35 推しがらみなら挑むべき

 なじみのあったガーデンパーティの会場は、世界がモノクロとセピアに染まっていく。

 そして、庭の中心の空間に、どす黒い虚が開いていた。


 まがまがしく暴力的なそれは、魔界の門によく似たものだった。

 コネクトストーリーでウィリアムがナイトメアの呪縛から分かたれる時に、出現するものだ。ただ、目の前にすると、私が知っている魔界の門と様子が違う感じがする。

 より、純度の高い悪意が間近にあった。


 ウィリアムが飛びすさり、同じように異様な気配を察知したアルバートが私を抱えて飛びすさる。


「エルア様、この後の展開は」

「コネクトストーリー的には、ここでナイトメアが現れて、宿主であるウィリアムを飲み込もうとするんだけ、どっ!」


 光を通さないよどみの中から、複数の何かが伸びてくる。

 蛸の足のような肉感的でてらてらとした触手が、鞭のようにしなり、私とアルバートにおそいかかってきた。

 しかし、鮮烈な光輝が空間を貫いて、触手を焼き尽くす。


 いつの間にか、取り出した杖で光魔法を行使したウィリアムは、険しく眉を寄せた。


「私がここまで、たどり着いた回数は少ないが。アレはナイトメアではない。むしろ」

「本体がご登場って感じよね!」


 私が言葉を引き取ると、アルバートがまさかという表情になり、すでに全身があらわになったソレを振り返る。

 それは、おびただしい触手を冒涜的にうごめかせる眼球だった。

 しかしその眼球は見上げる以上に大きく、その触手の先端には、目や鋭い牙の生えた口が備わっている。

 アルバートが警戒に眉を寄せる。


「あれが、あなたの語る魔神ですか」

「たぶんその一端だよ。勇者がハイエルフの森で受ける試練で出てきてた!」


 間違いなく、この世界を浸食し喰らおうとする魔神の一端だった。

 そうなんだよーー! ハイエルフの森に行った勇者達は、試練としてかつて現れた魔神に勝てるかどうか、仮想空間で魔神と戦わされるんだ。

 そのときに出てきたのがこのめっちゃきもくてグロいゲイザー!


 触手に埋もれる本体の眼球がぎょろり、ぎょろりと動くと、私を捉えた。

 ぞう、と悪意に全身が撫でられる。無遠慮に暴かれようとする強い意図が襲いかかってきた。

 けれど、ここは自分の望みを具現化できる夢の世界だ。

 さっきだって、自分の記憶上映をぎりぎりで止められたしエルディアにも戻れた!!

 唸れ私の妄想力!!!


 私が強く想像すれば、ずっとなじんだ我が相棒、ペンライト2本が両手に握られる。

 そして、片方が青色、もう片方が紫に輝くソレを、目の前で収束する目に向けた。


「デフォルトアルバートが最の高で生きてて良かった!! この余韻を壊さないでちょうだいっ!」


 青と紫のまばゆい光によって、ばつんと精神干渉が根こそぎ断ち切られる。

 ゲイザーも一瞬ひるんだが、周囲にうごめく触手は衰えていない。

 アルバートはぐっと、険しい表情を浮かべる。


「あなたの浄化でひるむだけですか。さすが、一端とはいえ魔神という所でしょうか」


 その瞬間、ゲイザーを取り囲むように巨大な光の壁がそそり立つ。

 それを作り上げたウィリアムも厳しく目をすがめていた。


「私も魔神に遭遇したのは数度だったが、この序盤で遭遇するパターンは初めてだ。まだ夢幻の中のようだが、この空間は私の制御を離れている」

「つまりあの光の壁も時間稼ぎにしかならなくて、ここで死ねば死ぬってことね」


 光の壁に体当たりをして、今にも外へ出ようとしているゲイザーを前に、私が確認する。頷いたウィリアムは、固い声で続けた。


「魔神の一端だったとしても、万全な準備を整えた上で多くの勇士と立ち向かってようやく討伐できた。それも、多くの犠牲を出しながら、だ」


 ウィリアムの中で何を犠牲にするか、めまぐるしく計算をしているのが手に取るように分かった。

 そんでもって割と最速で、自分が矢面に立つのを選んでるでしょう私知ってる!

