鉄板ネタはうますぎる4
口をつぐむアルバートの方は見ず、私はまっすぐガルラーニさんとピエルを見た。
「ホワードさんどうかしたのか」
「ごめんなさいね。話の腰を折ってしまって。ガルラーニおじさまの意図はよくわかりましたわ。ずっとわたくしの事を目にかけてくださいましたもの、そのお気持ちは嬉しいですわ」
「ならば……」
「けれど、先に誤解を解いておかねばなりませんわ」
身を乗り出そうとしたガルラーニさんは、私のきっぱりとした言葉に、意気をそがれたようだ。
私は微笑しながら続けた。
「学びに来たいと言われるのでしたら、受け入れることは構いません。未来に投資することがわたくしの喜びですもの。……けれど、ピエルさんがわたくしの所でしたいのは、わたくしを利用して、己の手で野心を満たすことでしょう?」
私があけすけに言うとは思わなかったのだろう、ピエルの自信満々な顔が硬直する。
けれどそこはさるもので、すぐに我を取り戻すとかろうじて隠していた野心を露わにして目を鋭くする。
「それはあなたも同じでしょう? 僕とそう変わらない年齢で、我が父と対等に渡り合っているんだ。更に僕が居ればより多くのことが出来るようになりますよ」
彼の言葉に、私はすっと表情を落とす。熱弁を振るっていたピエルが、なぜか驚いた様子で言葉を止めてくれた。助かるよ。
私はそのまま足を組み、膝にゆったりと手を乗せる。体を背もたれに預けた。
「わたくしが求めるのはパートナーではなく、優秀で有能な部下ですの。わたくしの意図を把握し、わたくしの望む結果を出し、わたくしが歩む道を作る者ですわ。利益を上げることはその次いでなの」
そう、私がどうしてお金を稼ぐかといえば、すべてはこの世界を私の知るストーリー通りに進ませるため、ひいては推しに気兼ねなく課金をするためだ。
特に今は本編ストーリー真っ最中で、商売は最高に信頼できる人にまるごと放り投げている状態である。ピエルが望んでいるだろう、野心を持って事業を拡大し、上り詰めていくターンは終わってしまっている。もし、うちに来たとしても、ピエルにとっては居心地が悪い事だろう。
そもそもピエルは、一から会社を立ち上げて色々するほうが向いている気配がするのよね。ベンチャータイプというか、だから私を落とすよりは、自分で作り上げた方が良いよ。
私がしみじみとしていると、ピエルの表情が硬くなる。心なしか、顔色が悪い。
「僕の能力が不足しているってことですか」
「と、いうより、あなたに向いていないかしら? わたくしには、事業よりもすべきことの為に、利益とは違うものを求めることがあるわ。金銭や金銭的利益に繋がる以上に大事なものなのだけど、理解できずともわたくしの言葉に従えて?」
その顔が「無理だ」と明らかに語っていた。
うんうんだよね。そして私は理解をしてもらうために時間を割くことができない。私の近くにいる人たちは、わからなくても私を信じてくれる。
ピエルが望む位置に来たいのなら、理解と納得を示してくれなければまず無理だ。そして……
「私の考えを把握し動けるのは、アルバートだけなのよ」
これが一番言いたかったのだ。様子がおかしいだろう私を許容して、私の手足となって働いてくれる超人ぶりの上に日々萌えまで供給してくれる人材は唯一無二である。つまりアルバートを過小評価したピエルくんにかちんと来た私の私怨なのだ。
なにより私の性癖を把握した上で華麗に操縦することなんて、最推しである彼にしか出来ないもの!
ちょっとどや顔気分で私が振り仰ぐと、アルバートが若干呆れた様子ながらも、軽く頭を下げてみせた。くう、やっぱりこれこれこの角度だ! 自分の体さいこう!
と、ちょっとだけ口元が緩むのを感じつつ視線を戻すと、ピエルがかっと顔を赤らめる。おや? と思いつつも、私は言葉を続けた。
「損得でいうならば、わたくしは今初めて出会ったあなたを側に置く利点は見つけられない。けれどガルラーニさんの顔を立てて、あなたを最大限の能力を発揮出来る部門へ送ることはやぶさかではないわ」
ピエルは賢そうだし、商会部門のどこかに所属して貰えばめきめき伸びるだろう。そういう方向でなら構わない。ピエルには酷だけれどきっぱり言っとかなくちゃ。
「それでも、わたくしの所にくるかしら?」
「う……」
首をかしげながら問いかけると、ピエルは口ごもる。
む、これが私が提示できる折衷案だが、あーやっぱりプライド傷つけちゃったよね。すぐには答えられないのも無理ない。
私はアルバートを振り仰ぐ。
「アルバート、次の予定は」
「……せまっております。切り上げさせていただいた方が良いでしょう」
アルバートの答えに私は一つ頷くと、ガルラーニさんに向き直った。
「ガルラーニさん、わたくしはけしてあなたとの信頼を崩したくはありませんの。けれど、わたくしとあなたは投資家と実業家、少しだけ考え方が異なります。ですからこのあたりで手を打ってくださいな」
「……血よりも濃い絆、というものか」
ぼそりと呟いたガルラーニさんは、私が交渉中ずっと感じていた威圧を解いた。
「君という存在を読み誤っていたわしの敗因だ。商人として利益を提示出来なかった。今は引こう」
「おじさまは心配性ですわ。あなたが今まで通りの経営をする限り、わたくしは協力を惜しみませんのに。こんなことされてしまうと、わたくしは今まで通りのお付き合いができなくなってしまうわ」
たとえばこうしてガルラーニさんが婿を斡旋しようとしたことが、今日の集まりにいたおじさま達にばれてみろ。私は他の人からもお見合い攻勢をされるんだぞ。そうなったら、私は彼らと距離を置かきゃいけなくなる。双方に不利益なんだ。
「わたくし、おじさまと気軽にお話が出来なくなるのは、とても残念だわ」
ガルラー二さんの武勇伝はそんじょそこらのご自慢おじさまと比べものにならないくらいぶっとんでて、いろんな国の風習や暗黙の了解まで知れて面白いしためになるもの。
私が若干恨めしくガルラーニさんを睨むと、彼はようやっと気づいたらしく若干弱った顔になる。
「そう、そうだな。ううむ。わしが先走りすぎたな。埋め合わせはしよう。にしてもまいったのう……利益よりもわしと話すことの方を優先するとは、ホワードさんはどうにもひとたらしだねえ」
うんん? 私今めちゃくちゃ頭を回転させてガルラーニさんが納得してくれる落とし所を探していたんですけど、人をたらした覚えはない。
でも、ガルラーニさんの反応からして納得してくれたようでほっとした。
ガルラーニさんは立ち上がると、背後で呆然としていたピエルの肩を叩く。
「ピエル、すまんがひとまず帰るぞ。あまりホワードさんの時間を奪ってはならん」
ガルラーニさんに声をかけられてピエルはようやく我に返ったようだ。
何か言おうとして口をつぐんだあと、頭を下げる。
私はなんとか丸く収まったことに内心ほっとしつつ、彼らを見送ったのだった。
*
長い一日が終わった翌日、ガルラーニさんからお詫びの手紙が来た。
さすが商売人らしいフットワークの軽さだと思う。
書斎で手紙を開き一読した私はちょっと驚いた。
「ピエルくん、全部条件を飲むから私の所で働きたいそうだよ。意外だな」
もちろん否やはないけど、ああいう才気煥発な子のプライドを逆なでしたつもりだ。このままお詫びだけで終わると思っていたんだけど。
けれど手紙を持って来たアルバートに驚きはないようだ。むしろやっぱりという顔をしている。
「ピエルは、己の能力を見抜かれその上で、『必要ない』と拒絶されるなんて初めてだったでしょう。さらに、全幅の信頼をされて、十全に力を発揮すればあなたがどのような扱いをしてくれるか、ガルラーニ氏との対話や、俺とあなたのやりとりで見せつけられたんです。言わば、完全に敗北した。ならば、あなたが目指す物を見てみたい、なによりあなた自身を知りたいと魅了されるのも当然ですよ」
「ええ、魅了って」
「とどめにガルラーニ氏を丁寧にたらし込んだあなたの反論は聞きません」
聞かないことにされた。私はちょっと不満だったが、返す言葉も見つからないので、渋々万年筆を取る。
「では予定どおりに?」
「うん、ユルゲンさん人手が欲しいって言ってたから、そっちに。ピエルくんは若くて体力あるから、忙しくても大丈夫でしょう」
ユルゲンさんは、私がまだエルディア・ユクレールの頃から経営部門を引き受けてくれているおじさまだ。私達とも目的を共有している彼なら、ピエルのこともわかってくれた上で、良い感じに使ってくれるだろう。利益だけに集中できるから、ピエルにとっても良いはずだ。
そう話すとアルバートも納得したようだ。
「多少ユルゲンには文句は言われるでしょうが、彼も己の利益には忠実ですからね。ピエルも馴染むでしょう」
うんうん。私が手紙を書き上げインクが乾くのを待つ間、私はもはや反射の域でアルバートを眺める。
近くの机で書類の整理をしている彼の横顔は完璧に整っている。昨日はあの体でいたのが夢だったようだが、確かにアルバートの視点で私は彼が見ていた私の姿を見たんだ。
いやあ、ほんと衝撃だった。今のうちに何度も思いだして記憶を定着させようね……。
と考えていると、ふっとアルバートがこちらを向いた。
「えっ顔が良い」
またつい言葉がこぼれたが、アルバートの顔は珍しくちょっとだけ安堵に染まった。
「祈られるのは相変わらず困惑しますが、やはり、あなたはその姿のほうが良い」
「アルバートが安心するなら良いんだけれど……」
無意識に手を組んでいた私はいそいそと解きつつも、アルバートの言葉にちょっと複雑な気持ちになる。
こうしてエルディアの体に戻ると安心感がある。OLだった頃の記憶もあるし宙ぶらりんなつもりだったけれど、もう十年になるんだ。馴染んでいるのだなあと改めて実感した。
私は本来のエルディア・ユクレールではない。もうずいぶんとストーリーが進行して、本来の彼女が戻ってくる可能性は低くなっているけれどもね。
そうすると、ちょっとだけ気になることもあるわけで。
私はそろりと、アルバートを見上げる。
「アルバートそのう……私に入ってたとき。どう、でした?」
私が言いよどみつつ迂遠に聞くと、アルバートは少し目を見開いたあと意味深に目を細めた。
「おや、聞かれないから気にならないかと思えば、そうでもなかったのですね?」
「アルバート、全く動揺してなかったからスルーしてたし、正直いまさら感がありますが……。でも、衝動がないって状態は久々なのかなぁって」
私がアルバートの体で感じた色々は、アルバートも私の体のときには感じていたはずだ。衝動がないときの状態を。
「アルバート、必要な時はちゃんと言ってよね」
結構真面目に言ったのだが、なぜかアルバートは不満そうだ。ええ、その反応は予想外なんですけど?
「あなた、俺を信用し過ぎじゃありませんか?」
「どうして? 私がアルバートを信用しない理由がどこにあるの?」
「はっきり言わないとわかりませんか」
本気で意図がわからなくて困惑すると、アルバートに呆れのため息を吐かれた。
「俺はですね、唯一ともいっていい、
意識が宇宙を飛んだ。
………………あ、え? アルバートさんすっごく平然とした顔で一体何をおっしゃいました?
自分が重大なことを見落としていたかもしれない事実に、緊張と動揺が一気に押し寄せてくる。
「ままままってあるばーと、でもあなた女体化に慣れているっていって、いってた……」
「俺が女性の体に慣れているのは本当ですがね、俺の体であれだけ動揺して正体をなくしていたあなたならわかるでしょう。特別な存在として見ている相手に対して、平然とできますか?」
その曖昧に笑んだアルバートに対し、私は返せる言葉がなかった。だって散々醜態をさらして見せつけてしまった事実が否と口に出来ない。
彼が、エルディアの……つまり私の体でいる間、一体何を考えて、感じていたのか。想像するのをやめようと思っても私の溢れる妄想力がどんどん回転していく。
はくはくと口を開閉するしかない私の顔が真っ赤になっているのは、彼も把握しているだろう。
椅子から立ち上がったアルバートが、ゆっくりと私の机の向こうに立つ。
目には意地悪そうな色ですっと私を見下ろした。
「あなたは華奢でしたね。作り込まれた人形のように整っていた。けれど少し力をこめれば痕がついてしまいそうなほど柔らかい肉を持っている。普段のあなたはよくあのような頼りない体で、俺の前に立っていますね。あっという間に、食べられてしまいそうだ」
「ひっ」
机の上に置いていた手首をなぞられ、ぞくりとする。確かに、私がアルバートで居る間、私はとても小さく、華奢に見えた。端的に言うと可愛かった。あれが普段彼が見ている私だとしたら……
私の心臓がドンドコ踊っているのに気づかないわけがないだろうに、アルバートは肩をすくめて見せた。
「まあけれど、欲情はしないようです。やはり俺は、あなたが体の持ち主でないと大して感慨はわか」
「そんな単語使わないでくださいあなたが口にすると余計破廉恥です!!!」
欲なんて感じません、はっそんなものコントロールできるって顔してるからこそ、直接的な言葉を使われるとハートにダイレクトアタックレベルで破壊力が増すんですよ!!!!
