鉄板ネタはうますぎる2

 最高級の調度品が飾られた美しい室内だった。高級ホテルの一室にある応接室だ。中央に置かれた重厚なテーブルに着いているのは、質の良い背広を纏った壮年の男性達だ。

 これは、付き合いのある有力な商人達が集まる懇親会だった。

 持ち回りで主要メンバーが場を作ることになっていて、今回は私が主宰だ。内輪の会だが「有益な情報」を持つ知り合いなら、事前に話を通せば連れてきても良い。そんな風に新たな繋がりが生じ、事業に繋がることもあるため、あながち無視できない。普段表に出ない私だが、今回は出来るだけ外したくなかったのだ。


 会は和やかな雰囲気ではあるが、全員その道のプロであり、様々な修羅場をくぐり抜けた海千山千の商人達だ。抜け目なく相手を観察し、虎視眈々と出し抜きより多くの情報を引き出そうとしている。 

 けれど、この場を取り仕切っているのは私の中に入ったアルバートである。

 華奢な体躯にいつものドレススーツを身に纏ったアルバートは、口元にほんのりと笑みをはいている。しかし眼差しは鋭く彼らを睥睨し、彼らを圧倒していた。親と子くらい年齢が違うのに発言が偏らないよう調整し、場を取り持っている。さりとて自分が出しゃばらず、気持ち良く発言させることで、有益な情報を引き出している。

 もちろん、誰もアルバートのことを疑う者はいない。


 部屋の隅で給仕役として待機している私は、必死に驚きと湧き上がる感情が表に出ないように抑えながらも、アルバートを見ずにはいられなかった。


「ホワードさんとのお話はいつもユニークですな。わしらでは考えつかんことをどんどん話される」

「ふふ、ガルラーニさんこそ、言葉がお上手。若輩のわたくしを立ててくださるなんてお優しいですわ」


 ころころと笑う姿は淑女そのものだ。ガルラーニさんは頭の良い子が好きだけど、礼儀を知らず自分より上と驕る人には容赦ないから、謙遜は正しい。

 この人の眼鏡にかなっているうちは、他の参加者もホワード商会会長、エルア・ホワードを立ててくれる。

 ただ、そこに異議を唱える男がいた。


「優しいと思っているのなら、控えた方がいいのではないかねエルア君」


 声を上げたのは今日、メンバーの一人に紹介されてこの会に参加した、イラリオさんだな。角張った顔をした、自信と野心に満ちた表情が印象だ。初対面でアルバートに握手を求めた時からちょっと怪しかったけど、ここでとうとうか。

 普通は名字で呼ぶ中で、名前で呼ぶことからして、完全に未熟なお嬢ちゃんだと舐めているのだろう。

 すっと、室内の空気が張り詰める。とはいえ、誰も口を挟むことはなく、ただアルバートが扮する私を窺うだけだ。そう、彼らも常に私を値踏みしているのだ。

 その沈黙を自分への追い風とみたイラリオは慇懃ながらも完全に侮った様子でアルバートに言った。


「気鋭の投資家だともてはやされてはいるが……。この場にいるのは皆、君などよりも多くの経験を持つ先達だ。彼らから貴重な多くのことを学ぶ身ならば、でしゃばらずに謙虚にいるべきではないかね」


 彼の言い分を聞いた私は、ふむふむと納得した。

 この懇親会は普段表に顔を出さないエルア・ホワードが、唯一参加する会ということで、面を拝んでやろうという人がツテを駆使して乗り込んでくることがある。今日の話でアルバートは聞き役に回っていた。この場で交わされた情報は、利用できる者にとっては万金の利益につながるものだ。

 だからイラリオはアルバート扮する私を「幸運にもこの場に預かれているだけで、能力のない小娘」と判断したんだろう。

 まああながち間違ってはいないんだが……と私が内心苦笑していると、アルバートが動く気配を感じた。

 見ると、アルバートが私の顔で慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。一時、誰もが見惚れるほどの美しい微笑だ。その場にいた全員の視線が彼女に吸い寄せられる中、でも私は背筋が凍り付くような恐怖を覚えた。

