第3話 その必然は、突然やって来る。

翌日、樋口さんのインターホンで目を覚ました俺は、寝起きの姿のまま出迎えた。

「寝癖凄いですね…もうお昼ですよ…?」

樋口さんにそう言われて時計に目をやると、時計の針が頂点で重なっていた。

昨日はすぐに寝たつもりだったけど、人はあまりにも美くしい人と長い時間を過ごすと疲れるらしい。

「おはようございます…急いで着替えるので、リビングでお待ちください…」

まだ光が眩しくて細めた目でも分かるほど、今日の樋口さんはラフな服装だった。

薄いショートパンツに体格より大きめのパーカーで、一見パンイチかと思ってしまう。そんな服装だった。

「お待たせしました……」

そう言ったと同時に、大きな欠伸が出てしまう。

「昼食は私が作りますね!」

「ありがとうございます。」

今日も軽い雑談をしながら樋口さんがパパっとフライパンを振るう。

十分足らずでパラパラのチャーハンが完成し、焦がした醤油のいい香りが漂う。

「ありがとうございます。」

「いえいえ、貸してもらってるので突然ですよ。」

そうして、「「いただきます」」と声が重なる。

「そう言えば、ザットコードとステアムのフレンドコードをメモしてきたので、どうぞ!」

昼食を終えてまったりとテレビを見ていると、樋口さんがそう言って何やらかわいいキャラクターの書かれたメモを渡してくれた。

「ありがとうございます!目も完全に覚めたので、早速やりますか?」

「やりましょう!では、また数分後に!」

そう言って樋口さんは猛スピードで俺の部屋を出る。

ゲーミングパソコンを立ち上げてフレンドコードを入力すると、すぐに通されて早速ザットコードで通話を始める。

「なんか、変な感覚ですね〜」

「確かに、変に緊張しますね」

そんな雑談をしながらマッチングするのを待つ。

やがて、戦闘の舞台となるマップが自動選択され、キャラクターピックに移る。

「樋口さんはどのキャラやります?」

キャラクターは主に前衛、中衛、後衛と分けられ、前衛キャラは機動力など撃ち合いに長けたアビリティを。中衛キャラは瞬間的な索敵や味方を守るなど、前衛のカバーを行えるアビリティを。後衛キャラは引いてきた前衛を追って来る敵の足止めができるアビリティを持つ。

しかし、そんなある程度のやりやすさこそあれど、扱う人によって入れ替わる事も多い。

また、三人で一チームでの戦闘なので、「前衛中衛後衛」と言う基本的な構成から「前衛前衛中衛」などの攻撃的な構成、「中衛中衛後衛」などの守備的な構成など、チームや自分の得意な動き方によって構成が変わると言う、画期的なバトルロワイヤルになっている。

「スナイパーが好きなので、後衛キャラならなんでもやります!」

そう言った樋口さんが、後衛キャラの中でも一番難しいと言われているテクニカルなキャラクターを選択し、野良の味方が瞬間的な索敵に長けたキャラクターを選択する。

「じゃあ、前衛やりますね」

幸い、得意な前衛キャラクターができる事になり、ゲーム内で最も使用されているキャラクターを選択する。

「前衛できるんですか!?いいなぁ〜」

「前衛ができると言うより、中衛と後衛が苦手なんですよねー」

「でも、前衛って一番前で戦わないといけないから、キャラコンもエイムも追い付かなくてやられちゃうんですよね……」

「前衛がやられるのは、ダイヤ以上なら基本的には中衛のカバーが遅いからなので、全然問題ないと思いますよ?」

そんな事を話しながらの一マッチ目は、初動が三パーティー被りで、上手く漁夫られて負けてしまった。

「樋口さん、1on1しません?」

「えーでも、ヒーロー行った事あるんですよね?絶対に私が負けますよ?」

「そんな事ないと思いますよ?ヒーローの中でもかなり下の方だったので。」

「じゃ、じゃあ試しに一回やりますか。」

「そう来なくちゃ!」

そうして射撃場に入り、それぞれ同じキャラクターを選択する。

岩でできたステージのようなオブジェクトを挟み、好きな銃を二丁持って準備を済ませる。

「じゃあ、グレネードが爆発したら開始で」

「おっけーです!」

『…………ボカン!』

そしてグレネードが爆発し、一気に動き出す。

1on1では特に足音の情報が重要で、岩を挟んだ横にいるのか、はたまた岩の上に乗っているのか、それとも角で待ち伏せているのか。

「足音が聞こえませんねー角待ちショットガンですか?」

「さ、さあ、どうでしょう?」

どうやら図星だったらしく、途端に足音が聞こえる。

互いに牽制をしあい、共に少し体力が削れる。

やがて岩を登る音が聞こえてきて、ストレイフ──ジャンプをしながら左右に大きくをして岩の上に乗った事を確認する。

「なんですかその動き!?」

樋口さんは俺の動きを追いきれず、SMGを全弾外してくれた。にしても、リアクションが大きくてかわいい。

リロード音が聞こえなかったため、武器を入れ替えた事を察知し、再びストレイフで弾を消費させる。

最初に角待ちをしていた事から、ショットガンを持っている事は分かっていたけど、現環境でのtearはかなり低くあまり使われていないショットガンだった。

樋口さんって意外と天邪鬼?