 ウィリアムが表情を硬化させる中、私を下ろしたアルバートは、大して意に介さず私に視線を投げた。


「それで、エルア様。あなたの意見は」

「状況さえ整えば、なんとかなりはするかな。模擬戦だけどソロ討伐したことあるから」

「……なんだって」


 ぽかんとしたウィリアムが私を振り返る。

 あはは、まあ、そうだよね。


「私、シミュレートで勇者の視点を経験してるんです。その中でハイエルフの試練もやったんですよ」

「だが、あれはリヒトが、絆を結んだ勇士達を呼び起こして、ありとあらゆる弱体化をかけた上で総力で当たったと聞いているぞ」


 あっウィリアムの記憶にもリヒトくんたちがハイエルフの試練を乗り越えた時間軸があるんだ。じゃあさらに確信できるな。

 ウィリアムが固い声音で告げるのに私は半笑いになって遠い目になる。


「でも挑戦できない訳じゃなかったんですよ。何回でも挑んでHP削り切れたら良いクエストでしたけど、4人の通常編成で勝利もやってやれない事はありませんでした」

「やったんですね」

「ハイ」


 アルバートに確認された私は神妙な顔で頷いた。

 ハイエルフの試練はゲーム内では3章実装の数日後、期間限定の突発イベントとして開催された。

 本編でのバトルは、今までにないやっかいなギミックと耐性、デバフを持ったゲイザーを、何回でも撤退しながら、膨大なHPを削りきれれば通過できた。

 けれど、その突発イベントの間は、本編そのまんまのゲイザーに通常編成で何度でも挑戦できたのだ。

 所謂挑戦クエストという奴だったんだが、自分が一戦でどれだけ削りきったかダメージスコアが記録される。その上、ダメージスコア到達度によって豪華な素材までもらえたものだから熟練の勇者達はこぞって自慢の仲間を引き連れて挑んだものだ。

 もちろん、というかなんというか、ゲイザー狩りは中堅勇者だとリタイアするほどの高難易度に設定された。

 特にバトルが好きではなかった私は、素材ノルマだけクリアしようと思ったのだ。

 攻略情報板に上がっていた攻略推奨キャラに、アルバートが挙げられたのを見つけるまでは。


 これは、ぜってーうちのアルバートで挑まなければならぬ、と決意してイベント期間中、えんえんと試行錯誤したものだ。

 友人達からドマゾだ、このアルバートフリークめ、と罵られ称えられながらも、私は4人編成でやり抜いたのである。

 もう、二度とやりたくないと思ってたけれども、推しのためにもやらなければいけないのならば再現してやろうじゃないか!


「そのとき一緒に戦ったのが、あなたとアルバートだったので。ユリアちゃんの役を私がやればなんとかなります」

「だが君の話が事実だったとして、今は1人足りないだろう。ならば私が囮となって君たちが逃げる時間を稼ぐ方が生存率が高い。私だけであれば逃走はたやすい」


 ウィリアムは厳しい表情は崩さずに言い切る。だけどねえ……。


「賭けても良いですけど、あなたを通じて魔神の浸食が起きるので却下です。それに援軍も来ました」

「なに……、っ!」


 ウィリアムは追求してこようとしたけど、その前にバキンッッとすさまじい音を響かせて、光の壁が砕け散った。

 触手が濁流のように襲いかかってくるのに、ウィリアムとアルバートが臨戦態勢を取る。

 けれど、私たちに届く前に、一刀両断されたのだ。


 まるで灰のようにぼろぼろと崩れ去る中、場違いなほど明るく暖かな光と共に降り立ったのは、茶色い髪に青灰色の瞳をした男の子、リヒトくんだった!

 すぐに聖剣を構えるが、ウィリアムを見つけるなり驚きと安堵をにじませた。


「ウィリアムさんっ!? うわっあれっなんでっ。ウィリアムさんが倒れたって大丈夫かなって思ってて。でもこれ俺の夢の中っすよね? なんかいろんな魔物に襲われるし、エルディアさんがめっちゃやさしいし……ってエルディアさんと執事さん!?」


 あっリヒトくんがこっちに気づいたとたん、ぱあっと表情を輝かせて駆け寄ってくる。


「あっエルディアさん、あの、あのあの前の本めっちゃ面白かったです! 役目に翻弄されるお嬢様を助けるメイドさんの話! 最高でした!」

「ええ、リヒトくん。ずいぶん染まってきたわね……アリガトウ」

「はいっ! 執事さんとも幸せに過ごしているみたいですっごく安心もしました!」


 かろうじて私はエルディア口調に戻したが、もうやんわり笑うしかない。リヒトくんがめっちゃ良い笑顔でそう続けてくるのにひえ、となる。

 あのアルバートですら毒気を抜かれている。

 ゲイザーは不意打ちを食らってごっそりと触手を持って行かれたせいで、復帰にちょっと時間がかかっているみたいだ。

 私もこほん、咳払いをして気分を入れ替えると、面食らっているウィリアムに言う。


「というわけで四人目のリヒトくんが居ればいけますわ。あのゲイザーは本体を叩かないと意味がありませんが、触手で守られている上、触手はすぐ再生して阻まれます。だから、弱体が決まったところで以降火力をたたき込み続けるのが基本戦略となりますわ」

「……なるほど、私が攻撃力強化か」

「あと、弱体無効ですね。瘴気の浄化はこちらでもできます。がっ!」


 私は片手に2本ずつ計4本にしたペンライトを両手で振るう。

 鮮やかな紫と青、そしてエルディアのカラーである緑色にリヒトくんの落ち着いたオリーブグリーンも足しちゃうぞ!

 その4色がほとばしり、ゲイザーから常にあふれ出す瘴気……魔神の干渉を無効化する。

 デフォルトアルバート萌えが続いているからまだまだイケる。ここにいる間はこのテンションで居るだろう。いや帰ってもきっとそのまんまやな。

 とはいえ、タイミングが重要になる中、一瞬でも弱体して欲しくないわけですよ。


「先に防げればそれに越したことはないので。あなたならできるはずです」

「なに?」

「だって、勝ちたいんじゃなくて、希望をつかみ取りたいんでしょう」


 ウィリアムがぽかんとしてもなお美しい。はーイケメンは何しても様になるなっ!

 っと、いけねえいけねえ。


「私のアルバートは弱体付与と足止めが得意です。自己回復もできるのでこっちはお気になさらず!」

「俺はあなたの護衛に専念したいんですがね」


 アルバートは短剣を構えながらもそんな風にぼやく。


「残念ながらそれどころじゃないから! というかあなたリヒトくんと同じくらい切り札なんだからね。デバッファー兼アタッカーだから!」

「とはいうものの、大物相手に準備なしでは厳しいですよ。俺の専門は暗殺です」

「……だからよ。アレはほぼ一発で最大火力を引き出さないと無理なの」


 アルバートのスキル、戦闘スタイルは、対人向けだ。

 けれど、決定的な隙を作り上げ、そこに即死の一撃をたたき込む、というのは得意分野である。

 さらにこと魔族、魔物系統には絶大な有効な手段を持っても居るのである。


「この世界、イメージさえあればだいたいの武器も出てくるし、効力も付けられるから。やりたい放題できるわよ」


 私が自分で出したペンライトを振ってみせると、アルバートの難しい表情に我に返る。

 そういえばアルバートこういう想像力が得意なイメージないわ。

 現実主義だからなぁ。

 しかし思案する風だったアルバートは私を引き寄せるなり、左手を手に取る。


「失礼します」


 そう言うなり、私の袖をまくったアルバートが左腕の柔らかいところに牙を突き立てる。

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