 彼女の、艶やかに染められた唇が動く。


「イラリオさん」


 その一声で、私の萌ゆる意識がすべて奪われた。


「わたくしはこの場にいる方々に敬意を持って接しておりますわ。だから、わたくしはこういった場をさしあげてますの」


 頭の回転と察しは良いイラリオは、アルバートが強調した部分にすぐに気づいた。

 けれど、根本的な理由には気づかない。そして、自分の発言がどれほど致命的なことだとも。


「大きく出たものだね」


 軽蔑の色が混ざるイラリオに対し、アルバートの緑の眼差しが哀れみを帯びる。その美しさだからこそ、その侮蔑もより強調されていた。

 アルバートは薔薇のように華やかな姿で、悠然と言い放った。


「そうね。けれど事実でしょう? イラリオさん、あなたが抱えている事業のうちで、わたくしの事業の規模に敵うことがありまして?」


 いっそ高慢に放たれた言葉に対し、イラリオは言葉に詰まった。そう、彼が抱える事業の中で規模も利益も敵うものはない。しかし彼は顔を紅潮させ言い返そうとする。


「だったとしても、君がこの場で大きな顔をして良いことにはならんはずだ」


 その言葉に異を唱えたのは、ガルラーニさんだ。


「商人は、利益を上げた者に敬意を表す。このホワードさんが抱える事業は確かに、一つ一つはわしらが持つ物には一歩及ばん。だがな、ホワードさんはこの場にいる全員の分野にかかわっているのだよ。的確に投資をし、ほぼすべてを成功させている。抱えているからこそ成し遂げたことは計り知れん。わしらには絶対にできんことだ」


 先ほどまで柔和だったガルラーニだが、今イラリオを見る目は冷めている。

 そこでようやく、イラリオはこの場にいる者たちの冷めた目に気づいたようだ。判定をされていたのが自分自身だと思い至ったのだろう。事の重大さが身に染みたらしく青ざめたイラリオは、硬い表情でアルバートを見る。

 が、すでにその美貌は興味を失ったように別の人間を見ていた。


「ウェルシュさん、彼を連れてきたのはあなたでしたわね?」

「すまないレディ。百聞は一見にしかずと思ってね。お詫びに、レディが欲しがっていた土地に対する交渉権を差し上げよう」

「あらうれしい。下さるのなら遠慮なくいただきますけど……ウェルシュさんも、あそこが開発されるとそれなりに利益が出るでしょう? だからご相談しておりましたのに。お詫び、というには弱いのではなくて」


 流し見る可憐な眼差しには、逃げる事を許さない圧が乗っている。ウェルシュさんは顔色を変えなかったが、私は彼の首筋に冷や汗がにじんでいるのを見つけた。


「それは許して欲しいものだ、私には君の素晴らしさがわかるが、それだけでは難しい事があるのも知っているだろう? 大義名分が必要なのだよ」

「でしたら、か弱いわたくしのために、たくさん働いてくださいな」


 にっこりと微笑む姿は薔薇のように美しく、しかしその下に隠された刃を感じさせる。

 私は彼女に対し強くゲームのスチルを想起した。

 あまたの勇者を絶望のどん底に突き落とした、彼女が本性を表した時のものだ。けぶるような緑は誰よりも知性に溢れ、栗色の髪の一つまで完璧に整えられた、可憐で冷酷な悪徳姫エルディア・ユクレールがそこにいた。

 私はその場に崩れ落ちて拝みたくなるヲタクの自分と恐怖の悲鳴を上げたい衝動がせめぎ合っていた。そのおかげで、なんとか顔面固定モードに移行できているが、そうでなければ私はまたアルバートの尊厳を守れないところだった。

 だが、心の中では叫ばせて欲しい。


 なんでまじもんエルディア様ロールーーーーー!?!?!?


 いや落ち着け私。彼が今しているのは私のはずだ。アルバートが私情を挟むはずがないから、これがアルバートから見たエルア・ホワードってことになる。……むしろその方がすごくないか。まって悪徳姫時代ならともかく、ホワード商会会長モードの時も私こんな風に見えてたの!? え、こっわ。私こっわ。そりゃ威圧する場面は結構あったけど、迫力美人を120%利用するなんて高度なこと出来ないんですけど!?

