第4話 初デート
俺が彼氏に、優姫さんが彼女になって数時間が経ち、俺もお風呂を終えてリビングで涼む。
何故か今の沈黙は全く気まずい空気ではなく、心地よい空間になっている。
「敦人君、私にいい提案があるんだけど」
優姫さんが、テレビを見ている俺の前にひょこっと上半身を傾ける。
俺はまだ浮ついていて、「ん?」とだけ返す。
「なに?」だと冷めた感じになるし、「お聞きしよう」だとなんか調子に乗ってるみたいだしで、それ以外が考えられなかった。
優姫さんは「ふふーん」と笑ってから話し始める。
「明日、デートに行きたいなと!五分の一シンデレラの映画が公開されるので、一緒に観たいなと!」
優姫さんは、少し照れつつも誇らしげな表情を浮かべる。
にしても──
「俺も行こうと思ってたけど、優姫さんも好きだったの?」
「もちろん!あんな名作を知らずに終える人生は、あっちゃいけないってくらいには大好きだね。うん。」
大きく二回頷き、またもや誇らしげな表情を浮かべる。
またもや優姫さんの意外な一面を見る事ができたと、嬉しくなる。
「よし、絶対行こう!」
「明日はちゃんと朝に起きてよ?」
「分かった、努力する」
そんなやり取りを最後に、優姫さんが自分の部屋に戻る。
時刻は二十一時、まだ少し早い時間ではあるけど、明日の事を考えればすぐに眠る事ができた。
『ピーンポーン』
今日は、着替えも寝癖直しも終えた状態でインターホンを聞けた。
午前九時とかなり早い集合だったけど、上映開始の一時間前まで家で暇つぶしをすればいいだけだ。
「そう言えば、今日はガスのやつ直しに来るんだっけ?」
「うん。だから、十七時からのチケットを取っておいたんだけど、時間大丈夫だった?」
「もちろん、特にバイトもしてないし、いつでも暇だからね」
今日は十時から十五時の間に業者が来て、優姫さんの家のガス周りを直してくれるらしい。
俺にとっては少し寂しくもなるけど、すぐ隣の部屋だし、会おうと思えばいつでも会える。
「でも、せっかくだからずっと敦人君と一緒にご飯食べたいな──なんて思ってたりしてて…」
どうやら優姫さんも同じ気持ちだったらしく、俺の肩に頭を乗せて小声でそんな事を言ってくれた。
耳が真っ赤なのが見えて、余計に嬉しくなる。
「俺も同じ事考えてた!」
「じゃあ、今日の夕飯は私の部屋で食べようよ!見せたいものあるんだ〜」
俺の回答を聞いた瞬間に優姫さんの背筋がピンッと伸び、満面の笑みでそんな提案をしてくれる。
だめだ、かわいいしか出てこない……
「分かった、楽しみにしてる」
なんとか言葉を絞り出して、無難な言葉になる。
それから、お昼になっても業者が来ないため、とりあえず俺の部屋で昼食になった。
その間、ずっと五分の一シンデレラの話題で会話が尽きず、とにかく早い三時間だった。
「ちょっと寄りたいところもあるから、もうそろそろ行こう!」
業者が来て、無事コンロに火がつき、優姫さんのそんな提案から十五時に家を出た。
他愛もない会話をしながら電車に乗り、駅から数分歩いたところで、何やらオシャレな洋服屋に到着した。
「敦人君、せっかくイケメンでスタイルもいいのにファッションセンスがなーって思ったから、着替えてくれる?」
高く持ち上げられてから下に突き落とされたような。そんな痛みを心に負いつつも、俺は「わ、分かった…」と了承する。
「ダサいとまではいかないけど、素材がいいんだからもっと着飾っていいんだよ!」
素材がいいなら真っ白なTシャツでも、英単語が特有の字体で並ぶTシャツでもオシャレに見えると思うんだけど…とか言う疑問は一旦忘れて、優姫さんに全てを任せる事にした。
「どうしよう……」
お店に入って十数分が経ち、何着も試着した末に、優姫さんが何やら絶望するような表情を見せる。
「どうしましょう……」
何故か店員さんまでもが優姫さんと似た表情を浮かべていて、「やっぱり、店員さんもやばいと思います?」「はい…かなり……」と、俺に聞こえるところでそんな事を話す。
「ど、どうかしたの…?」