やがて、樋口さんはショットガンを八発撃ち終わり、リロードに入る。

俺は樋口さんが八発目を撃った途端に岩を登り、ARでノックダウンさせた。

「上手すぎますよ……」

「いやーでも、こんなに時間かかったの初めてですよ!」

「ほ、本当ですか?」

「本当です!」

「じゃ、じゃあもう一度やりましょう!」

それから、武器やキャラクターを変えたりしながら何十回もやり、気付いた頃にはもう夕飯の時間になっていた。

樋口さんもお腹が空いてきたらしく、ゲームを終えて俺の部屋に来ていた。

「明日、リベンジさせて!」

「いいけど、普通にランクも行きたい…」

「敦人君は、もうちょっと女の子に優しくしないとモテないよ?」

「わざと負けるなんて、絶対できないな…」

俺も優姫さんもゲームをやってる中でいつの間にか敬語が外れ、せっかくだからと言う優姫さんの提案で下の名前で呼ぶ事になった。

「確かに勝たせてもらうのは嫌だけど、弱い銃からどんどん強い銃に変えていくとか、色々あるじゃん!」

優姫さんは頬を大きく膨らませて、不満を露わにする。

正直、かわいすぎるから怖くないし、今日は優姫さんの意外な一面を何個も知れた気がする。

「優姫さんは天邪鬼で、負けず嫌いで、顔に出やすいんだね。」

「なっ──全然違うし…」

「顔真っ赤だけど?」

「こ、これは怒りだから!それ以上言うと怒るよ?」

「もう怒ってるのに?」

「ち、ちがっ──馬鹿じゃないの…?」

「見た目は美人で性格はかわいいって、反則すぎない?」

「びっ──かっ──うぅ……」

優姫さんは、昨日の昼のようにガチガチに固まってしまった。

さすがにまだ美人とかかわいいとかは早かったか…?と思い、「夕飯は俺が作るよ」と逃げるようにキッチンに立った。

まあ敬語が外れたとは言っても、まだ知り合って二日目だし、早すぎるか…

葵と萌々香は入学後二日目で肩を組んでくるような人で、そう言うものなのかと思ってたけど、全然個人差のある物だったらしい。

よく考えたら、美月なんてまだ敬語も外れてないしな…まじでしくじった…

考えなしの発言に後悔しながら、春雨サラダと鮭ときのこのホイル焼きをテーブルに置く。

「いただきます」

「い、いただきます!」

優姫さんの声が、ところどころ裏返る。

今日の食卓は無言で、優姫さんが俺の表情を伺うようにチラチラと視線を送り、何度か目が合い、すぐにどちらからともなく目を逸らす。

綺麗な所作は相変わらずだけど、何も掴めなかった箸を口に運んで咀嚼をしている。

これは──まじでやばい事をやったか…

やがてお互いに夕飯を食べ終え、テレビの音が流れるだけの沈黙が訪れる。

優姫さんの方を見ると高確率で目が合って少し気まずくなるし、水を飲もうとキッチンに移動する時もずっと目で追われてる気配がするけど、なんなんだこの時間……

「ゆ、優姫さん…?その──お風呂は……」

「──は、はい!お借りします!」

そう言って優姫さんは一度自分の部屋に戻り、バスタオルや着替えを持って再び俺の部屋に入り、お風呂の方へと向かった。

その間もチラチラと俺の方を見て、目が合っては視線を落とす優姫さんがかわいかった。

──俺、この二日で何回かわいいと思わされてるんだ…?





