4 ちゃんとシリアスは守ります
ちょっと彼の顔色が悪くなった気がしたがまあ良い。
「さっき言ったでしょう。わたくしのお友達には魔界の門の専門家が居るのよ。彼が安全な方法を考えてくれたわ」
そう、私にはフランシス・レイヴンウッド……ゲーム内でも魔界の門を開いた専門家がいるのだ。彼には惜しみない資金援助とアンソンの貴重な活躍シーンを褒美に働いてもらった。
結果、魔界の門を開く技術は実用段階までこぎ着けている。
瞬間、アルバートが私の前に身を乗り出した。
今にも私の胸ぐらを掴もうとしていたリデルは、アルバートが突きつけた短剣で押しとどまる。
背後では千草が腰の刀、萩月を抜き周囲を牽制していた。
あと数ミリ動くだけで命がなくなる中でも、リデルは憎々しげに私を睨むのをやめなかった。
「エルア・ホワード……自分が何をしたかわかっていますのか。あんさんの軽率な行為で人間界魔界双方が危険にさらされたんですよ」
リデルにすごまれて、私はぞくぞくとしたものを感じた。
怖いのは本当だ。
けれど何より彼が、多くの人々のために本気で怒っている姿が尊いんだ。
ああ萌え転がりたい。けれど誤解を問うためには、仮面を被っているのが一番の近道だ。
だから私もまた、緩みかける唇を引き締めて続ける。
「リデル。わたくしは『安全な方法を』と言ったわ。魔界の門そのものが悪いわけではない。魔界の門をくぐる際に紛れ込む『外部からの干渉』……魔神の支配が原因だわ。違う?」
今にも私を殺さんばかりだったリデルがひゅっと息を呑む。
「今この場に、魔法に特化した者がいないのは、魔力的に強い個体であればあるほど支配と洗脳を受けやすいからでしょう。対処できる人はいるけれど、個人の資質によるもので、全員に適用はできない」
例えばアルマディナだ。魔法に長けているけれど、彼女は一族独自の方法で魔界の門からの悪意から身を隠して影響を退けている。
私が周囲を見回すと、武器を取っていた者達はそれぞれに悔しそうな顔で無言だ。
千草に大丈夫と一つ頷いた後、まだ厳しい表情をしているリデルに向き直る。
すると彼が吐き捨てるように言った。
「それは、あなたも同じだろうに」
「よく見て、わたくしの目は何色?」
視線が合う。リデルの表情がまさか、という驚きと動揺に染まった。
私もちょっとドキドキしてしまうけど続けるよ!
「濃い緑の目を持つ者は、イーディスの加護によって唯一、外部からの支配……つまり瘴気を浄化できるわ。魔界の門への実証も私がおこなって被害は出ていない。なんなら実証実験時のレポートを見せても良い」
そこで一旦区切った私は、にっこりと笑んで見せた。
「そして、あなたが必要としていた、『強力な浄化ができる人材』ではなくて?」
リデルがなぜ人間界に来ていたか。ゲーム内では、人間界の偵察の他に、彼の主である「魔王バラク」の命により魔族達を冒す瘴気を浄化できる人材を探し勧誘を行なうことだった。
だからはじめは聖女のユリアちゃんに眼をつけるんだが、結果的にほだされちゃって、バラクに報告した結果、勇者と聖女が自分達の盟友にたり得るか、という判断材料を集めるための監視役になったのだ。
それはそれとして、浄化役の勧誘が終わったわけではない。
しかも門を安全に安定して運用する技術を持っているとしたら、それは喉から手が出るほど欲しいものだ。
リデルは気が抜けたように腰を椅子に戻す。アルバートはようやく短剣を引いた。
アルバートが元の姿勢に戻ったのを確認した私は、彼の言葉を待つ。
まあいずれアルマディナが中心となって、フェデリーをはじめとした人間界側と交渉をするのがゲーム内ストーリーなのだけど。私はその前にお邪魔しときたいのですよ。
リデルはなんとか抑えようとしていたけれど、注意深く見ていれば分かる程度には動揺がにじみ出ている。
「商談、と言いますか。あなたはどんなことが待ち受けているともわからない魔界にきて、一体何を成すつもりです?」
「なにも。と言ってもあなたは信用しないでしょうね」
こちらの意図を見透かそうとするように、リデルの眼差しは険しい。
ただ、その焦燥に少しなにか違うものが混ざっているように感じられた。
うーん? なんだろう。
けれど、さすがにこれ以降は、この衆目の中で言う訳にはいかない。
だから私は、すっとリデルへ向けて手を差し伸べた。
「知りたいのなら、手に触れてくださる?」
リデルは慎重に私の指先へ手を伸ばす。私の目的は彼に影を結ぶことだ。そうすることである程度の意思疎通が出来るようになる。
リデルが触れてすぐ、私は頭の中で話し始めた。
『私は魔界でこれから起きえることを知っています。バラク王が魔神の影響から魔界を守ろうとしていますが、限界が近いことも。それを救えるのが勇者と聖女なのです。私は勇者と聖女があなたたちと共闘できるよう見守って……必要なら影から手を貸したいの』
今までずっと、リデルには本心を明かせなかった。今も信じて貰えるかはわからない。
『みんなが納得のいく未来を迎えるために……ッ!?』
お願い、と続けようとして、リデルにぐっと手を握られた。
アルバートが即座に動き出そうとしたけど、私はリデルの表情に釘付けになった。
色眼鏡の奥の瞳は、限界まで見開かれ今までにないほど強い動揺が露わになる。
「王が魔神から国を守ろうとしていると、知っているのか」
影越しに話すというのは、かなり訓練しないと難しいから声に出すのは当然だ。けれどリデルはいつも素性を隠すために話しているエセ方言をかなぐり捨てていた。
なぜ、と思いつつも私は慎重に肯定する。
『ええ、言ったわ。獅子王バラクは魔界の有史以来、最も有能な王。そしてだからこそ、理解者を得られず、非情で冷徹な王として、魔神にたった一人で立ち向かおうとしている孤独な王。でしょう?』
リデルに握られた手に、さらに強く力が込められた。
まるで逃がさないとばかりの仕草に驚いて居ると、リデルの声が響く。
「あなたは、『プレイヤー』という言葉に心当たりはあるか?」
私はもちろん、背後のアルバートと千草も驚きに染まる。
私達の反応で、確信を得たのだろう。リデルの表情が泣きそうな安堵と悲しみのような複雑な感情に彩られた。
なぜリデルからその単語が出てくるのか。
めまぐるしく考えている間に、リデルは立ち上がり、座る私の前まで来るなり、流麗に胸に手を当て上体を傾ける。
それは、彼本来の身分である、魔国の高位貴族の敬意の表し方だ。
「招待しましょう。私達の行き詰まった故郷へ。あなたが我が王の助けとならんことを願って」
魔国もまた、何か起きている。
リデルの不穏な言葉に予感を覚えながらも、私は。
ほっぺの内側を噛んで「リデルめっちゃかっこよいことするじゃん……」という雄叫びを堪えたのだった。
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