恐る恐る何がやばいのか聞いてみると、「言っちゃっていいの?」と優姫さんが恐ろしい物を見るような表情で聞いてくる。
「き、聞かせてほしい…ど、どんな事でも受け入れる覚悟はできてるから……」
それじゃあ──そう言って優姫さんは大きく呼吸をして、まさしく真剣な眼差しを俺に向ける。
「全部似合いすぎてて困る!どれ着てもかっこいいとか、そんなのあり!?って感じで、最高すぎる!」
優姫さんに続いて店員さんが「いい彼氏さんをお持ちですね〜」と微笑む。
正直、かなり嬉しいしめっちゃ照れるけど、さすがに過大評価だろうと。
そんな事を思いながら周りに目をやると、店員さんも他のお客さんも温かすぎる目で俺と優姫さんの方を見ていた。
「え、えっと……ん?」
俺が状況を上手く飲み込めないでいると、優姫さんがひょいひょいと手首から先を上下に動かして、耳打ちを要求しているのが分かった。
「他の人もみんな、かっこいいって思って見てるんだよ。どうやら、私の彼氏は最高の彼氏みたいです。」
「きえっ!?」
優姫さんが耳元で、小声で、しかも「ふふっ」と微笑してそんな事を言ってきて、思わず戦闘力が五十三万になるところだった。
「着心地とか値段とか見てどれにするか選んで、着てきて!制限時間は五分!よーいスタート!」
そうして何故かタイムアタックが始まり、試着室に押し込まれる。
こっちはまだドキドキしっぱなしなのに…本当にからかうのが好きなんだなと改めて思う。
俺は真っ白のTシャツの上にグレー系のチェックシャツと黒スキニーと言うシンプルながらそれっぽさのあるコーデを選んだ。
「タイムアーーーップ!ではご登場頂きましょう、私の彼氏でーす!」
「ちょっ……!」
事前に試着室の中をチラ見して来たから大丈夫だったけど、いきなりそんな事を大声で言いながら試着室のカーテンを開けるのは、金輪際やめてほしい。
店内からは歓声なのかなんなのかも分からない声と拍手が起きて、より一層訳が分からなくなる。
「これ、私からの初めてのプレゼントって事で私が買わせてもらうね!」
俺はその提案を何度も断ったけど、優姫さんも何度も「私が買うの!」と言って、結局俺が折れるしかなかった。
俺はその服を着たままレジに向かい、レジでタグやら何やらを外されて、合計三千八百円と言う大金を支払ってもらった。
これは、必ず何かお返しをしようと固く決意した。
それから、優姫さんはずっとニヤついていて、かなりリズミカルに歩いていた。
「ねーねー」
優姫さんがそのリズミカルな歩みを俺の目の前でやめて、振り向く。
「ん?」
優姫さんは笑顔ながらも少し俯いていて、少し照れているようにも見えた。
「その──手を繋ぎたくて……嫌なら全然いいんだけど、だめかな…」
そんなのダメな訳がない。嫌な訳がない。
「全然ウェルカムだよ」
俺がそう答えると、優姫さんの表情は花が咲くようにぱあっと明るくなり、「やった!」と少し跳ねた。
優姫さんって、一目見た時は超ドライで一匹狼って印象だったけど、今となっては美人でデレデレしてくるかわいい人って印象になっている。
「手おっきいな〜手を繋ぐって言うより、私の手が握られてるみたいになってない?」
「確かに、ちょっと違和感があるね…」
身長差が二十センチメートル近くあるからか、手の大きさにもかなりの差があって、優姫さんの言う通り俺が優姫さんの手を握るみたいになっている。
「じゃあ、優姫さんが俺の人差し指を握るとか?」
「私、高校生だけど…あっそうか、敦人君は私を赤ちゃんみたいにしてそーゆープレイがしたいと!?」
「な、何言って……」
「恋人繋ぎとか、一回やってみる…?」
「は、はあ……」
優姫さんの提案を受けて指を絡ませるように手をにるも、お互いにかなり違和感を感じた。
しかしながら、お互いにその手を話す事はなく、しばらく幸せな時が流れる。
「え、そ、それはちょっ──」
赤信号に捕まって立ち止まっていると、突然優姫さんが俺の左腕に抱き着いて来た。
腕に極端に柔らかい感触が伝わり、やってはいけない事をやってるような感覚に陥る。
「こ、これならいい感じ──かな……?」