♢ ♢ ♢





美人って言ってたよね…かわいいって言ってたよね…どうしよう…好きだ……

「脈アリなの?それとも、ただの友達…?でも、会ってまだ二日であんな事言うの?と言うか、そもそも脈ナシの人を初対面で家に入れるなんてないよね……そうだよね……」

敦人君の家のお風呂の中で、私はシャワーに打たれながらそんな自分本位な事をブツブツと言う。

敦人君は私の事を美人でかわいいって言ってて、美人でかわいい人と付き合うのが嫌な人なんている訳なくて、だとしたら…

「こ、告白するなら今日しかない…よね。」

と言うより、さっきから好きって伝えたくて、付き合いたいって言いたくて、まともに話ができないどころか目も合わせられない…

伝えたい。言いたい。早くそうしないと手遅れになってしまいそうで、友達って言う関係が確立されてしまいそうで怖い。

「敦人君!好きです!付き合ってください!」

敦人君の家のお風呂の中から私は、衣服を纏わないまま、お風呂のドアを開けて叫んだ。

お風呂が終わってゆっくりした時とか、そんな事は考えられなくて、どんな反応をしてるのかも分からない場所から、ただ大声で叫んだ。





♢ ♢ ♢





「敦人君!好きです!付き合ってください!」

突然、あまりにも大きな優姫さんの声が聞こえてきた。

俺はその声の大きさにも驚いたけど、そんな事よりもその言葉に、思わず口と目が大きく開いたまま閉じる事を忘れていた。

え、どう言う……いや、その言葉自体がどう言う意味かは分かるけど、さっきのやり返しの嘘なのか本気なのかが分からない。

なにか返事をしようとは思うけど、心拍数が跳ね上がっているせいか、大声が出ない。

お風呂の方に行こうかとも思ったけど、さすがに躊躇われる。

「私、敦人君と付き合いたいからミス白咲学園になったし、欠陥がある部屋に引っ越したの!だから、私と付き合ってほしいです!大好きです!」

再び優姫さんの声が聞こえて、何を思ったのか俺はお風呂場の方に走っていた。

「ゔぇっ!」

お風呂場に着くと、ドアを開けてお風呂の中から顔を出している優姫さんがそんな声をあげて、亀のようにお風呂の中へと消えていった。

俺は今どう言う状況なのか把握ができず、ただ言葉を発する。

「俺も──俺も昨日からずっと頭の中がかわいいとか綺麗とかばっかりで、ゲームしてる時も今まで以上に楽しくて……それに、多分一目惚れで、体育館で一目見た時からしばらく優姫さんの事を目で追ってて、だから、俺も好きです!付き合ってほしいです!」

それを言い切ったと同時に優姫さんの「ゔぇっ!」と言う声と見開いた目が脳で正確に処理される。

やばい、これはさっきのやつなんかとは比べ物にならないまじでヤバいやつだ……本当にダメなやつだ……

でも、ちゃんと近くでそれを言いたかったんだと思う。優姫さんがお風呂から出てきてからとか、そんな事は頭に浮かばなかった。

「じゃ、じゃあ──これからよろしく……」

後悔と無理矢理な自己肯定をしていると、優姫さんが亀のようにお風呂から体を斜めに首だけを出して、少し口を尖らせてそう言った。

「え、いいの……?」

今の俺は、恋愛感情を抱く女性の入浴中に脱衣所で苦悩すると言う、とんでもない変態だろう。

それなのに、いいのか……?

「も、元々は私から告白したんだし、当たり前……」

苦笑いにも見えるけど、どこかほっとしたような。そんな笑みを浮かべてそう話してくれる。

「そ、それと──見えた…?」

優姫さんが危惧しているそれは、間違いなく体の事だろう。

たった今彼氏と彼女になったとは言え、知り合ってたった二日の男に一糸纏わぬ姿を見られるなんて、嫌だろう。

「見えてたかもしれないけど、必死すぎて記憶がなくて…」

俺は事実を話したけど、こんな事は信じてもらえるはずがない。

ならどうするべきかと考えていると、優姫さんがため息をついた。

「い、一緒に入る……?」

「は!?いやいやいや!──」

「嘘に決まってるでしょ?彼氏とは言っても、まだ知り合って二日目の人に裸を見せるようなハレンチな女だと思われたくないし?と言うか、敦人君は意外とえっちなんだね〜」

「……?」

理解に苦しむ俺を見て「ふふっ」と小悪魔的な笑みを浮かべてから再び亀のようにお風呂の中に消え、「恥ずかしいので、リビングに戻って下さい!」と楽しそうな声色で聞こえてきた。

俺は言われるがままにリビングに戻り、やがて人生で初めての彼女と言うものができた実感が湧いてくる。

「まじか…俺が優姫さんと?」

気付けばニヒヒと勝手に口角が上がっていて、自分でもあまりにも気持ち悪く感じた。

出会いも突然で、関係の築き方も突然で、告白も突然で、返事も突然で──でもその全てが必然のように感じて、勝手に運命のようなものを感じる。

運命とは必ずしも過去で、その全ては更に過去の自らの選択によって繋がる。そんな悟りを開いたような思考をする。

だめだ、上手く頭が回らない。最後のあのからかいはなんなんだ……

「美人でかわいくて、天邪鬼で負けず嫌いで、人の事をからかうのが好き──しかも用意周到で、リアクションが面白くて…」

どうやら俺は、この上ない最高の女性と付き合う事になったらしいと、謎の目線で心の中で語る。





♢ ♢ ♢





「やった!やった!」

まさかこっちに走ってくるとは思わなかったけど、それは兎も角彼氏ができた。人生初めての彼氏が…

裸を見られてたらどうしようとか思ってたけど、将来の事を思えば、全然恥ずかしくない。むしろ積極的に見てほしい──いや、それは変態か…

「むふふんっ」

口角が勝手に上がって、そんな声が出る。

どうしよう、本当に変態になっちゃったのかもしれない…

「イケメンで、でもその辺のイケメンとは違って下心なく優しくて、かわいいところがあって、料理ができて、プライドはあるけど砕かれる覚悟はあって…」

どうやら私は、この上ない最高の男の子と付き合う事になっちゃったらしい!と、謎の目線で心で語る。

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