3 糸目商人(訳あり)の滋味深さ


 と、いうわけでなんとかウィリアム宛の資料を送付したあと訪れたのは、イストワとフェデリーに面した国の、それなりに規模がある街にある酒場だった。


 もちろんアルバートと千草も一緒である。


 店内には地元客らしい人々はもちろん、交通の要所にある街だからか、フードをかぶった人間、獣人、エルフ、ドワーフ等など多種多様な人々が賑やかなに談笑している。

 店員達もはきはきと働いていて気持ちが良い。


 それなりに紛れやすい服で足を踏み入れた私は、まっすぐ店内で一番目立たない位置にあるテーブルに近づく。

 テーブルに陣取っているのは、糸目に丸いサングラスをかけた、うさんくさい中東の商人風の男である。

 プレイアブルキャラであり、勇者リヒト君達に協力しているリデル・エレル・ナビールだ。

 私が近づくと、普段会う時のへらへらした態度とは打って変わり、糸目をかすかに開いて殺気似た鋭さでにらんでくる。


 だが、エルア・ホワードである私だと気付くと、ぎょっとした身を引いた。


「エル……!?」


 驚きの声を上げかけたリデルだったが、寸前で言葉を飲む。

 いやあ、ここまで驚いてくれると、やりがいがあって嬉しいよ。

 というドヤ顔は表に出さないように、悪徳姫仕込みの穏やかさで声をかけた。


「ごきげんよう。こちら、同席してよろしくて?」

「……あんさんらはいつも神出鬼没でらっしゃいますなあ。ただ、今商売は休業なんですわ。遠慮してくださると、ありがたいんですがねえ」

「その休業中のあなたに用あったの。ねえ、


 周囲で談笑していたはずの人間達が、ぴたりと口を閉ざしこちらを注視してくる。

 顔には出さないようにしたけど、ひええ、怖いなあ。だってここにいるの全員魔界側の人々だもんね。

 魔界には人間こそいないが、エルフ、ドワーフ、獣人、吸血鬼……などなど多種多様の種族がいる。


 だからリデルみたいに、限りなく人間に近く装える者もいて、こうして密かに人界への足がかりとなる基地を作ることもできるのだ。


 周囲から浴びせられる敵愾心に、背後に控える千草もアルバートも涼しい顔をしているが、いつでも武器を抜けるようにしているのがわかる。

 そう、だから私も、堂々と向き合える。


「こちらが魔界の拠点となっているのは知っているの。あなたが獅子王に信頼されていることも」


 私もそのまま悠然とリデルを見つめていると、彼は呆れをにじませた息を吐いた。


「なんでそんな世迷い言が語れるのか、わけわかりませんわ」


 白を切るのも想定内だから、私は手札を明かし続ける。


「安心して、あなたたちの中に裏切り者はいないわ。ただ、あなたから買い取った品物と、あなたに求められた品物の行く先に違和があったのよね。そこからたどり着いたのよ」

「それだけでどうして魔界なんて突飛な発想が出てくるんです? 他国からの間者とでもした方が簡単だと思いません?」

「わたくしのお友達には、魔界の門の専門家がいるのよ」


 もちろん、知っていたのはゲーム知識で、リデルが魔界からの先鋒として来ているというゲーム知識があるからだ。けれど魔界の門の専門家、フランシスと知り合いなのも間違いはない。

 これくらいのへりくつ武装は朝飯前なのだ。


「おやまあ、ずいぶん赤裸々ですなぁ。けれど、俺から話すことはありません。お帰りください」


 場の緊張が頂点に達する中で認めているように装いつつも、その実、言質をとらせないリデルは偉い。

 必死に私の意図を探ろうとしているのだろう。

 けれど私はここに腹を探り合うつもりできたわけではない。


「リデル・エレル・ナビール。わたくしはあなた達を捕まえに来たわけでも、脅しに来たわけでもないの。商談をしに来たのよ」


 意味がわからないと鋭くにらんでくるリデルに、私は微笑のまま続ける。 


「今のわたくしは商人。あなたも内実はどうあれ商人でしょう? ならば互いを結びつけるのは利得であり利益。施しも、救済も、勇者と聖女がすべきことよ。わたくしがしたいことをなすには、あなたが持つ手札が必要なの。だからわたくしにそれに見合うだけの利得を渡す準備があるわ」


 そう、私たちは今まで利用し合う関係だったのだ。

 それを崩して従えるなんてするつもりはない。

 リデルは至極めんどくさそうな態度を崩さなかったが、私は色つき眼鏡の向こう側で、彼の糸目が微かに開いたのを見逃さなかった。

 ぐっ! これこそ軽薄糸目系男子の真骨頂ですね! 真剣になるほど微かに目が開く! 

 内心拳を握っていたら右側から強い視線を感じた。アルバートってば私が萌え滾ったのに気づいたな。大丈夫そんな表に出すへまはしないよ。


 ほら、おっくうそうにリデルが聞いてきた。


「商談と言いますがねえ、あんさん達はなにを欲しがっていますの?」

「主に三つね。一つ、魔界での拠点を作りたいこと。二つ、拠点を作るにあたり、あなたとの正式な業務提携をしたいこと。三つ、あなたの王……魔王バラクとの謁見をお願いしたいわ」


 端的に語るとリデルがぎょっとした顔をした。


「そんな馬鹿正直に言ってどういうつもりですのん!?」

「あら、欲しい物を教えて欲しいと言ったのはあなたじゃない。まずは腹を割るのは当然でしょう? このお店にはあなたの協力者しかいないのだし、気にせず話してしまうほうが早いわ」

「そうはいうても、あんさんほんと思い切りが良すぎますわ……」


 そこだけはいつも通りぐったりとため息を零すリデルだったが、ふと気づいたように顔を上げる。


「……待ってください。その三つを総括すると、魔界での協力と道先案内が欲しいと言うことになりますね」

「ええ、そうね」

はいりませんの?」


 リデルなら気づいてくれると思った、と私はにんまりと笑った。

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