5 さすがにいたたまれないものです


 魔界の門が発生すると、聖女ユリアちゃんと勇者リヒトくんが毎回緊迫した様子で駆けつける。

 最近だとフランシスを言いくるめた研究所で、おぞましい気配を放つ空間の亀裂は明らかに危険だった。

 人間界での魔界の門の認識は、そういった禍々しいもの、危険なもので、概ね間違っていない。


 けれど、リデルが私達を案内してくれたのは、大きな倉庫にある扉だった。

 場所も商会の倉庫の一つで、大量の荷物が出入りしたとしても不審に思われないだろう。


 私が感心していると、隣に居たストロベリーブロンドをうなじで括った青年が一歩前に踏み出した。

 眼鏡の奥の瞳を不機嫌そうに細める。

 彼はフランシス・レイヴンウッド。魔界の門の専門家だ。


「ここまで的確に固定化して、任意で開閉できるなんてさすがだ。……けど、はっきり言ってこれすでにいつ瘴気が表に出てもおかしくないね」


 そう、目の前にある扉からは、肌を突き刺すようなおぞましい気配が溢れていた。

 下手すると今にも開いて、この場に居る人間全滅してもおかしくない。

 だからだろう、リデル以外の魔界側の人々はこの部屋に居なかった。

 リデルが糸目を細めて肩をすくめた。


「何度か利用すると察知されやすくなるもんで、何年かに一度閉じて移動するんですわ。俺達も見つかりにくくなりますし、一石二鳥なんですよ」


 はは、それってつまり、彼らの移動のたびに、門が開きやすくなる場所ができているってことなんだよな。フェデリーで魔界の門が開きやすくなったのは、なにも前王の実験だけが原因ではなかったのだ。

 国を守る騎士であるアンソンあたりだったら、ズバッと怒ったりしたかもしれない。

 事実専門家であり、門の悪影響を取り除く研究をしていたフランシスは顔をしかめている。


 リデルはフランシスの視線は綺麗に受け流したが、私を見て意外そうにした。


「あんさんは、怒りませんの。俺たちは人界を脅威にさらしていると、言うてますのに」

「非難する気も同情もする気もないわ。人間界他人のことなんて考えられる余裕もないほど、あなた達魔族は切羽詰まっていた。無謀でも外に活路を見出さなければ、とっくのとうに魔界は行き詰まっていたのでしょう」


 私はゲーム知識で、魔界がどのような状況なのか知っている。

 魔界には人間界ほど浄化の力を持つ者がいない。誰が凶暴化するかもわからない中で、唯一の希望が彼らの神であるカーライル神が残した予言だけだったのだ。


「いずれ人界に現れる聖剣の勇者が、イーディスの聖女と共に救世の一手をもたらす」

 という。


 行き詰まっていた魔界は、その予言だけを頼りに人間界に現れた。彼らの悲壮感と終末感は私のゲーム設定上にもかかわらず「えっぐ」と漏らしたものだ。

 そしてここは現実だ。リデル達魔族がこうして人間界で密かに情報収集をしているのなら、多かれ少なかれ、私がえぐいと漏らしたようなことが、実際に起きている。


 誰かにとっての迷惑が誰かにとっては必要な行動だったなんてこと、現実には山ほどある。

 私だって世間一般で悪いことをやり尽くしているもので。大事な物を守るための行動を非難できる立場にない。


「なにが良くてなにが悪かったのか、なんて後世の人に任せれば良いのよ。私はあなた達がいまここに居るおかげで助かってるわ」


 まあそんな風に言えないので、さっくりとうそぶくだけだけど!

 リデルは私がそう返すとは思っていなかったのか、決まり悪そうに口をもごもごする。

 ちらっと私の後ろに居る千草とアルバートをうかがうが、結局黙った。


 そうだよ、なにも言わなくていい。必要な部分だけ協力して利用し合えば良いのだ。

 あ、でもこれだけは大事だ。


 ちょっとリデルに近づいて囁いた。


「持ちつ持たれつだけど、なぜプレイヤーという単語を知っていたかは教えてもらうわよ」

「……それも、これをどうにかしてからですよ。俺は、あんさんが浄化ができるっちゅうのも、あんまり信用してないものでね」


 リデルの言うとおりだ。彼の前で私は浄化の魔法を扱ったことがない。それに浄化を扱える人間は大抵教会に保護されているのだもの。

 私は改めてえぐいものがにじみ出る扉と対峙する。


「エルア様、いかがですか」


 魔族としての勘が鋭いアルバートが確認してくるが、これくらいならステッキで大丈夫だろう。

 さあ、リデルの信用を得るために、かっこよく浄化を決めちゃおうか!


 気合いを入れた私は、携帯しているステッキを取り出した。

 だが私が浄化の魔法を使おうとしたとたん、扉からどす黒い悪意が溢れてくる。


 禍々しいものは、間違いなく魔神の力、瘴気だ。


 即座に千草が一足飛びに前に出る。アルバートが片腕で私を引き寄せて胸に抱く。

 彼の服に仕込まれた様々なものを感じながらも、着痩せする胸板を感じた。


「まだ飽和するには早い時期やのに! しかたない、ひとまず待避を、……!?」


 動揺したリデルが周囲に指示を出そうとした瞬間、彼らを光の波が飲み込む。

 光は扉からあふれ出そうとしていた黒い靄にぶつかり、ばつんっ! と静電気のように反発し合い、打ち消した。


 さっきよりも空気が澄んだ室内が、静まり返る。


「あの瘴気が一瞬でなくなりましたん……?」


 リデルはなにが起きたかわからず呆然としているようだ。

 が、原因がわかるだろうアルバートは片腕に抱いたままの私に声をかけてきた。


「いちいちかばっただけでそうなられると、守る方も困るのですが」

「完全不意打ち不可抗力なんです……」


 今回ばかりは恥ずかし過ぎて死にそうだ。私は顔を覆って恥じ入った。

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