37 悪役とはいえオタクなので
「ッリヒトくんっ!」
もろに巻き込まれたように見えた私が、焦って駆け寄ろうとする。
もうもうと立ちこめる煙の中から、アルバートと俵担ぎにされたリヒトくんが現れて、私は安堵にどっと肩の力を抜いた。
多少土埃にまみれていて、全身傷だらけだったけれども、無事な姿にほっとする。
「詰めが甘い」
アルバートはそう言うなり無造作にリヒトくんを床に放り投げたが、リヒトくんは尻餅をつく。あわわ。
けれどもリヒトくんは、疲れた様子ながら、アルバートを尊敬の眼差しで見上げる。
「助かりました。なにより執事さんすごいです! エルディアさんが頼りにしてるのもとても分かります!」
「……そうか」
純度百パーセントの笑顔と言葉にアルバートはなんとなくやりづらそうだ。
というかリヒトくんがさりげなく、自己紹介してないアルバートの名前を呼ばないのもめちゃくちゃポイント高いんでしょ。私知ってるよ。
思わずにこにこしていると、アルバートに決まり悪げににらまれたけれども。私は勇者とアルバートの会話という大変素晴らしいシチュエーションに大変萌え転がっているので、スルーします。
代わりに、私はアルバートにこそっとつぶやく。
「アル、私を抱えて鬼ごっこできる?」
「……やれと言われるのなら」
察したらしく声を真剣にして答えてくれたアルバートに、私はほっとした。
「エルディア、さん?」
こういうときには聡いリヒトくんが私の異変に気づいたらしい。
「ねえリヒトくん、あなたはここに来る前何してたかしら?」
「え、えっと宿で普通にねてました、けど」
呼びかけられた私は、にこっと笑ってみせると、リヒトくんは顔を赤らめて答えてくれた。
エルディアの顔、ほんといいもんね。分かる分かる。その理由も今回分かったしなー。
まさかマジ天使ユリアちゃんと同じイーディスのアバターだったんだもんな。
もしかしたら、ユリアちゃんが私の気配をたどれたのは根っこが同じだったからかも知れない。
うむうむ。ならばためしにやってみる価値はあるな。恥ずかしいのは私だけだし。
私は息を吸うなり叫んだ。
「ユリアちゃーーんっ! 薔薇の話しよーーーー!」
彼女が一番惹かれてくれるだろうワードもこみで語ると、ウィリアムとリヒトくんがめっちゃ面食らった顔をした。けれど突如、頭上にまぶしいほどの光が降り注いでくる。
そこから現れたのは、銀色の髪と最高級のエメラルドみたいに美しい緑色の瞳をした儚さと愛らしさを兼ね備えた絶世の美少女、ユリアちゃんだった。
おっと本気できてくれるとは思っていなかった。
もうこの世のものとは思えないほど神々しくふわりと降り立ったユリアちゃんは、私を見つける。
ぱあぁっと音がしそうなほどの喜色を浮かべると、私に飛びついてきた。
私が受け止めると、ユリアちゃんはぎゅうぎゅう抱きしめてくる。
「お姉様ぁぁぁっ! こんなところでお逢いできるなんてっ。しかも呼んでくださるなんてわたしとっても嬉しいですっ! 最近素敵な薔薇の話を見つけたんですけど」
美少女が全力でなついてきてくれる状況に私の心臓は止まりそうだがなんとか持ち直す。
さらにリヒトくんがきらきらと表情を輝かせるユリアちゃんと私に対し、さっきよりもずっと真っ赤になってうろたえていた。
ああ、君、百合が主要ジャンルだもんね。
そんなことを考えながら、私はまくし立てるユリアちゃんの頭をそっと撫でて語った。
「ユリアさん、落ち着いてくださる? もちろんお話ししたいのは山々なんだけれど。お願いしたいことがあって」
萌え語りはいくらでもやりたいのですが、今完全ピンチなのだ。
するとユリアちゃんはぴたっと言葉を止めてくれる。
「お姉様がそうおっしゃるのなら、何でもします!」
「ありがとう。戻ったら、お手紙出しますね」
「っ! はい!」
もうきらっきらとした笑顔になるユリアちゃんに、私も笑い返した。
「じゃあ、ウィルとリヒトくんを元の世界まで送りとどけて」
「お任せてくださいです! わたし、いっぱいできることがあるって分かりましたから。お姉様の役にだって立ってみせます。絶対絶対お手紙くださいね!」
「え、ユリア、なんで」
どん、とたのもしく胸を叩くユリアちゃんに、リヒトくんが戸惑いを浮かべる。
だけれども、これで大丈夫だ。
気配を察知したのか、ウィリアムが私を振り向く。
「ッエルア?」
「私の知っている展開だと、エルディアがあなたたちを逃がすのよ」
ウィリアムは、青の目を見開いて1歩踏み出す。
が、その前に私は彼らの真下に影の落とし穴を開けていた。
思いっきり落下していく彼らに対し、片足を引き、スカートをつまみ、美しくカーテシーを決める。
「ごきげんよう。そしてさようなら」
「っエルディアさんっ!」
「ひーん! 絶対お手紙くださいねーーっ!」
リヒトくんとユリアちゃんの声を最後に、彼らは落ちていった。
「ここはウィリアムが構築した世界だから、この空間からはじけば、あとはなんとかしてくれると思うのよね」
「そのために、あなたが囮になるのが、最善手ということです、かっ」
アルバートが言いながら私を抱えて飛びすさる。
それはぼろぼろとくずれさろうとするゲイザーの亡骸からあふれ出す瘴気だ。
もう実体はないが、黒々とした煙のようなもやとして襲いかかってきた。