優姫さんによる、俺の腕に抱き着いたままのとんでもない角度からの上目遣いで、思わず「かわいい…」と声が漏れてしまった。
「えっ!?ちょっ──うぅ……」
優姫さんが耳まで真っ赤にして少し俯き、思わず俺はその小さな頭にぽんと手を置いていた。
撫でなくても、手櫛をしなくても分かるほど髪はサラサラで、あまりにも柔らかかった。
しばらくたってから、「子供扱いしてるでしょ…」と優姫さんが頬を大きく膨らませて言ってきたので「かわいかったからつい…」と答えると、「馬鹿……」と言ってまたもや少し俯いてしまった。
どうしよう、かわいいがすぎる……
「暑かったら言ってね?これは私のわがままだし…」
映画館のあるショッピングモールに入ったところで、優姫さんがまたもやかわいすぎる上目遣いでそう心配する。
「そう言われると、やめてほしくなくなるな。」
正直に言うと、外にいる時に言ってくれれば──とかではなく、そんな事をそんなあざとい言い方で言わずとも、やめてほしいなんて思わない。
「じゃあ離れる。」
「えぇ……」
「くっついてほしい?」
「別に?」
「うぅ……」
そんなやり取りをし終えると、互いに見つめあってからどちらからともなく「くふっ」と笑い始め、優姫さんが再び俺の腕に抱き着く。
ついさっきまでそれが普通となってた腕が、一旦解放された事によって再び柔らかい感触が伝わり、狼狽えてしまう。
「えっち」
俺の狼狽を感じ取ったのか、優姫さんがからかう時だけ見せるニヤついた表情でそんな事を言ってくる。
絶対わざとだ…と思ったけど、違った時が完全にアウトなので言わないでおく。
見た目はスラッとしたモデルのような体型なのだが、腕に当たる感触は見た目以上にサイズ感が──バカバカバカ…なに考えてんだ俺…
「今、本当にえっちな事考えてなかった?」
「え!?いや?全然?」
「ふふーんっ」
そこから完全にからかいスイッチが入ったらしく、少し時間が経つと胸と胸で俺の腕を挟むように抱き着いたり、ただ「お花摘みに行きたい」と言うだけなのにあまりにもかわいい上目遣いを駆使したり、映画のチケットを猫じゃらしのように扱ってチケットを取ろうとすれば優姫さんの胸に手が当たりそうなところに動かしたり、とにかくペースを乱され続けた。
「敦人君のそう言うかわいいところも大好きだよっ」
優姫さんのその言葉で俺は完全に屈した。
いつの間にかからかわれるのが楽しくなってて、まじの変態みたいになってて…自己嫌悪に襲われる。
それから、多くの人がいる中でさすがに恥ずかしくなったのか、しばらくは普通に手を繋いで歩き、劇場に入る。
席が一番後ろの真ん中だったため、少し早く入場した。
ポップコーンは買わなかったけどそれぞれドリンクを買い、万が一にも間違えないように俺は常に手に持つようにした。
お互いに、パンフレットと入場特典の特別冊子を読み漁り、静かに上映を待つ。
今回の映画は、原作の最終章と言えるところでアニメ第二期の続きと言う、作画などにかなり期待が寄せられていた。
物語のペースこそ不安ではあるが、文化祭の話なのでなんとかなるんだろう。
やがて劇場内に多くの人が入り、暗転する。
すぐ左にいる優姫さんの顔を覗き込むと、ワクワク感に満ちた笑顔で、楽しみだと言う声が聞こえるようなため息をついた。
『ユータロー君』
『ユー君』
『ユータロー』
『杉下さん』
『杉下君』
各々がそれぞれのやり方で気持ちを伝えて、その文化祭は花火を残して終了する。
花火は五人のヒロインにとってかなり特別な物で、主人公との最初の思い出でもある。
そして、五人のヒロインが主人公の前に集まり、主人公は選ばざるを得ない状況になる。
直前まで、主人公は誰も選ばないと強く思っていたが、結果は──
その後一波乱あって、数々の回想シーンと共に感動的な展開になり、選ばれたヒロインの『好きです』と言うセリフと共に花火が上がり、終幕へと向かう。
気付いた時には俺の左肩に優姫さんの頭があり、頬には大粒の涙が伝っていた。
