2 美少女は全力で愛でるもの



 だって今のアルバートが気付いたら絶対えぐるように掘り下げて私を嬉々として追い詰めてくる!


「ううん、ウィリアムには早めにこちらの情報も渡しとかなきゃいけないから、時間をかけてもいられないわと決意しただけよ」

「俺が要約して書き送りましょうか。一応概略も把握していますし」

「やめてくださいお願いしますさすがにあなたでも心が死にます」

「思い入れがない俺の方が客観的で適役だと思ったんですが」


 アルバートは不服そうではあったけれど、提案を押しつける気はないらしい。

 ほっとした私が紅茶をすすっていると、アルバートが再び話しかけてくる。


「王子に書き送る必要があるのは、ここから先の展望ですよね。でしたら一度確認も込めて話すのはいかがですか。俺たちも対策を協議しなければならないでしょう?」

「確かにその通りだ。さすがアルバート」


 そこでさすがといわれても、と苦笑する所まで超推せる。

 やっぱり私の好きな最強従者様なのは変わらなくて、肩の力が抜けつつ、私はシナリオノートを開き直した。


 アルバートも置いてある椅子の一つを引き寄せて聞く姿勢に入ってくれた。

 その手にはいつの間にか、ウィリアムから書き送られてきた記録がある。アルバートもすでに一読していたが確認のためだろう。


「王子が魔神討伐に足る戦力と装備、両方を整えた例はないようですね。魔神に対する有効な手段を模索しているうちに時間切れという雰囲気でしょうか。とはいえ、それも数年先ですが。このあたりでずいぶん様子が違いますね」

「そうね、私の記憶だとまず今後二年くらいで魔神との決戦に持ち込まれるからね」


 ハイエルフの試練を乗り越えた勇者リヒトと聖女ユリアは、魔界と人間界が同じ世界であり、魔神を退散させるために分かたれた事を知る。

 そして、魔神を封じたために秘される事になった、もう一人の神カーライルの存在も。

 カーライル神が残した魔神への対抗手段が聖剣だったのだ。

 魔界はけして、悪ではない。

 人間界と魔界の狭間に閉じ込められてもなお、魔手を伸ばすこの世界の外から侵略してきた未知の存在、魔神がすべての元凶だった。

 リヒトとユリアは魔族と和解し、カーライルが残したさらなる対抗手段を求め、アルマディナを案内役に魔界へ行く。

 そして、魔界で出会った仲間達と共に、降臨した魔神を倒す最終章へ突入するのだ。


 この魔界編とも呼べる四章は歴代シナリオの中で最長のボリュームを誇っていたため、おそろしく濃密だ。

 作中の描写でも時間経過がかなり曖昧になっている事もあり、考察した勇者達の中でも意見が割れていたが、最低二年に亘っているだろうといわれていた。

 こうして現実に存在する歴史をシナリオに落とし込んでいるのはいったいだれなのだろうな、とは思うけれども。ひとまずは置いておこう。


「魔界編は私のスタメンメンバーだった子がようやく登場してくる章なのよね……」

「勇者と聖女に深く関わって来るのでしょうか」

「うん、セルマサルファ=ラジュル・ディーンは、魔界の巫女よ。聖女がイーディスの力をえているのなら、セルマサルファはカーライルの力を得る手段を守っていた一族の出身なの。アルマディナの妹である彼女と知り合って信頼を得て、お互いを助け合う存在になる過程が、ほんと、ほんと尊いんですよね……!」

「ふむ、なるほど。俺たちと一緒に使っていたということはプレイアブルキャラでしょうか」

「その通りです!」


 魔界の巫女、セルマサルファ……愛称セルマは、魔神の状態異常である「畏怖」を事前に防げる状態無効と状態異常解除の両方を持っているだけでなく、火力支援まで行える、すばらしい性能を誇っていた。攻撃こそいまいちだったが、攻撃型のキャラを強化すればもうえげつないくらい輝くいわゆる人権キャラとしても知られていたのである。


 もちろん外見が藍色の床に着きそうなほど長い髪に真っ白い肌の幼げな容姿。極めつきは一対の角という美少女ぶりビジュアルだ。勇者達の間で「セルマちゃんを愛でる会」が発足されていた人気キャラでもある。


「もちろんセルマちゃんは一族を守ってカーライルの意志を伝えられるのは自分だけっていう気負いがあるから、素直に守らせてくれないクールな対応で自他に厳しいんだよね。私も始めはこの幼女怖って思った。けどだんだん気負いすぎた上の虚勢だってわかってくるし、だからアルマディナがセルマちゃんが背負わされた宿命から救うために頑張る姉妹愛が尊いんです。趣味が少女小説を読むことや、お姉ちゃんのアルマディナにだけは、ほんのちょっぴり軟化して甘えられるところが最の高にかわいいんだけどもっと甘えていいんだよおぉぉと思うわけですよ」

「あなたの熱意の激しさはよくわかりましたし、客観的に見ても確かに重要な人物ではありそうですね。重要人物に接触さえすれば、勇者達なら無事に縁をつなぐでしょう」


 私がヒートアップしかけてもアルバートは平静に受け止めてくれる。

 ぶれないのありがたいですねすみません。

 それにさりげなくアルバートのリヒトくんに対する評価が上方修正されていてにっこりとしたくなった、内心にとどめておこう。気付かれたら隠しちゃうだろうしね!


 力説していた私は、呼吸を整えて次を考える。


 ウィリアムが教えてくれた近況からして、そろそろ魔界編へ入るイベントに突入する。それまでに、私達も魔界に入り込む算段は付けときたい。色々寄り道をしてしまったが、魔神討伐戦までのシナリオである四章は、かなり超長期にわたる内容だった。猶予は充分にある。


 それに、と私はアルバートを見る。今までだって不確定要素も不測の事態も何時だってあった。だけど彼と私の仲間達だったら、きっと乗り越えられるのだ。

 私の視線に気づいたアルバートが従者の顔に戻った。


「では次の一手は……」


 ゆるりと口角を上げたアルバートは今日も最高にかっこいい。

 そんな彼の問いに私は意気揚々と答えた。


「一足先に行くわよ、魔界」

「では、王子への書き送りも、早く済ませなければなりませんね」


 キリッとかっこよく決めた私は、アルバートに華麗に本題と現実に戻され肩を落としたのだった。

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