36 総力戦はエモみの宝庫
「……へっ!?」
「っ!ベネットっ」
リヒトくんが息を呑み、ウィリアムが血相を変える。
この二人の前でやるとはと驚いていたけれども、いつもより鈍い痛みと舌を這わされる感覚に震えるのをこらえた。
私が受け入れているのにウィリアムは驚愕しているし、リヒトくんはめっちゃ真っ赤になっている。
満足したのかすっと顔を上げたアルバートは、今度は自分の左袖をまくるなり、いつの間にか取り出した短剣で、真一文字に切り裂いた。
ぼたぼたと溢れる血が床に滴ったとたん、ぶわりと濃密な血の香りが広がった。
再生しかけていたゲイザーの触手が、一斉にアルバートへ注目するのが分かる。
即物的な食欲を一心に浴びていても、アルバートは冷静にゲイザーの様子を観察していた。
「あなたの血を頂くときは強化中ですから、引き金にできると思いましたが…なるほど。いつもより効きやすいようですね。ただ、あなたのようにものを生み出すまでは難しそうです」
「えっ血の魅了を強化したの!? 超現実主義なあなたがそこまでできるなんて……充分よ、武器は任せて!」
「あなたばかりを狙っているようでしたが、問題なく引きつけられそうです。――ついでに弱体させる、とっとと倒せ」
最後はリヒトとウィリアムに言うなり、アルバートは私から跳躍して離れた。
大量の触手は、先端についている口からよだれを垂らして、アルバートに殺到する。
私は4本のペンライトを振るい、この空間への干渉を始めた。
万が一にでもゲイザーを逃がさないように、アルバート達が戦いやすいように。ついでに私がテンション爆上がりしやすいように!
そうして構築されたのは、私がゲイザー挑戦クエでさんざん目に焼き付いたステージ。
ハイエルフ神殿である。
列柱プラス、装飾格子もたっぷり、天井も高い上に、天井付近の装飾や照明で足場も完備の玄人好みの場所ですね。
「アルバート! 使って!」
さらに私が生み出したのは、大量の短剣にシンプルな鉄杭に鎖に槍のたぐいである。
いつもアルバートが使ってる奴だ、夢の中は超便利!
ばらばらとアルバートの近くに落ちたそれに、アルバートは腕を振るって自分の血を付けるなり支配権を得る。そして、一斉に投擲した。
アルバートに追いすがろうとしていた触手はまともに短剣の雨を喰らって消滅する。
そう、アルバートのダンピールとしての血は、吸血鬼をはじめとした魔族に対して絶大な魅力を放つのだ。
ゲーム内での効力は魅了+魔属性に対しての防御力ダウン+高確率で行動不能という、魔物絶対殺すマンな性能だった。「暗殺者#とは」と呼ばれていた原因の一つである。
ゲイザーの喰らったらやばい一撃を、とにかく撃たせないために大変役に立ったんですよねえ!
けれども、アルバートの血に酔っているゲイザーはなりふりかまわず触手を殺到させた。
その触手を光輝で焼き尽くしたのは、ウィリアムだった。
彼が放った光輝は、辺りに拡散していた瘴気を洗い流し、リヒトくんとアルバートを光のベールで覆い尽くしていく。
「私の希望を穢すのは許さん」
杖と剣を構えた彼は、私の背に襲いかかってくる触手を切り払う。
おっと、ゲイザーこっちも忘れてなかったのか。危ない。
内心冷や汗をかく私を、ウィリアムが振り返った。
「指揮は君に任せよう。リヒトっそれでいいね」
「もちろんです! エルディアさん指示ください!」
リヒトくんまでうなずいてくれるのに私はふぐぅっとなった。良い子かよお!
勇者くんたちの命まで握るのは怖いけれども。いっちばん強い彼らを知っているのは私!そして絶対に生かす方法を知っているのも私! というわけで私は全力で采配してみせましょう!
復帰したゲイザーの目玉が触手の盾に覆われる。
たっぷりペンラに萌えの魔力を溜めつつ、叫んだ。
「まずは触手を引きはがします。アルッ魅了したら引きつけつつ後退、隙があれば触手を減らして! ウィル、バフかけつつ最大火力で触手を掃討! リヒトくんは本体攻撃! ゲイザーの瞳孔が開いたら全力で退避! 繰り返してください!」
それぞれの肯定の声を聞きつつ、私はさらにペンライトへ魔力を充填する。
使える魔力は自分のだけとはいえ、練り上げることはいくらだってできるのだ。
何せ目の前には最高の推したちのかっこよくて強い姿があるんだからね!
側に居たリヒトくんが、ものすごく緊張していたから、私は声をかけた。
「ねえ、リヒトくん。私たちの中でゲイザーは、おいしい素材ばかり落とすから、嬉々としてぶん殴っていた魔物なのよ」
「えっぶん……!?」
「だから、大丈夫。あなたなら勝てるわ」
四つのペンライトを輝かせながら、私はにぃっとあくどく笑ってみせる。
膨大な質量のゲイザーはそれだけでラスボス級の貫禄があるし、倒すのはしんどいけれど、できない相手じゃないと私は知っているんだ。
「さあっ素材にしてしまいましょう! リヒトくん、行って!」
「は、はい!」
リヒトくんは引きつった顔ながらも、確かに頷いて飛び出していった。
アルバートが神殿の装飾を足がかりにして、縦横無尽に触手を翻弄する。
触手の一つに噛みつかれたが、その触手はあっという間に勢いを失った。
ダンピールの血が毒になっているのだ。吸血鬼に一番効く毒だけれども、魔物にも多少は有効だ。
たぶん体内にある魔力が乱されるんだろうなって考察してるけども。
また鈍った触手を、アルバートはおびたただしい鉄杭で打ち落としていく。
だがすぐに再生した触手が襲いかかってきた。
しかし、アルバートに追いつこうとした触手は光魔法によって消滅した。
光魔法を放ったウィリアムは、そのまま剣でうち漏らした触手を切り払う。
かーーーーっ! ほんっとかっこいいかよ! これの! おかげで! いつまでもときめきと滾りがとまんない!
再び、ゲイザーの目が見えた。
「リヒトっ」
「はいっ!」
リヒトくんは、ぐっと床を蹴り飛ばして跳躍すると、触手を足場に本体へ切り込む。
触手はリヒトくんをなぎ払ったが、その前にリヒトくんの聖剣が振り抜かれるのが先だった。
耳障りな金属音のような悲鳴を上げて、ゲイザーがのたうち回る。
リヒトくんがふっとばされたが、着実なダメージだ。ゲイザーは本体の傷の回復力が遅い。
今の様子だとあと3発くらいだろうか。
イケるイケる。
リヒトくんが空中で触手を切り払うのにほっとしてた私だったが、ゲイザーの瞳孔が大きく開いているのに気づいて駆けだした。
「私の後ろに退避して! 魔法攻撃がくるわっ!」
再び血を振りまこうとしていたアルバートが、即座に方向転換して私に飛んでくる。
ウィリアムも、聞く前に私の元に来た。
けれど、リヒトくんが間に合わないっ、くっそっ。
私は、彼の影に強引に自分の影をつなげて引っ張った。
「うわっ!」
「ごめんねっ!」
リヒトくんを一本釣りしている間に、ゲイザーの触手の先端が、口から、目玉に変わる。
何より本体の瞳孔が収縮した。
その前に、私は萌えをフルチャージしていて準備万全だよ!
「私のアルバートのコートひらみが! さい! こうに! 滾った!!」
四色の光が爆発し、その明るい光でより色濃くなった影が私の前にどっと広がった。
その瞬間、ゲイザーの目という目から熱線が解放される。
周囲の壁から列柱から焼き払い溶かし尽くしていくことで、それ一つ一つが即死級の威力を持っているのが容易に察せた。
さらに本体からの特大の熱線が私達に襲いかかってくる。
「
けれども、私を焼く前に、溜めに溜めた魔力を全解放して生み出した闇の障壁にぶち当たった。
闇魔法でやる防御は基本衝撃や効力吸収だ。込めた魔力次第で、受け止めた魔法を殺しきれる。
絶対にゲイザーの熱線攻撃がくると思っていたから、攻撃には加わらずに準備していたんだよ!
んだけども、4本のペンラにフルチャージしていた魔力がどんどん削られていた。
「う、あ、ぐぅっ……!」
「エルディアさんっ」
あまりにも重い攻撃に私はうめく。リヒトくんが焦った調子で呼びかけてくるけど、ごめん答えてあげたいけどだいぶ無理!
思っていたよりも、きっっっつい!!!!
集中力を切らせばたちまちダメージが通ってしまいそうだ。私は今の今まで目の前で展開されていた、うきうきな萌えスチルを思い出して補填する。
怖さを紛らわせてるようなもんだけど、そうすれば魔力は途切れないもんっ。
「これ、が、やんだら、触手が弱体化しますっ。たたみかけて」
防ぎながらかろうじて語る。
けど、徐々に押し負けそうになる感覚に、歯を食いしばった。
だって、私は、推しを容赦なく、死地へ追いやったのだ。
アルバートはゲイザーを引きつけるために多くの血を流して傷だらけだ。ウィリアムには魔法の連発をさせてしまってる。リヒトくんには一番危険な最前線へ突っ込ませていた。
これが最適解だったとはいえ、戦えない私の護衛までさせている。
だから、ここで防ぎきる役割くらいやってみせる!
「推しを、守る、のは、ヲタクの義務って、もん、だからっ!」
私がペンラを振り抜いた瞬間、本体からの主砲を吸収し抜いた。
ぱっと幻闇の障壁が霧散する。
やった、と思った瞬間、おびただしい数の触手の目が私達を狙っていた。
ここはリアルだから、行動パターンが変わるのを失念していた。
ぐっと唇を噛んで、魔力を絞りだそうとしたとき、金の髪が脇を通る。
「十分だ」
ウィリアムが右手に剣を、左手に杖を構えていた。
「ああ、そうだな。私が望むのは敗者がいる勝利ではない。すべての人々の希望だ」
青い瞳がまっすぐゲイザーを射貫いたとたん、ウィリアムの杖に填まる魔晶石が金と青に煌々と輝く。さらに、うっすら緑が混じった。
ウィリアムの周囲に、華麗な装飾の施された大砲がずらりとならぶ。
儀礼用と称して良いものではあったが、しかし、その大砲は間違いなく武器だ。
ゲイザーの触手の目から第二波の熱線がほとばしると同時、掲げられたウィリアムの剣が振り下ろされる。
「
号令と共に、大砲から一斉に光の奔流が放たれる。
そして中間でゲイザーの熱線とウィリアムの光線が激突した。
けれど、すぐに熱線は、光線に押し負け飲み込まれる。
そのままゲイザーに直撃した。
希望のように明るい光線がやんだ時、ゲイザーの触手の大半が消し飛んでいる。
すぐに再生しようと切り口がうごめくが、その動きは今までよりもずっと鈍い。
ウィリアムの魔法に混じった浄化の力が効いているのだ。
今までになく、ゲイザーの本体があらわになった。
「アルバート!」
私が叫んだとたん、その意図を理解したアルバートが即座に飛び出す。
手にあるのはなじんだ赤い刀身をした大ぶりの短剣だ。
赤の軌跡を描き、アルバートの姿がぶれる。
ゲイザーは襲いかかってくるアルバートを残っていた触手で捕らえようとした。しかし、貫いたのはアルバートの影だ。
黒炎のような残像を残し、たどり着いたアルバートの短剣がゲイザーの本体を貫く。
「
アルバートの血、そのものである短剣をたたき込まれたゲイザーは、金属をきしませるような悲鳴を上げて激しく痙攣する。
傷口から腐食性の体液とともに、瘴気が溢れて飛び散った。
側に居たアルバートにも降り注ぐが、彼を覆っていた光のベールにはじかれる。
ソレはウィリアムによってかけられていた弱体無効だ。
すかさず離脱したアルバートだが、ゲイザーは充血したその瞳孔を収束させ、熱線をうみだそうとする。
「勇者っ!」
アルバートが、声を、放った。
その声に背を押されるように、リヒトが踏み込む。
彼に襲いかかろうとする触手は、私とウィリアムが魔法でなぎ払った。
丸裸になったゲイザーに、リヒトが聖剣を上段に構えた。
はめこまれた魔晶石が強く輝き、雄々しい男性のようなシルエットが彼を後押しするように生じる。
「やぁあああぁあぁっっッ!!!」
リヒトが限界まで練り上げた魔力と共に振り下ろされた剣は、ゲイザーの本体を断ち切った。
不発に終わった熱線が爆発する。周囲の外壁を巻き込み、すさまじい音をさせながらがれきが折り重なる。
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