アニメ第一期のオープニングテーマをBGMに四人のヒロインの生活模様が描かれて、やがてBGMがフェードアウトしていくと、『カーンカーン』と言う鐘の音と共に第一話冒頭のシーンが、今度は相手の声や顔が分かる形で流され、結婚式の様子が描かれる。
それから再びアニメ第一期のオープニングテーマが流れ、エンドロールに入る。
やがて劇場内が明るくなり、席を立ち外に出る人が多くなる。
真ん中席と言う事もあって、しばらくはこのままゆっくり感傷に浸る事になるだろう。
優姫さんの方を見ると、ハンドタオルで顔を覆っていた。
それからしばらくして劇場の外に出ると、優姫さんはメイク直しをしにトイレへ行ってしまった。
「どうだった?」
やがてトイレから戻ってきた優姫さんから、映画の感想を聞かれた。
「漫画でも迫力というか、感動は凄かったけど、色がついて動いて声があると、本当にやばかった」
無難な感想だけど、実際それに尽きる。
漫画を見てる時の脳内再生ボイスは、あくまでも自分の想像力の中でしかないけど、アニメとなるとプロの声優さんがついて、一般人の俺の想像力を遥かに越える感情が伝わってくる。
「だよね、本当に最高だった……」
「そう言えば、優姫さんは誰推し?」
「もちろん、みかちゃんだよ!一番真っ直ぐだし、何より所作がいちいちかわいいからね!」
「まさか推しまで同じだとは…」
「敦人君もみかちゃん推しなの!?私達、共通点多すぎない?もしや、これが運命ってやつ?」
「ここまで多いと、流石に運命だろうね」
優姫さんの「ふふーん」と言う少しの照れが見える笑顔が、あまりにもかわいかった。
映画にキスシーンが五回もあったからか、お互いに少しテンションがおかしくなっていた。
その後、同じショッピングモールで夕飯の買い出しをして、再び優姫さんが俺の腕に抱き着く。
もうこの柔らかい感触にも慣れてきて、恥ずかしさもなくなったけど、とにかく優姫さんがかわいすぎて堪らない。
ほぼ真下から俺の方を見上げて満面の笑みで話しかけられると、心臓にスナイパーライフルで撃ち抜かれたかのような衝撃が走る。
映画の感想を語りながら歩いているうちに、優姫さんの家に着いた。
優姫さんの部屋は白を基調としたシンプルな部屋ながら、ベッドやソファーには多くのぬいぐるみが置かれ、本棚には漫画やラノベからグッズまで置かれていた。
そして、そこら中からいい匂いがしている──これはちょっと気持ち悪いか…
「どうぞ、好きなところに座って!」
優姫さんにそう言われ、俺はとりあえずテーブルの前に置かれた椅子に座り、とにかく緊張していた。
「敦人君、緊張しすぎじゃない?」
またもや、優姫さんが料理中ながらそんな雑談を振ってくる。
「優姫さんにだけは言われたくないって事を前提に、緊張はするよ……」
自分でも何を言ってるのかいまいち分からないような日本語で返すと、優姫さんは「うぅ…」と顔を真っ赤にする。
「敦人君、今日は私のわがままに付き合ってくれてありがとうございます。私、楽しくなっちゃって暴走気味だったけど、大丈夫……?」
料理をしながら、優姫さんがそんな事を聞いてくる。
正直、大丈夫じゃなかったら途中で帰ってたと思うから、からかわれた仕返しを込めて返す事にした。
「第一印象とはだいぶ印象が変わったけど、色んな面を知ったけど、これからも色んな面を知ると思うけど、全部大好きで、全部楽しいです。それに、えっちなのは多分優姫さんの方だし。」
俺の言葉の合間合間で「へ!?」や「うぅ…」と声が聞こえたけど、後ろを向いていて優姫さんの表情は見えない。
「わ、私は!結婚まで考えてるから、いつかはそう言う事も──ってだけで、そんなんじゃないし…」
知り合って間もなく結婚まで考えられるのは少し不思議な感覚になるけど、今だってほとんど同棲のような生活だし、俺もそうしたいと思うようになってはいる。
それから、気まずいとは違った変な空気に包まれて夕飯を終えて優姫さんの部屋でゆったりとした時を過ごし、二十一時になったので今日は解散となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます