鉄板ネタはうますぎる3

 その後は和やかにすんで解散となった。


「ホワードさんといると飽きないね。次の日程も同じように頼むと伝えてくれ」


 彼らの顔は、ちょっと刺激的な余興を見た時のように昂揚していた。いつもの私なら、部屋で別れたっきり玄関先まで送ることはないから、彼らが少年のように楽しげにしているとは知らなかったな。

 ただ、他の参加者が見えないところで、ガルラーニさんに肩を叩かれた。


「この後、頼むよ」


 私は内心疑問符を浮かべたが、訊ね返す前に彼は去って行ってしまった。

 彼は基本的に仕事が出来る良いおじさまなんだが、無礼と判断した相手は今回のように徹底的に排除しようとするんだ。身内意識が強くて、彼の部下には慕われているから事業自体はうまくいっている。幸か不幸か私を取引相手として気に入ってくれているとはいえ、ああいう排他的な対応を見るのはちょっとなと思うのだ。

 ごく初期になんだけど、うちの副会長に粉をかけていたこともあるし、ガルラーニおじさまはやっぱり油断ならないのよね。  

 私が借りている部屋に戻ると、上品なドレススーツを身に纏った少女、アルバートが資料に目を通していた。

 いつも折り目正しくしているから、その佇まいは一見変わらないように見える。だが私は指先の仕草や、紙をめくる手つきにアルバートの気配を感じて、頬が緩みかけた。

 けれど、その眉間に少々皺がよっていることに気づく。

 アルバートは私が扉をしめるなり、話しかけてきた。


「エルア様、夜の面会相手に対する交渉の方針ですが……」

「その前にアルバート、ちょっと休憩しよう」


 ここまで持って来ていたティーワゴンを指し示すと、アルバートは瞬く。


「慣れない事をして疲れているだろう? ほとんど食べ物に手を付けていないし、ね? 千草もおいで」

「うむ、ご相伴にあずかろう」


 アルバートは、さっきもその前も出していた茶菓子やお茶に手を付けていなかったのを見ているよ。いそいそと千草が椅子に座る代わりに、アルバートは小さく息を吐いて立ち上がった。


「あなたも少し座った方が良いでしょうから。俺が淹れます」


 アルバートは流れるように、ティーポットとカップを取り扱いはじめる。

 美しい令嬢が給仕をする姿はとても絵になるし、アルバートの動きそのままで見惚れるしかない。と、いうか気が抜けたとたんぞくぞくと感情の波が襲ってくる。


「主殿……大丈夫か」

「気合いでなんとかする」


 普段の千草なら、背中に手を添えてくれるが、さすがにアルバートの体には同じ事が出来ないのだろう。手はふらふらと空中をさまよっている。

 そうだこの体はアルバートのものなんだ。普段通り情緒を崩すようなことをしてはいけない。彼に嫌な気持ちをさせたくないのだ。

 だから口元を隠して堪えたのだが、アルバートは気づいたようで微妙な顔になっていた。


「ごめんアルバート」

「仕方ないでしょう。あなたの性分なのですし。で、何が今回あなたの琴線に触れたんですか」


 肩をすくめるアルバートの肯定で、私は深く息を吐いて組んだ両手に額を預けた。


「アルバートがしていた私の芝居が、とても悪徳姫の雰囲気抜群だったんです。まさか客観的にお会いできると思っていなかっただけに感涙にむせびました。ただこれがアルバートから見た私かと思うとかなり複雑なお気持ちになりまして……」

「うむ? 拙者外で会話は聞いておったが、アルバート殿の主殿の芝居は、公的な場におられるときの主殿らしかったと思うが」


 千草に不思議そうに語られて私は呆然とした。嘘でしょ千草まで……? 


「なぜ衝撃を受けているんです。先ほどの俺が悪徳姫に似ていたのでしたら、それがあなたが演じた姿です。つまりあなたはあなたの感じた悪徳姫を演じ抜けたことになるのですから、喜んで良いのではありませんか?」

「そう、そうよね……」


 エルディア様を再現出来たのなら良いことだ。ゲーム内の彼女は私の心を鷲掴んでいったのだから。アルバートを通して私は悪徳姫の供給を受けられたわけだ。うわ、私はなんて贅沢なものを見たんだこんな幸せに沈めるほど私いいことしたっけ。まあいいやアルバートの許可を得たことだしこのパトスに身を任せてしまおう。


 栗色の髪と緑の瞳をした美少女であるアルバートが、お茶を飲んでひと心地つくのを私は若干やに下がって眺めつつ、時計は気を付けていた。

 私の付き人をするアルバートがしなければならない仕事は膨大だ。にわかとはいえ私が代行するものである。まあこの時間帯は、比較的時間に余裕があったから休憩をしてもらったんだけどね。移動時間を含めても充分動ける。

 と、思っていたら、千草が兎耳を動かした。


「誰かが近づいてくるな」


 私も千草の言葉の後すぐ外から足音を拾い、まもなく扉が叩かれた。

 一瞬アルバートが腰を浮かせかけたが、自分が私の体だと思いだして躊躇する。

 すでに立ち上がっていた私は、警戒しながら扉を開く。

 そこに居たのはガルラーニさんだ。戻ってくるとは思っていなかっただけに驚いたが、彼はその後ろに十代後半くらいの青年を伴っていた。顔立ちがガルラーニさんとどこか似ている。


「やあベネット。ホワードさんには話をしていたのだが、大丈夫かね。息子を連れてきたから紹介したくてね」


 用向きを聞く前にガルラーニさんが言った言葉で、私は彼が話したい内容を把握した。

 さらにガルラーニさんがそのことをアルバートにも話していた様子な事を知る。

 背後を振り向くと、アルバートは落ち着き払った態度で言った。


「ガルラーニさんがいらしたの? アルバート、通して差し上げて。先ほど少しだけ個人的にお話をしようと誘っていたの」


 鈴を転がすような声で許可が下りる。

 執事であるアルバートは、私が異を唱えることはできない。

 後で覚えとけよ……といまは私のアルバートを一度睨んだあと、ガルラーニさん達を部屋に通した。

 穏やかな笑顔を浮かべるガルラーニは、エルアが指し示した椅子に座る。

 青年はガルラーニの背後に立つと、部屋の隅に立つ私を見た。青年は理知的な面立ちに自信をみなぎらせており、挑戦的ににらみ付けられる。私がおや、と思っているうちに青年の視線はソファに座るアルバートに向けられた。

 口火を切ったのはガルラーニさんだった。


「ホワードさん早速紹介しよう、これが息子のピエルだ。息子達の中では一番目端も効く。頭の回転も良いし、商売の勘もなかなか悪くない。育てればかなり使える人材になるはずだ。どんな役に使ってくれて構わん、君に預けたい」


 紹介された青年、ピエルは会釈をする。彼の表情は堂々と自信に満ちているし、ガルラーニさんがそう言うからには、かなり有望なのだろう。


「彼をわたくしの部下として修行させて欲しい、ということですわね?」

「そういうことだ。わしの所は少々腰が重い上に下の者はガルラーニの名に自然とおもねってしまう。若いもんには窮屈だろう。君のところでなら能力のみを評価してくれるはずだ」

「それだけじゃありませんでしょう? わたくしと息子さんの年齢は、ますもの」


 さらりと触れたアルバートに、ガルラーニさんは意味深な表情になる。


「君はとても賢く利益に敏感だ。何より未来を見通しているかのような、先を見る目がある。とはいえまだ君は新参者だ。その溢れんばかりの才をより良く利用し事業を拡大させるには、結びつきというものを意識しても良いのではないかな」


 そう、ガルラーニさんはこう言いたいのだ。今後自分の商会と私の商会が発展していくために、婚約を前提としてピエルを身内として受け入れてくれないかと。


 実はガルラーニさんからこういう話をされるのは初めてではない。ことあるごとに、婚約や見合いの場をセッティングされかけていた。私はもちろんそれどころではないから、失礼にならない程度に断っていた。んだけども、今回攻め手を変えて強攻策に出たってところだろうな。

 自分の身内や秘蔵っ子を、他商会に預けて経験を積ませる、というのはよくあることだ。預ける方も受け入れるほうも信用の証しになる。その中で、想いが生まれることもあり得ると言いたいのだろう。

 強引にでも送り込めば、上手くやるとガルラーニさんが考えているほど、ピエルは有能なんだろうな。


 私はガルラーニさんから出されている婚約話の事を、アルバートにはちらっと話していた。だから、今回アルバートは私の代わりにきっぱりと断る為に、ガルラーニさんとサシで話そうとしたのだ。

 今日の会合は偶然とはいえ、入れ替わった動揺の中でここまで算段付けるアルバート強すぎないか?


 無表情を保ちながら私はソファに座るアルバートを見つめる。

 けれど、今はエルア・ホワードであるアルバートはこちらを向くことはなく、ゆったりとガルラーニさんとピエルを見つめる。

 アルバートに流し見られたピエルは、若干顔を赤らめるがそれ以上狼狽えることはない。それよりも、目の前に居る少女が本当に自分に相応しいか値踏みする色が濃い。

 ああ若いなぁと私はしみじみしてしまうが、アルバートはピエルに対して口を開いた。


「あなたに不満はないのかしら?」

「僕でしたら充分な働きが出来るでしょう。あなたが使いこなせるのであれば、執事だけではカバーできない部分まで、網羅して見せますよ」


 力強く明るい自信に満ちた彼はすごく眩しい。言葉の一つ一つにですら多くの意味を持たせ、こちらを試してきている。ガルラーニさんは将来有望な子をよこしてこようとしているんだ。いやあ高く評価してもらっているなあ。

 これは普段の私なら確かに断るのに苦慮した。アルバートは悪徳姫ロールそのままに代わりに断ろうとしてくれたんだろう。

 だが違うのだ。私の中でもどかしさが膨れ上がる中、挑戦的なピエルと目が合った。


「執事さん、僕が入った際にはどうぞご教授をお願いいたしますね」


 礼儀を守っているようで、その声は自負に満ちている。ピエルは一番の障害がアルバートであると知っていて、挑戦状を叩き付けたのだ。

 私が常にアルバートを連れ歩いていて、右腕の立ち位置なのは周知の事実だ。

 それだけ自分がエルア・ホワードに近い位置へ行くという宣言でもある。

 だからこそ、ガルラーニさんは私の腹心であるアルバートや千草が居る中で話を始めたのだろう。はあ、全くもうこういうやりとりは悪徳姫時代で終わったと思ってたんだけど、まだまだ離れられそうにないことに内心乾いた笑いを零す。

 その時、アルバートが話し出そうとする気配がした。私の方針と本来の目的を知る彼なら、なんの憂いもなく私の代わりに話してくれる。


 けれど私は、今、自分の言葉で言いたい。

 私は私でありたいのだ。


 強く考えたとたん、イヤリングが強い熱を持った。


「「ッ」」


 ぐらりと、視界がゆれる。お酒に酔った時のような酩酊感と、五感が遠のく感覚に体が揺らいだ。

 私はめまいに似たそれをやり過ごそうと、額に手を当てて、すぐに気づいた。その指が華奢だ。

 何度か瞬いてゆっくり前を見ると、眼前にはガルラーニさんが訝しげな様子で座っていて、ピエルが不思議そうにしている。

 小さく息を呑む、戻ったのだ。

 異変を察知した千草がすぐさま私の傍らに膝をついて覗き込んでくる。


「主殿……? お疲れだろうか」

「大丈夫よ、ありがとう千草。戻っただけだから」


 小さく笑ってみせて端的に言うと、私が元の体に戻った事を悟ったのだろう、千草は安堵の色を浮かべた。あーー心配してくれる千草の反応が可愛い。

 背後から影がかかる。アルバートが覗き込んできたのだ。彼も似た症状に見舞われただろうに、すぐに適応するのが強強すぎるだろう。


「エルア様、ご気分が優れないのでしょう、今日はこの辺にして頂くのも……ッ」


 次善策を提案しようとしたアルバートを私は片手で制した。


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