四章

1 一般人への説明には苦労します




 私ことエルア・ホワードは絶賛うなっていた。

 万年筆と推敲用の紙を前に、頭を抱えている構図である。

 ちょっと前にあったエモコミ修羅場と似たような状況だが、これは趣味ではなく、最優先すべき至って真剣な重大事案なのであった。


「まって、これどこをどうやってウィリアムに送ればいいの……」


 目の前にあるのは、門外不出秘蔵の品とも語るべき、シナリオノートと考察ノートだ。

 彼のコネクトストーリーを通して、この世界のループ記憶を持つと知ったウィリアムと共闘……というか、文通友達になった。

 彼はすこぶる本気だったらしく、早速手紙が届いたのだ。

 しかもウィリアムが覚えている限りのループエンドの記録と共に。


 重要なループの記録だけが抜粋されているとは思うが、それでも本に偽装して送るくらいには分厚い代物だった。しかも簡素に書かれているにもかかわらず、こちらの情緒をめっためたにしてきた。

 読み終わった後は、半日くらい千草にひっついて癒やされていたくらいである。


 まあ、それは置いといて。ウィリアムの意図は、彼のループ記憶と私のゲームシナリオ知識をすりあわせ、相互理解と今後の展望を共有したいということだ。

 なら、私もゲームシナリオを送るために、こうしてまとめにかかっているのだが。


「私のシナリオ記録って、エモシーン萌えスポット観察タイミング備忘録でもあったの忘れてたわ……考察の方も誰かに見せる気もなかったから妄想垂れ流しだしどこから手をつけていいか全然わからん!」


 必要な情報とそうでないかの情報の選別が一向に進まないのだ。

 だってそうだろう!? エモファンのシナリオは、すべてライターさんによって面白さとキャラクターの見せ場が存分に引き出されたものなのだ。


 ソシャゲの宿命としてある程度のランク付けをされているが、どんな低レアと称されるキャラクターでもまるで目で見て聞いてきたように細やかに描写されていた。

そしてキャラクター達の関係性、勇者が拘わることで生まれる情動……ありとあらゆる場所に尊みが詰まり沼が広げている。

 私が覚えたのはそんなエモみからだったもんだから、自然と書き方がシナリオの読みどころ集になってしまっていたのだった。


「これをウィリアムに見せるなんて羞恥で死ぬわ。とにかく削って……いやここは超重要シーンなんだから関係性含めて出さないとだめだし、そうするとこのエモポイントもそのまま送んなきゃいけない。えっ無理みが過ぎないか」


 まじめにどこを削ってつなげて要約するかわからない。かといってこのまま書き写して送るのは言語道断だ。

 せめて、これからの展開だけでも早めに送りたいのに、自分の羞恥を捧げる究極の二択を迫られているなんてハードル高すぎないか。


 私が頭を抱えていると、静かにソーサーとティーカップが傍らに置かれる。

 馥郁とした香りが立ち上る紅茶を置いたのは、黒い手袋の手だった。

どきり、と勝手に心臓が変に脈打つ。

 そろそろと顔を上げると、そこには、黒髪に紫の瞳をした怜悧さを帯びた美貌の推し、アルバートがいる。

いつも通りの燕尾服をきっちりと着こなしているが、どこか漂うような色香と引きつけるような何かがある、ような気がする。


 だがあの夜に見せた色などみじんも感じさせず、彼は平然とした顔で私を見返した。当たり前だ今は業務中である。


「エルア様、石のように固まっていても、獣のように唸っていても原稿ができるわけではありません。いったん休憩入れて仕切り直されてはいかがでしょう。ほら、眉間にしわが寄っています」

「っ!」


 手袋に包まれた指先が伸びてくる。それで思い出してしまった私は、がたり、と身を引いてしまう。

 これだけ至近距離でのぞき込まれたら、以前の私ならアルバートの顔の良さに見とれて召されていた。けれど、今は代わりに顔が赤らみ言葉が出てこなくなるのだ。


 失礼極まりない反応をした私にアルバートは目を細める。

 いつもの有能従者様の態度でありながら明らかに緩み嬉しそうでいて、獲物をいたぶるような愉悦が混じっていた。


「そこまで意識されるのでしたら、もっと早めに行動に移せば良かったですね」


 指摘されてしまった私はますます赤くなるしかない。

 そう、先日私はゲームの頃から最推しだった彼と恋人から一歩進んだ。ちゃんと想いを通じ合わせた合意の上だったし、後悔はなかったし、萌えの海に沈んで私が壊れて失敗したとかそういうこともなかったんだけども、なんかなんかもうなんかなんですよ!


「だって空良とか察しの良いうちの子達は翌日には知ってたし祝いのケーキまで焼こうとするし、わざわざ二人っきりになるように仕組んできてるでしょ!? 意識しないでいられるわけないじゃない!」

「おや、周囲のせいにされるのですか?」


 ちょっと眉を上げるアルバートは一番使用人達からつつかれているだろうに平然としている。

 私がここまで振り回されているのが年齢に似合わず子供っぽく思えて来たけど、同時になんか悔しくなってきたぞ……。


「……アルは意識しないの」


 じと目で見上げて問いかけると、アルバートは口角を上げて言ってのけるのだ。


「していますが? あなたが俺を見るたびに顔を赤くしたり、指を視線で追ったりしてくださって、推しに対するものとは違う反応をしてくださいますから。可愛らしいところもあるものだと感心しておりました」


 明らかに面白がりながらも、紫の瞳にあるのは蕩けるような熱だ。恋情、と表するしかない色を見つけた私は、もうひれ伏すしかない。

 うっ、だって前より何倍も格好良く見えてしまうのだ。推しのポテンシャルが果てしなく高すぎて溶ける。溶けた。自分が生きているのが不思議なくらいである。

 あんなことをされれば、アルバートが私を好きでいてくれるのは紛れもない事実として受け止めるしかない。


 だけど、彼がこれだけ私を好きでいてくれる理由というのは、そういえばあまりはっきり聞いたことがない気がする。


「どうかしましたか?」


 アルバートが問いかけてきて、思わず訊ねかけた私だったが、寸前で思いとどまる。

 まてよ、それ絶賛付き合いたての恋にお花畑な恋人がするやりとりでは?

 しかも現在の私はアルバートからの過剰供給を消化仕切れない状態である。この上でそんなことを聞いたら今度こそ鼻血吹き出して再起不能になる。

 よし、もう少しまともに会話できるようになってからにしよう。


 決意するまで0.4秒ほど。私は全力でごまかすことにしたのだった。

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