そのもやに包み込まれたがれきは丸くくりぬかれて消失する。
「あれ、食べてるね」
「そのようですね。アレは生物の中に入る事で現実世界に干渉しているのです?」
「そういう風に言われてた」
「把握しました。撤退戦ですね」
こういう突発的な事態に慣れすぎているアルバートの推察を肯定する。
むき出しの魔神だ。この世界を食らい付くしてゆく害意ある存在だ。
私達に……いいや、たぶん、私を飢えのような勢いで飲み込もうとしてくる。
「エルア様、あなた自身この空間から抜け出す方法は?」
「実は知りません! ごめん目が覚めるまで耐久戦です!」
私がこれまた素直に主張すると、アルバートが小さくため息を付いて、顔を近づけてきた。
ひえっ。
「ピアスにあなたの魔力を通してください。それでフランシスが引き上げる手はずです」
「さすが私の従者様っ超頼りになる! 今更だけど助けに来てくれてありがとうっ。やっぱりアルバートがいないのつらすぎるっ」
もう頼りになりまくって泣きそうだ。
時間差で情緒が崩れ来た私に、天井のシャンデリアに上がり、再び靄を避けたアルバートは、少し紫の目をすがめた。
「……油断して、助けが間に合わず、申し訳ありませんでした」
「えっ、ボーナス奮発!? とか思ってたのに!?」
アルバートに謝られて私が素で慌てていると、ふっかいため息を吐かれた。
えええ……。だってこんな、戻れるかもわかんない所へ当たり前のように助けに来てくれるなんて。すごいじゃん。
肉体が無防備になるのにだよ? いつでも迎撃できるように眠りが浅いアルバートだったら耐えられないだろうに、ソレすら後回しにして、精神の世界に飛びこんでくれるんだから。 私はもはや拝む? じゃなかったら課金する? としかならないわけですよ。
「あなた、いい加減俺に甘すぎますよ」
「甘くないよ! 正当な評価だよぉ……って前!」
きっちりアルバートのピアスに触れて魔力を流し込んだが、再び靄が襲いかかってくる。
アルバートが跳躍して避けたが、だいぶ足場が減ってきていた。
靄の質量は減ってきているものの、その前に私達の居場所がなくなってしまう。
同じ結論に至ったのだろう、アルバートが逃げながら提案してくる。
「ひとまず、あれの息の根を止めた方が良いのではないでしょうか」
「だよねえ、そもそもあれのせいで私達さんざんな目に合ってるんだし」
それに、私は正義の味方じゃなくて悪役なので。後でパワーアップしてこられないように、確実に仕留める必要性を理解しているんですよ。
悪い顔をするアルバートにまたきゅんと来ながら、私はまだ持っていたペンラをすちゃっと構えた。
そう、さっきはリヒトくんとウィリアムの前だったから全くできなかったけれども、私にはもう奥の手があるので。アルバートは許してくれるので。
思いっきり、語ります。
私は息をすうと、ぐっとペンラを握りしめて語った。
「――――っっかーーーーーーーーーー!!!! もうっさいっこうだった最高だった! あああまさかリヒトくんとウィリアムと共闘できるなんて夢みたいだった!怖かったけどすっごくわくわくしたっ! しかも私がさんざん試行錯誤して編み出した戦術を試して勝つって私の勇者ライフ内で一番の思い出を再現できた事それが奇跡ですよっ! ああああ今思い出しても震えるし、ウィリアムが初めて希望砲使う瞬間に立ち会えるとか神では!? リヒトくんが迷わず突っ込んでく姿を間近で見られるとか一生分の運使い果たしてない!?」
「ほんと、よくもまあ、そこまで言葉が出てくるものですねえ」
アルバートが呆れるけはいしてる。でもいいもん、まだ止まらないもん。
「なによりっアルバート! です! よ!! デフォルトアルバート!!! 私が実装直後に一目惚れして入手したとたん沼に一直線に落っこちた! デフォルトアルバート!!! ふえええ冷たくて重くてなのに艶のあるたたずまい想像してたそのままだった! いや想像以上だし、ウィリアムの首本気で狩りに行ったのやばかった!」
「ああ、気づいてない訳ではなかったんですね。少々報復は必要かと」
「当たり前ですとも! たぶん遭遇したらやるだろうなーという気はしてたしウィリアムがちバトルもおいしかった! あとあとさりげに呼んだら来てくれるアルバートとか信頼度MAX過ぎて怖いほど嬉しい。これだけでもうしばらく生きなきゃって思えるのに、なんで甘く微笑んでくれるの腰に腕回してくれんのはっそういえば抱き上げられんじゃん」
「正気だけは保ってください」
「はいアルバート!」
アルバートに忠告された私は、元気よく返事をする。
そして、煌々と紫と赤に輝くペンライトを追いすがってくる黒い靄に向けて、振り下ろした。
「つまり、この世界が超大好きで私のアルバートは最高って事なのよ!」
私の萌えの滾りがほとばしってゆく。あらがおうとした靄だったが、私の萌えの輝きに飲み込まれた。
そうしてぱつん、とそこにあった異質な存在は、光と共に消えていった。
同時に、体がふわりと何かに引っ張られる感覚がする。
「目覚めれば千草が待っているはずです。ではむこうで会いましょう」
「ん、わかったまたあとでね」
ぎゅ、と強く抱きしめられたのを最後に、私の意識は浮上していったのだった。
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