剣に考えてる人もいるし。」
「うぅ……」
嫉妬してないなんて十中八九ありえないだろう。もしあれが演技ならちょっと怖すぎるし。
それから、小学生くらいの子がサッカーをする公園のベンチに腰掛けて談笑したり、サッカーに混ぜてもらったら優姫さんが下手すぎて面白かったり、屋台の方に戻って同じ綿あめを食べたりして、いつの間にかすっかり夜になっていた。
「十九時から花火があるらしいから、見に行こう!」
「俺、毎年ちょっと大通りから外れたところで見てるんだけど、どうする?」
「隠れスポット的な?」
「そんな感じ。本当に人通りないからあれかもしれないけど……」
「よし、行こう!」
それから、俺と優姫さんは大通りから少し外れた細い道を歩き、少ししたところにある坂を上り、光ひとつない真っ暗闇の公園に着く。
「思ったより怖いね…」
「うん。でも、花火はめっちゃ綺麗なんだよ。」
「寒いし怖いし、くっついていい?」
「確認取らずとも、いつでもどうぞ」
「ありがとっ」
ベンチに腰掛けたけど、今回は腕ではなく腹部に優姫さんの腕が回されて、心拍数が跳ね上がる。それと同時に暗闇に目が慣れてきて、視界がある程度確保できてきた。
「すっごいどくどく聞こえる──」
「ふふっ」とかわいらしく笑う優姫さんがかわいくて、思わずため息がこぼれる。
優姫さんに俺の鼓動が聞こえるのは、優姫さんが俺の胸部に頬が当たるほど密接してるから当然だけど、この緊張が直接伝わるのは少し恥ずかしい。
「敦人君の鼓動、落ち着く…」
そう言った優姫さんからの締め付けが強くなり、胃の中の物が口から出そうになるけど、ギリギリ耐える。
優姫さんの表情はどこか幸せそうで、俺にも伝染する。
「そろそろ花火始まるかな…」
「うん、あと一分だよ」
優姫さんが俺の腹部に腕を回したまま姿勢を正して、花火を待ち遠しそうにしている。
動きがゆっくりで、話し方がゆっくりで、目を擦っている所を見るに、優姫さんはかなり眠いらしい。
それから、心地よい無言の時が流れて花火が上がり始めた。
「優姫さん、花火──」
綺麗だねと言おうとして優姫さんの顔を覗き込むと、優姫さんは俺の肩を枕に眠っていた。
優姫さんの寝顔は穏やかだった。
一人で見てるのもあれだし、風邪をひくかもしれないから、花火を横目に優姫さんをおんぶして帰る事にした。
優姫さんは見た目通りすごく軽かった。
やがて俺と優姫さんの部屋の前に着き、失礼を承知で優姫さんのポケットを漁ると、鍵が入っていた。
「失礼します」
小声でそう言って優姫さんの部屋に入り、スマホのライトを頼りに、優姫さんをベッドに寝かせ、自分の部屋に帰ろうとベッドから離れたところで、「んぁ……」と言う声と共に布団が擦れる音が聞こえた。
「あ、起こしちゃった…?」
振り向くと優姫さんが身体を起こして目を擦っていた。
「あれ、花火……」
「また来年に持ち越しだね。」
「ごめん…」
「今度花火大会があるから、それに行こうか。」
「うん、ありがとう……」
優姫さんはそう言うと徐に立ち上がり、俺の目の前で止まり、いつだかと同じように手首から先を上下に動かす。
二人きりなのに耳打ち?と疑問に思いつつも、寝惚けてるのかと解釈して俺はしゃがむ。
「──────」
「──────!?」
その瞬間、唇に柔らかく温かい感触が伝わり、目で確認するまでもなく優姫さんからのキスだと分かる。
「ごめんねとありがとうと大好きの気持ち──それと、大好きの気持ち……」
やはり寝惚けてはいるらしく、同じ言葉を繰り返して、すぐにベッドに戻ってしまった。
「ここ…」
ベッドに戻った優姫さんが、俺の方を見てそう言いながら優姫さんのすぐ隣のスペースをポンポンと二回叩く。
「い、いや…」
「鍵閉めれないでしょ……?」
「優姫さんが閉めれば──」
「やだ…」
「でも、さすがにちょっと──」
「眠いから、私は何もできないよ」
「わ、分かった……」
俺はこのまま抵抗しても無駄だも思い、仕方なく優姫さんの隣に入る。
優姫さんは「ふふふっ」とゆっくり笑い、優姫さんに背中を向けている俺の胸部に腕を回す。
俺の片足は優姫さんの足に挟まれ、俺は完全に優姫さんの抱き枕になっていた。
俺の背中には当然柔らかい感触があって、ただでさえさっきのキスで眠れそうになかったのに、もう今日は眠れないだろうなと覚悟した。
俺の頭の中では、あのキスのシーンが何度も繰り返し再生され、唇が離れた時の優姫さんの艶めかしい表情が強調される。
何分が経ったのかは分からないけど、体感時間ではかなり経過していて、何とか眠ろうと「寝る」と心の中で連呼していると、優姫さんの安定した寝息が聞こえてきた。
それからまた時間が経過し、気が付くと優姫さんの寝息と同じペースで呼吸をしていて、瞼が重くなる。
「──君ー!起きてー!」
腹部が強く圧迫される感覚とその大きな声で、俺は目を覚ました。
目覚めの景色がいつもと違い、昨日の一連の流れを思い出す。
腹部の圧迫感は優姫さんが俺の腹部に馬乗りになっているからだと認識するも、処理はしきれない。
「ん…」
「おはようのチューは欲しい?」
「………………。」
「じゃあ、おはようのギューにしとくね!」
優姫さんは朝から超元気で、そのペースについていけない。
優姫さんが俺の体から離れてすぐに俺が身体を起こし、脳が覚醒し始めて様々な事の処理が正確に行われる。
優姫さんが後ろから俺の腹部に腕を回し、そのまま俺を押すようにしてリビングに入る。
「なんか、本当に結婚したみたいで楽しいね!」
優姫さんが作ってくれたベーコンエッグとサラダ、トーストを食べていると、優姫さんが食事をする俺を眺めながらそんな事を話す。
「う、うん…」
俺が昨日の事を思い出して言葉に詰まると、「ふふーん」と笑みを浮かべてから、優姫さんが話し始める。
「さては、昨日のキスが効いてるね?」
優姫さんの表情はあまりにもニヤついていて、ものすごく楽しそうだった。
「あんな突然されるなんて思わないから、だいぶ……」
「ありがとね、本当にありがとう。」
「え、何が……?」
「私を好きになってくれて、私を大事にしてくれて、私のわがままを聞いてくれて、おんぶしてくれて、一緒に寝てくれて──本当にありがとう」
そう言った優姫さんの表情は、どこか泣きそうでもあったけど、満面の笑みだった。
「全部こちらこそなんだけどね。」
そんな会話をしながら朝食を終えて、昨日入れなかったお風呂に入るために、俺は一旦自分の部屋に戻る。
お風呂から上がってスマホを確認すると、美月からのLimeが来ていた。
『話したい事があるから、お昼ご飯でも一緒にどうですか?』
『一応、奏斗達も呼んだから、いつもハイベリアに私の名前でお願いします。』
念の為、俺は端末ごと優姫さんに渡して確認を取ると、「友達も大事だから、私の確認なんていいんだよ?」と快く許可してくれた。
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