私の理性が消し飛ぶ前に叫ぶと、言葉を切ったアルバートは愉快げに微笑んだ。
「やっと意識しましたか?」
「意識せずにいられたらどんなによかったか……。ふええアルバートがこわいよう」
「あなたでしたら、多少のいたずらは許しますよ。いくら近くに居たとはいえ、目の届かない所にいた間もありましたからね」
「やめてください、許してくれるあなたが私でいる間に何をしようとしたのか想像の翼が羽ばたきまくって暴風になります」
気づきたくなかった。すごく知りたい気持ちがある中でこれ以上知ったらやばいことになる私は知っているんだ。だから、と手に顔を埋めて衝動を堪えていると、アルバートが頭の上で笑う気配がした。
「まあ、それはともかく。あなたが気を使われる必要はありませんよ。俺の衝動に嫌悪を覚えるのではなく、案じるあなただからこそ、入れ替わっても俺は慌てなかったのでしょうし」
「その信頼は嬉しすぎる……」
そんな一言で私の心は簡単に喜びに染まる。ほんとアルバートは私の操縦がうまい。
そろりと顔を上げると、なぜかアルバートは好奇心を宿して私を覗き込んでいた。
「ところで、俺はここまで言ったんですよ。あなたのほうこそ本当に、俺になって『解釈違い』以外の感想を抱かなかったのですか?」
「え、ええ……それを聞くんですかアルバートさん」
私が怯むのも織り込み済みで、いっそ楽しげなアルバートは私の前に来てテーブルに手をつく。
「それはもう。貴重な経験でしょう? あなただって感情を揺らがせる事以外にもあったんじゃないですか」
「推しに情緒を崩す以外ですと……」
アルバートが何を言わせたいかはわからないが、これは何か言わないと引き下がらないぞ。でもそうじゃなくとも、感想なんて言えばほとんどセクハラになっちゃうのでは……?
私は動揺したが、一つ語っても問題ない事を思いだした。
「そうそう! アルバートの間、お嬢さんにめちゃくちゃ注目されたり話しかけられたよ! 女の子にあんな風にきらきらした目で見られる経験ってないからちょっと楽しかったわ。アルバートが改めてイケメンだと思い知りましてさすがだと……てどうしたの」
もちろん毎日ああいうことに遭遇すれば大変かもだけれども、イケメンパワーを実感するのは興味深かった。だから笑顔で語ったのだけれど、アルバートが大変微妙な顔をしている。
「そこで嫉妬が起きないのがあなたと言えば、あなたでしょうか……」
「ええでもアルバート、口説いてくる女の子に興味がないでしょう? むしろ嫌いだし、ならなにも思わないわよ」
大変だなあとは思うけど、アルバートが歯牙にもかけていないのに、どうこう感じないわ。さらりと返すと、アルバートは、一瞬気の抜けた顔をした。
「……それは、俺が気にするのなら、嫉妬すると言っているようなものでしょうに」
「アルバート?」
小さく呟かれた言葉は、元に戻った私には聞こえない。
案の定、問いかけても答えずアルバートは私を覗き込んでくる。
「俺は今回の一件で改めて思いましたよ。あなたは無自覚に人を魅了しますから、俺がきちんと見ていないと気が休まりません」
黒髪が彼の顔に影を落とし、紫の瞳を色濃くする。逃がさないと強い熱を込めた表情は、彼自身の美しい容貌をさらに魅力的に見せている。
ずっと見飽きることない美しい顔がふっと笑んだ。
「だから、これからも俺に骨抜きになっていてくださいね」
私は息が止まりそうなほど、魅入られる。ああもう無理だと思うのに、優しく自分だけに向けられる笑みから目が離せないのだ。声を出せば悲鳴になりそうで、こみ上げてくる熱と衝動を堪える為に手を当てて、必死にこくこくと頷く。
笑みを深めたアルバートが満足したと思い、私は一瞬安堵したのだが、ふわりとアルバートの香りが近づいてくる。
いくらもたたず額に柔らかいものを感じた。
私がぽかんと見上げると、アルバートは今度こそ紫の目を細め満足げな顔をしていた。
「やはり、この目線が良いですね。……さて封蝋の準備をいたしましょう」
「……ッ……ッッ!!」
アルバートは私の動揺などお構いなく、ランプに火を付けると、スプーンを火にかけて封蝋を溶かしだす。
便箋のインクはすでに乾いていたが、私は封筒に入れる気力もなく、机に突っ伏した。
恋人になったとはいえ、推しから過剰供給を受けすぎて死んでしまいそうだ。
私だって嬉しくないわけではないし、恋人になった以上、いつかは慣れる必要があるのも分かっている。
それでも言わせて欲しい!
「もうちょっとだけ、ファンサ手加減してくださいませんか……」
「嫌ですね。これからのためにもっと慣れてください」
にべもないアルバートに、私はトドメを刺される。
骨抜きにならないわけがないのに、今日も私の最推しは容赦がないのだった。
鉄板ネタはうますぎる 了
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