 どえらいものを見てしまった私は戦きながらも、あの悪徳姫を生で見るという絶対叶わないと思っていた事ができた昂揚で大混乱だ。

 こんなめんどくさいことにしやがってフランシスとか思っていたけど、ちょっぴり感謝しそうになるじゃないか。


「だから、わしらはレディ・ホワードの下に頭に集まるのさ。わからんのなら君にここに居る資格はない。帰って頂こう」


 意識が吹っ飛びそうになっていた私だったが、冷然としたガルラーニさんの言葉で若干正気に返る。私がアルバートを見ると、ガルラーニさんを見ていた彼の緑の眼差しがこちらを向いた。


「アルバート」


 ひえ、やっぱこの顔が普段の私の外側だとは到底思えないほど可愛いんだが。

 このIQ200くらいありそうな理知の塊美人、傅くのはもちろん良いように弄ばれる事に喜びを感じちゃうレベルなんだが。


 ……じゃない! 今の私はアルバート従者だ! 


 彼の意図を察した私は、なるべく優美に見えるよう動くと、座るイラリオへ近づいていく。


「今はお引き取りください」


 アルバートの姿を思いだして、表情は落としたまま背筋を伸ばしイラリオを促した。


「いや、自分はその」

「我が主のご意志ですので、出口までお送りいたします」

「きっと具合が悪いでしょうから、千草にも手伝って貰ってちょうだい」


 む、一人で行くなよと釘を刺されたが問題ない。

 こういう人前でのアルバートの反応は知っている。

 蹌踉とした足取りのイラリオの傍らに私はピタリと付いて、丁寧に頭を下げた。


「かしこまりましたエルア様。参加者の皆様、一旦失礼致します」


 そして私はイラリオと共に退出した。




 部屋を出たところで、後がなくなった彼が焦りを帯びて詰め寄ってきたが、難なく押さえ込めた。アルバート仕込みの護身術が馴染む馴染む。

 外で待機していた千草に協力して貰い、イラリオとその付き人さんに丁重にお帰り頂く。やっぱりアルバートの身体能力ってものすごく優秀だ。けれど……。

 会場となっていたホテルのロビーから、ふと空を見上げていると、千草が小声で話しかけてきた。


「その、主殿。どうかされたか」


 中身が私だと知っている千草は、複雑な表情をしていてぎこちない。

 彼女の性格を知っている私は困惑させてごめんね! という気持ちと困惑する千草可愛いなあというお気持ちがせめぎ合う。

 とはいえ今は公共の場なので、私もまたそっと答える。


「わかっていたつもりなんだけど、実際になってみると全く違うなあと思ってね」


 千草はうさぎ耳をぴこりと動かして不思議そうにしていたが、これ以上はアルバートのプライベートになるので口をつぐむ。そして私は一歩、日差しから遠ざかった。

 私はゲーム上でアルバートのフレーバーテキストを読んでいるし、現実でも彼が苦手にしていると知っていた。けれど、体感してみないと、この重さは実感出来なかった。

 音がよく聞こえる。暗闇でも良く目が見える。様々な匂いが感じられる。

 私は感じる事はなかった日差しに対する忌避と、若干の倦怠感。お腹が空いているわけではないのに、喉に感じる違和もある。これは、全部アルバートが周囲に言わず抱えていたものだ。

 朝にアルバートが言いよどんだ言葉が、少しだけわかった。

 けれど、私は……

 そう考えた瞬間、私は口元を押さえてうつむいた。


「あー…………」


 なんとかこらえようとして、それでもじんわりとにじみ出てしまう情動にうめきに似た声がこぼれた。


「どうなさった」

「いや、うん。アルバートの不器用な配慮に気づいて、改めてすっきだなぁ……という想いが漏れました」

「……さ、さようか」


 千草に若干あわあわとさせてしまった。それくらい、アルバートらしくなく目元が緩んでやにさがってしまっているだろう。やばい。このホテルはそこそこ使うし、アルバートの印象を下げるわけにはいかん。

 どことなくホテルの人の視線を感じるしなんとか顔面固定に移行しよう。

 呼吸を整えて、表情筋を働かせもとに戻す。うんいつものアルバートらしい怜悧な顔に戻ったはず。

 すると、千草の耳がぴんと立つ。


「……やはり中身は、主殿なのだな。その切り替わりの速さは誰にも真似出来なかろう」

「妙なところで感心するな。……さて、千草戻るぞ」


 私はアルバートらしい言葉遣いに戻して、部屋へと帰って行ったのだった。

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